リリアン

まつり

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梨の王

ハンバート家とヴァイオリン ②

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ギルバートに見せて、お嬢様に隠すのは何か違う気がして、勧められたサイドボタンのシャツの上に横留めのジャケットを借りて木を出すことにした。

あまり気にするようならジャケットの中に収めてしまえば良い。

そう思ってホールへ行って昨夜ぶりに顔を合わせると、あっさり受け入れられてしまった。

「あら、事故で…。
痛くはないのですか?

そうなんですね。

んー、梨の木ですか?
やっぱり!
家の庭にも生えていて、特徴が同じでしたの。
タルトにすると絶品ですのよ。

宜しければ夏の終わりに収穫されますから、ぜひおいでになって下さいね。」

だって。

ギルバートの妻も似たようなもので、そのような事もあるのねってだけであった。

シェリルはそれよりも合奏が楽しみだったようで、それとなく急かされなにか演奏する事になった。

「何がよろしいかしら。
プロと一緒に演奏出来るようなものは無いけれど、スコア通りに演奏出来るのであれば邪魔にはならないかしらね。

ピアノとヴァイオリンなら…そうね。」

「風と剣のロンドは如何ですか?
団長と奥様も聴いているだけではなく気が向けば踊る事が出来ますし、ほら、使用人達も丁度男女2組おりますので…そうですね。

踊らせられたら私達の勝ち、なんて内緒で勝負にしちゃいましょう。」

そう小さな声でいうと、素敵ねとイタズラっぽく笑い演奏曲が決まった。

いつかリリアンに聞いた龍と勇者のやり取りを思い浮かべながら演奏をする。

ヴァイオリンで重めの副旋律を。
ピアノで軽く伸びやかな主旋律を奏でるのだが、緊張しているのかシェリルの演奏が少し固い。

もしかしたらさっき言っていた邪魔にならない、という事を気にしているのではないだろうか。

そう感じたので、リリアンから教わったバックストーリーを演奏しながら話す事にした。

「お嬢様。
この曲はストーリーがありましてね。

この太い音の勇者が、風と氷の龍に戦いを挑むと言うお話なんですよ。」

「あら、ならもっと音がぶつかりそうですけど。」

「それがですね、勇者が龍に一目惚れをして、伴侶にしたいと、そう願っての戦いだったらしいのです。
ほら、龍を倒すと願いが叶うって言うでしょう。
だから、勇者は龍に勝ってなんとか龍と婚姻しようとするんですよ。

だから、龍と剣なんて血生臭いタイトルの割に優雅で軽やかなんですね。

龍も当然そんな彼の気持ちに気がついて、戦いに付き合っていたのでしょう。

この2人にとってはデートのような決闘だったのかもしれませんね。

なので剣士を表すヴァイオリンは必死に、龍を表すピアノは優雅に弾くべきと教わりました。

龍は風と氷を操る、綺麗な白龍で、自由の象徴なのだそうです。
もっと伸びやかに弾いて構いませんよ。
ミスタッチなど偉大な龍は気にしません。

勇者が支える覚悟もありますしね。」

「うふふ。
なら私も自由に弾いて良いのかしら。

勇者様?」

「ええ、どうぞ龍のお姫様。

それでね、いつしか勇者は龍になって婚姻するのだそうです。
そう思って弾くと、何故だかハーモニーが可愛らしく感じませんか?

側から見ると壮大ですが、ただの恋物語なのですから。」

「そうですわね。

…なら、私はもう少し情熱的にされたいわ。」

「仰せのままに。」

固くなっていた演奏が、作曲者の意図通りショルトに変わっていく。
ヴァイオリンのスコアには情熱的にとは書かれていないが、お望みならそうしよう。

旋律は美しい。
ロンドなので同じフレーズを繰り返す曲だ。

団長と目があったのでウィンクすると、きちんと意図を汲み取ってくれたようで、妻の手を取り踊り出してくれた。

そのまま使用人にも促して、3組の踊りを見ながら演奏を続ける。

良かった。

シェリルの、あの努力をはっきり感じる手を無駄にしなくて済んだ。

上手いじゃないか。

スコアをきっちり守って弾くのも大切だが、彼女のピアノはこのくらいの方が合うのかもしれない。
愛されて育ったのだろうな。
のびのびと弾いているのが美しく見える。

ちらりとシェリルを見るとご令嬢にはあるまじき事だが、歯を見せて笑ってくれた。

…あまりに情熱的にならないようにしないと。
結局自分の演奏の熱がどうだったか、アプリードには分からないままだ。
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