リリアン

まつり

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梨の王

マフィアの親父

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「頼むから兄貴、大人しくしててくれよ。
親父はマフィアにしては話がわかる方だけど、兄貴の存在自体怪し過ぎるし、俺だって親父の趣味を横取りして兄貴をデビューさせた様なモンなんだから。

あぁ、気が重ぇなぁ。
マジで頼むよ、多分色々聞いてきたり試したりしてくるだろうがよ、腹立てんなよ。」

確かにピアードの立場からしたら色々無理をしたのだろう。
表に出ないタイプの仕事をしているのに、急に華やかな楽団に新人を捩じ込んで、しかもそれなりに成功した。

親父さんの趣味でもあるのだから、本来なら俺をまず面通して、親父さんからの紹介で表に出るべきだった。

「…面倒ごとになるなら、なんで俺を直に楽団に入れたんだ?
親父さん、そりゃ怒るだろう。」

「…兄貴をマフィアにあんまり関わらせんのはどうかと思ったんだよ。
あとな、プロでやっていけるほどの腕前だと思わなかったんだ。
不快にさせないくらいのへたっぴかと思ってたから、わざわざ親父に言わなくてもいいかってな。

なに大目立ちしてんだよぉ~。
なんでそんなに上手くなってんだ?」

「ははは。
あぁ、遭難した先がな、図書館で。
そこの司書の趣味が知識の披露でさ、娯楽も物語を読むか、ヴァイオリンくらいしかなかったから、ほら、俺がどっちを選ぶかってなったらそっちだろ?」

「あ?
あー、そうな。
思い出したよ。
ガキの頃習わされたよな、せっかく双子なんだからって。
兄貴は結構長い事やってたけど、俺は3日で投げ出してさ。」

「2日だ。
3日目の行きがけにバックれたろ、お前。」

「そうだ!
よく覚えてんなぁ、兄貴。

性に合わなかったんだなぁ、反復練習ってやつが。
そんで結局俺は射撃を習う様になってさぁ。
なんだよ、両方とも今に役立ってんじゃねぇか。

ま、2人とも兵士だった時はそんなに銃の腕前の差はなかったけどさ。」

「そんな事はないよ。
あの時は的が近すぎただけだ。

遠くを狙うのは明確に差があるさ。
なんせ俺は風を読んだりは全く出来ないんだからな。

それに単純な運動もお前の方が得意だろう。
小さい頃はなんでおんなじ見た目なのにこんなに差があるのかと思ったものさ。」

「あっはっは。
まぁ、大した喧嘩もしなかったから直接比べる事なんてなかったけどな。

俺は俺で、何故か兄貴の方がモテるのが羨ましかったよ。
それこそ、おんなじ見た目なのに。」

「そうか?
気にした事なかったなぁ。

俺は俺でお前の方が人気があると思っていたよ。」

「あ?
そんな事ないだろ?

…隣の芝生は青いってやつだな。
好みの差はあれど中身の差は大してねぇんだろうな。」

「俺からみたら、兄貴も旦那も似てますけどね。
なんであんな、お茶を甘くするのか…。
さっぱりしないでしょうに。

ありゃデザートでしょ。」

「あ?」

「なんだと?」

「ほら、一緒ですよ。」



想像していたよりも表にあるし、豪華だ。
マフィアの本拠地なんてものは薄暗い建物だと思い込んでいた。

ギルバートの屋敷ほどでは勿論ないが、一般家屋と比べれば天と地の差がある。
入り口には石造りの獅子の像があり、なんとなくカタギではない感じはするが、下品には感じず洗練されている。

「ウチの親父は芸術狂いだからよ、その像もお気に入りの彫刻家に造らせた物なんだよ。
俺ぁ詳しくねぇから細かいところは分からねぇが、まぁ凄いってのは分かるやね。」

入り口で待っていた、なに食ったらこんなにデカくなるのかって男に案内されて、奥の両開きの扉に入ると、細い棒をゆっくり振る細身の壮年の男性がいた。

パタスという、棒で球を交互に飛ばして所定のチェックポイントを早く潜ってゴール出来るかというスポーツで使われるものだ。

「…最近よぉ、よく誘われんだ。
パタスはジジイのスポーツだろ?
あんまり好きじゃ無いんだがなぁ、誘われたら負けたくねぇんだよ。

なぁんでジジイになってまで遊びで優劣付けなきゃいけないかねぇ。

男に染みついた呪いだなこりゃ。」

「お連れしました、親父。」

「おぉ、アプ。
いや、本当は兄貴の方がアプリードだっけか。
まぁいいや。

おめぇよ、俺の趣味知ってんならもっと早く言えよ、寂しいじゃねぇか。
おめぇ、こないだのギルバートの楽団にはオイラが可愛がってる奴だって参加してたんだぜぇ。

それがお前、ギルバートも客もおめぇの兄ちゃんを気に入りやがってよ。
恥ずかしかったなぁ、オイラぁ。」

棒を立て掛けてこちらを見た親分は、スラッとした体格で、穏和な表情を浮かべながら柔らかな話し方をしているが、目が合うだけで怖い人だと分かった。

目が強い。

「悪いって親父。
俺だって兄貴がこんな演れるなんて想像もしてなかったんだよ。

12歳の頃に兵士になって7年経って逃げ出してからだから…5年か6年ぶりの再会なんだぜ?

まさか行方不明の間に楽器が上手くなるなんて想像してなかったって。」

確かにそうだろう。
俺もピアードがマフィアで少し偉くなっているなんて想像していなかった。
生きていてくれればな、と考えていただけだ。

「よぉ、事情は聞いているし、お前が兄ちゃんの名前を名乗ることにした理由もお前の口から聞いてるからな、怒っちゃいねぇよ。

だがなぁ、寂しいって言ってんだよ。

ま、座んなよ。
兄ちゃんも座んな、とって食いやしねぇから。

大体よぉ、アプは冷てぇんだ。
自分は芸術に興味ないなんて言っときながらさ。

こんな兄貴がいるなら、お前も知識がからっきしだってこたぁねぇだろうがよ。
なのにコンサートなんて一回だけしか付き合わねぇで、そん時だっていつの間にか居なくなりやがったと思ったら、ロビーでタバコ吸ってやがんのよ。

まぁ、それはいいさ、興味ねぇ所に引っ張っていったのはオイラだから、付き合ってくれるだけでも可愛げがあるってもんだ。

腹立ったのはよぉ、コイツ、ポケットに3箱もタバコ入れてきてやがんだよ。
なぁ?
どんだけロビーで過ごすつもりだってんだよなぁ?」

良かった。
影として扱われているピアードがマフィアの中でどんなことになっているのか不安だった。
雑に扱われているなら故郷とかわらない。

こっちもなんとかしなくてはならないかと思っていたが、大丈夫そうだ。
推測だが、ピアードは俺を探していたから身軽さを重視したのだろう。
先の説明と親分さんの様子を見てそう思った。

「弟を拾って頂き、ありがとうございます。
実はかなり最近まで記憶が曖昧で、ようやく探し始められたんです。

生きていてくれればと思っていましたが、こうして会えた。

親分さんのおかげです。」

「やめろやめろ。

弟がマフィアになっちゃったんだから、オイラにお礼なんていうな。
怒るくらいで丁度いいだろうよ。

まぁ、可愛い奴だと思っているよ。
悪かったな、身内を悪い道に引っ張っちまってよぉ。

…身分証も持たねぇ亡命兵士を匿うには方法は多くなかったんだ。
分かるだろ?
えーと、そうか、あんたが本当のアプリードか。
ややこしいったらねぇな!

アプリードリヒって名乗ってんだっけか。
ならリッヒでいいな?

オイラはノースヴェンって言うんだ、よろしく頼むよ。

アプの兄貴なら頼ってくれって言いたい所なんだけどよ、マフィアの親分にゃ頼るもんじゃねぇからよ、上手いこと付き合ってくれや。

はぁ、しっかし。
リッヒ、あんたギルバートの家でなにやらかしたんだ?

リッヒを寄越せって連絡が来たよ。
アプんとこに行くならまだしも、オイラの所にまで来るのは珍しいったらねぇのよ。」

粗相をしない様に気をつけたはずだが、何かやらかしてしまったのだろうか。
…心当たりがない。

困って考え込んでいると、親分さんがまた口を開いた。

「ギルバートとオイラはね、学友ってやつさ。
良い奴だったろう?
オイラは家業がコレもんだから嫌われないにしても、周りは遠巻きよ。

でもギルバートとは今でも友達なんだよ。
家族ぐるみの親友ってやつさ。
悪い奴じゃねぇんだ。
もしなんかしちまったなら、オイラも一緒に謝ってやるからよ、アイツんとこでなにしたんだか教えてくれねぇかな。」

「はあ、いえ、心当たりが全くないんですよ。
良くして頂きましたし、娘さんと合奏をして帰って来ただけなので…。

そもそも大貴族だなんだって知らなかったんで、ベロベロに酔った団長を送って行った事が始まりでしょう?
当然夜中の話で、その日はなんにもなかったし、次の日は朝食を頂いて、着替えを頂いて、それからさっきも言った様に合奏して帰っただけなんですよ。

みなさん踊っていらしたし、楽しんでいただけたと思うんですけどね…。」

「お?
娘ってどっちだい?」

「どちら…ああ!
お子さんはシェリル様だけでは無いのですね。

シェリル様ですよ。
私がヴァイオリン、シェリル様がピアノでロンドを弾いて、団長夫婦と使用人が丁度2組の男女だったので踊って頂いたんです。

…ふふ。
内緒にしていたのですがね、お嬢様が緊張していたので、私達の演奏で踊らせたら勝ちって言ったんです。

団長は途中で気がついてくれた様ですがね。」

「ほう…。
ははっ、アイツはそういうの好きだからな。
しかし、そうか…シェリルちゃんか。
今は19だったか、20歳だったか。

おめぇ、朝食と着替え以外にも貰って来ちまったみたいだな。」

「えぇ?
…お水を何杯か頂きましたね。
本当にそれくらいですよ。」

「おいおい、アプ!
おめぇの兄貴はとんだ罪作りだぜ?

リッヒよ、おめぇが頂いたのは、シェリルちゃんの心だ。

なんてな!だっはっは!
あんなちいちゃかったシェリルちゃんがねぇ!

…なんかオイラがムカついてきたな。
あんな可愛いシェリルちゃんに好かれてるだぁ?

アプ、ちょっと捕まえてろ。
一発ぶん殴るからよ。」

意外な話に頭がついていかない。
弟なのだから庇ってくれるかと思いきや、ピアードは俺の肩を掴んで来た。

「おいおい。」

「悪りぃな兄貴、まぁ、親父の気持ちも分かるからよ。
歯ァ食いしばってくれな。

シシシシ。」

…この野郎。


赤く腫れた頬をさすりながら話を聞くと、シェリルには姉がおり、それがまぁ優秀だった様なのだ。

なのでシェリル自身はなかなか引っ込み思案に育ち、自らなにかをしたがることも無かったらしい。

幼い頃からピアノに才が見受けられたが、自信と共に感性も鈍り、スランプ状態だったらしい。

「おめぇが一目で努力した手だって分かったって言ったのが相当嬉しかったらしいな。」

「いや、直接は言ってないですよ。
家宰の爺さんに、なんでピアノを弾いてるか分かったのかって聞かれたから答えただけです。

…大体、あんな綺麗な手をみたら誰でもそう思うでしょ。

ちゃんとピアニストの手でしたよ。
指は鍛えられて長く、爪は短い。
それで手のひらは分厚くなっていました。

ね?
カッコいいじゃないですか。」

そうして、その相手が合奏をしてくれるというので大はしゃぎだったそうな。

しかし、弾き始めるとやはり固くなってしまう。

悲しい気持ちのところを救われたと、そう手紙を送って来たらしい。

「実際どうなったのかは、オイラは知らねえがな、まぁ気に入られたのは確かだ。

殴っちまった後に言うのもなんだけど、仲良くしてやってくれや。」

本当に。
シェリルに罪はないので、関係ないのだが。

用も済んだらしいのでノースヴェンの屋敷を出てようとすると、ピアードの事務所の鍵を渡されて、1人で戻ってて欲しいと言われた。

なにやら仕事の話があるようだ。

確かに、それは聞くわけにはいかないので1人退散することにした。
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