リリアン

まつり

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梨の王

ハンバート家とヴァイオリン ③

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30分くらいだろうか。
目配せして徐々に演奏をフェードアウトさせて曲は終わった。

使用人と奥様は拍手をくれて、団長はハグをくれた。

「いや、良かったよ。

シェリルも見事だった。
いつの間にあんなにノーブルでショルトな演奏が出来るようになったんだい?
凄いじゃないか。」

「アプリードリヒ様がこの曲がどういうお話か教えてくれましたので…。
私は知りませんでしたが、ちゃんとお話があったのですね。」

「そうなのか。
私も演る曲だからもちろん深く調べたが知らなかった。

古い曲だからなぁ、そこまで細かい部分は残っていないものだと思い込んでいたよ。

博識だな、アプリードリヒ。」

そうなのか。
リリアンの知識はやはり長大なものなのだな。
何曲もそんな覚え方をしていたので、スコアを見てストーリーを想像する癖が付いてしまったくらいだ。

「友が教えてくれました。
もしかしたら地域によっては残っているのかもしれませんね。

お嬢様、素晴らしい演奏でした。
伸びやかで、自由で。」

「そうだな!
良かったよ、本当に!

シェリル、後でそのお話を私にも聞かせておくれ。

アプリードリヒ、君にも感謝を。
妻も皆も楽しそうに踊っていた。

やはり音楽はいいものだな、活力になる。」

そういってもう一度ハグをされた際に

「実はな、シェリルは少し自信を失っていたようなのだ。
本当に感謝するよ。」

耳元で小さくそう言った。

その日はそれでお暇する事にして、少し寄り道をしながらピアードの事務所に戻ると、2人とも何が難しい顔をしていた。

「どうしたんだ?
なんかまずい事でもあったか?」

そう聞くと、ピアードは渋い顔で紙束を見せてきた。

「見ろよ馬鹿兄貴。
これ、なんだか分かるか?

演奏依頼が山ほど来た。
どうすんだよ。
上手く演りすぎだ。

なんだ、ヴァイオリニストになるつもりか?
まぁ、認められたのなら嬉しいのも少しあるけどよ。

その中にまた面倒な依頼が一つあってな。

これ、これはよ、ウチの親父の依頼なんだよ。
俺が珍しく芸術家を引っ張り出したもんだから興味持ちやがった。

かー!
芸術家を表に出すのは親父の趣味だから放っておいてくれるかと思ったら、兄貴が目立っちゃうからよー!
義理より興味が勝ちやがった!

どうすっかなぁ、ちょっと考えさせてくれよ。

…ところでハンバート家に行ったんだろう?
どうだった?
気に入られたか?」

「さぁなぁ。
嫌われては居ないと思うぞ。
娘さんと合奏してきた。

なんか自信を失ってたらしくてな。
楽しそうだったからよかったよ。」

「あ、兄貴、旦那、もう一個依頼が来ましたよ。
なんか速達で…あ。

兄貴、見てください。」

「あー?

あっはっは!
良かったな兄貴。
確実に気に入られてるわ。

ハンバート家からの依頼だぜ、これ。

はぁ、マフィア辞めて兄貴のマネージャーになろうかなぁ俺。

ま、これと親父の依頼を優先してスケジュール組んどくわ。

演奏の腕落とすなよ。
練習場所も探しておくから。

考えようによっては好都合だな。
上に食い込むのに、お偉いさんに名前が売れるのはどう考えても悪い事じゃない。」

しかし、参ったな。
目標は革命だというのに。
でも確かにピアードの言う通りだ。

平民じゃ話にならない。
まずは地盤固めと割り切ろう。

「ところでよ、木、出しっぱなしで良かったのか?」

自分もはっきり浮かれていたようだ。
まぁいいさ。
今日はいい日だった。



ある時期からアプリードリヒ・ホールドウィンの名は少しずつ広がっていった。

後に王になる気配などなく、ただ気鋭のヴァイオリニストとして。

音楽のインタビューで、記憶が一度なくなったこと、その際の事故の影響か肩から木が生えている事も一緒に広まった。

いつしか隠す必要もなくなり、見られても奇異の目を向けられる事もなくなって、神秘のヴァイオリニストとしての価値を上げる役にも立った。

その際の記事がファーデンでは衝撃を持って受け取られた。

梨の木の象徴性とホールドウィンの名。
興味を持たれるのには十分過ぎるだろう。

革命の1ページ目は、政治でも戦争でもなく、ただの音楽雑誌のインタビュー記事だった。
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