リリアン

まつり

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梨の王

ハンバート家とヴァイオリン

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うっかり夢かと思ってしまった。

豪華な装飾に朝の日差しが当たり、部屋がキラキラしている。

そうだ、ハンバート家の屋敷に泊まったのだった。
ソファで目が覚めたアプリードは、凝った身体を伸ばしながらいつの間にか置かれていた水を飲み頭を働かせた。

起きた事がどうやって伝わったかはわからないがドアがノックされ、返答をすると昨日案内してくれた家宰の爺さんが入ってきて、水差しに水を追加してくれた。

「どうしてソファでお眠りになったんですかな。」

当然の疑問だろう。
昨夜は部屋の豪華さに気後れして、湯浴みもしていない自分がこんな真っ新なシーツに寝転がって良いものかと考えてしまった。

せめて体を拭くものでも借りようかと思案していたが、耽って居るうちに酒の力もありそのまま眠ってしまったのだ。
考えてみれば余りに当然な話だ。
朝からリハーサルを行い、長時間の演奏をした後に団長に連れ回されて酒をしこたま呑んだのだから。

ここで粗相をしなかったのだって、屋敷にビビって必要以上にキチッとしていただけだ。

「気が抜けたんでしょうね。
団長、偉ぶらないから、こんな大きなお屋敷に連れて来られるなんて思ってなかったので。」

家宰は襟を正すと、手をパンパンと2回叩いた。
するとメイドが2人で箱を運びこんできた。

「こちらでご用意させて頂きました、お召し物で御座います。
サイズは大まかに…ですが、宜しければお使いください。
湯浴みは準備して参りますので少々お待ちを。」

「いや、え、結構ですよ。
そんな事までして貰わなくても…。
俺…私はすぐ帰りますよ。

そんな、申し訳ないです。」

「それは困りますな。」

家宰は苦い顔で端的に引き留めてくる。
昨夜そんなやらかしてなんていないはずなのに。
あ、臭い?
屋敷から出る所を見られたら不味いくらいに?

ソワソワと居心地悪そうにして居るアプリードにそっと近づくと、家宰は小さな声で

「お嬢様が必死で楽譜をさらっているようですので。」

と言った。



湯浴みをし、普段は自分でやっている髪のセットや、ヒゲのカットを他人にされるのは慣れなかった。
整髪料をふんだんに使用されて、長めの髪は艶々に撫で付けられている。

肩の木は普段しならせて背中の方へ曲げているので、厚手の服を着ていると大きく目立つ事はないが、流石に風呂上がりのシャツ一枚の姿では膨らみがあって違和感がある。

しかし、流石は大貴族の使用人で、それに言及する事はなかったし、必要以上に反応する事はなかった。
ただ一言、怪我や病気の可能性を考えたのだろう、髪のセット時に少し当たった際に痛くなかったですか?と言われただけだった。

こんなに訓練されているのであれば、少しここで試してみても良いのかもしれない。
もしこの家のたちが顔を顰める様なら、必要な時まで徹底して隠すべきだ。

「あの、団長にも出来れば伝えたいのですが、少しよろしいでしょうか。
もし不快なら隠そうと思いますが、どう思われるかを確認する事がなかったので、見せて良いものか迷っていて…。」

昨日あれほど呑んだと思えない快活な団長の元に通され、メイドと家宰の3人の前で上着を脱ぎ出すと、メイドが静かに退室しようとしたのを引き留めた。

「すみません、出来れば女性にも見て頂きたいのです。
下心では決してなく、不快に思うかの感想をいただきたいので…。
よろしいですか?」

確認をとってシャツを脱ぐと、左肩の首寄りやや後ろから生えた木が露わとなった。

「失礼。
割と最近まで事故で記憶が曖昧だったのですが、その事故の際に肩に木が定着しているのです。

きちんと生きている様で、刺さった際に抜く事が出来ずにいた結果根を張ってしまった様でもう抜くという事はできないらしいのです。」

20センチに満たない木は確かに肩から生えている。
見ようによっては羽の骨組みの様だ。
やや褐色気味の肌は他の傷はなく、不思議と木がある事で艶かしく見える。

「あぁ、記憶喪失だったことは昨夜聞いたが…事故だったのだな。
…その肩の木は本物か?
触ってみても良いだろうか…。

…ふむ、凄いな。
人体の神秘というやつだ。

私は君の人となりを知ってしまっているからかな、今更不気味には見えない。
むしろ肌の色と合っていて似合うとさえ思うよ。

君らはどうかな。
不快かい?」

団長はそもそも見た目で人を判断しない人だろう。
昨日の楽団でもマフィアの紹介で服装も浮かない程度に安物の自分を気にいる男だ。
おおらか過ぎて逆に参考にならない。

「私は服を着ていたら気になりませんでしたね。
シャツの状態でもコブのようなものかと思いました。
そうであればわざわざ指摘する方が下品でしょう。

どうでしょうか、私は不快ではないですが、不思議なものだなぁと思いますね。
大まかには旦那様と同じ感想になるでしょうな。

隠すのが面倒なら、大きなパーティで旦那様に隣にいて貰えばよろしいかと。
少なくとも貴族内であればそれで『変なもの』ではなくなりますので。」

あぁ、なるほど。
貴族の面倒であり明朗な部分だな。
出来れば出せた方が目的に近づく。
ファーデンでは変より特別が勝つだろうから。

「ははは。
確かにそうかもしれないな。
アプリードリヒ、君は有名になった方が自由になるかもしれないな。
そういう意味では。

君はどう思った?
隠した方が良いと思うかな?」

「…えと、殿方の肌を余り見た事がありませんので、そっちが気になってしまって…。」

「あっはっは!
そうだね。
すまなかった。

と、いうわけだ、アプリードリヒ。
君の魅力の方が勝つってさ。

冗談はさておき、色々な人がいるからなぁ。
君が奇異の目に晒されても構わないのであれば個性として曝け出しても良いと思うし、そういうのが面倒であれば隠した方が良いのではないかな?

どちらにせよ、君の心持ち次第さ、アプリードリヒ。

私たちだって頭髪が薄くなったり、太ったり、腰が曲がったりしていくのさ。
それを受け入れるか、隠すかは人それぞれだ。

個性になるか醜聞になるかは本人が決めるしかないんだよ。

さ、娘がきっとソワソワして待っているよ。
あんまりここに留めておくと、あとで口を聞いてもらえなくなる危険性がある。

もう行こうじゃないか。
ちなみに、ね。
娘は気にしないと思うよ。

もし家では隠さないことに決めたのであれば、襟の横にボタンが付いているタイプのシャツやジャケットもある。

そちらを召してはいかがかな?」

これが大貴族か、と素直に思った。
もしかしたらギルバートが特別懐が深い人格者なのかもしれないが、付け焼き刃で身につけた気品など、吹けば飛んでしまうようなものだ。

こんな奇異な見た目を茶化すでも、気味悪がるでもなく受け入れてしまうだなんて思わなかった。

てっきり取る方法や、隠す方法のアドバイスをされると思っていたが、舐めていた。

リリアン、凄いぞ大貴族は。
あいつならもしかしたら、この漠然と感じている凄味も文章にするのだろうか。
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