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梨の王
空白期間の終わり ② インタビュー
しおりを挟む・それではまず、インタビューをするにあたり、御礼を。
早速ですが、先日の演奏についてお聞きします。
従来のトーチロンドとはかなりテンポが違う構成でしたが、狙いや理由があったのでしょうか。
「ええ、ありました。
トーチロンドのトーチは松明として解釈される事が多い様で、つまりは自分の行く様を照らす希望の比喩として扱われる題材だとお聞きしました。
しかし私が全体的な構成を見て疑問に思ったのは、立ち向かうであろう場面、困難への描写が前半に偏りすぎていることです。
後半は柔らかく優しい曲調ですよね?
なので、今は失われた作者の意図を考え直してみました。」
・希望へと進んだ先の安寧がメインテーマとして描かれる事が多いですね。
それでは、ホールドウィン氏はどういう意図で演奏をしたんでしょうか。
「私が考えたテーマはあまり抽象的ではなく、帰宅、の様なものでしょうか。
誰しも外で何かしらの困難に出会うでしょう、仕事だったり、学業、人間関係、原因は無限に存在しますし、そういう壁に当たった事のない方は居ないでしょうね。
トーチというものを松明ではなく、もっと単純に灯りと解釈して、例えば帰宅した際の安らぎなんかが伝わりやすいでしょうか。
トーチといえば、灯台なんかも思い浮かべる事が出来ますね。
海に出て周りに誰も居らず、孤独に働いて、それでも帰る事が出来る灯りが見えたならどれだけ救いになるのか。
そういう風に演奏したので、かなり違う様に聴こえたかと思います。」
・そうですね。
後半部のゆったりとした温かみのある表現は、その説明とぴったり合うかと思います。
通常よくある勇猛な前半部とは違い、おどろおどろしい演奏はどんな困難を想像していたのでしょうか。
「5、6年ほど自己の後遺症で記憶が曖昧な時期があり、今は改善しているのですが、またそうなる事への不安があります。
一度なったという事実はやはり重く、今大切にしている記憶、人との関係を失う事に対しての不安を人よりも感じているのでしょう。
それでも指針となる灯、私の場合、今はヴァイオリンでしょうか、それが繋ぎ止めている様な気がしています。
なので私が想像した困難は孤独と喪失ですね。
抽象的に聞こえるかもしれませんが、はっきりした体験なので、自分ではかなり具体的なので。」
・なるほど。
現在は記憶は元に戻られているのでしょうか。
「ええ、おそらくは。
しかし…記憶というものは元々かなり曖昧なもので、思い込みなんかも入り込む余地がありますよね、そしてそれを証明する事が出来る方が少ないので、おそらくという言い方になりますね。
まぁ、一昨日の夕食なんかは思い出せませんがね。」
・確かにそうかもしれませんね。
小さい頃の話を両親から聞かされても他人事にしか思えません。
「ね?
それがある時以前が全部なくなったと考えたら少し怖さが伝わりますでしょうか。
怪我もしてましたしね。
怖かったですね。」
・怪我、と。
演奏面は素晴らしいと思いますが影響は無かったのでしょうか。
「どうでしょうね。
それこそ演奏なんてその日によって調子が違う不安定なものなのでね。
元々不安定だからこそ、救われるという事もありますよね。
今は隠していますが、肩にいつのまにか木が生えていた時は驚きましたね。
記憶が曖昧だとはいえ、明らかに異物でしたから。」
・よろしければ見せていただく事は可能ですか?
「上を脱いで良いなら。」
・失礼でなければ、お願いします。
「…どうぞ。
触ってみます?
本当に木だと思えないですよね、不思議で。
もう根が張り抜くのにはかなりの危険が伴うそうですので、このままにするしかありません。
生きているらしいので、いつか花なんか咲く可能性もありますね。
一度診てもらった際にもありえないと言われました。
人体で植物が育つなんて、と。
今は運命かと思っています。
ファーデンを作った家系の私にファーデンの象徴である梨の木が生えてくるなんて。
出来れば故郷に恥じないヴァイオリニストになりたいですね。」
・目の当たりにしても信じられない気持ちです。
確かに本物の木ですね。
正直な気持ちをいうと、見る前は気持ち悪く感じるかもしれないと思っていましたが、いざ見るとどこか神聖なものに感じます。
なんというか、お似合いですね。
「ありがとうございます。」
・いえ、失礼いたしました。
ファーデン出身との事ですが、演奏する曲の中にはファーデンのものも含まれているのでしょうか。
「ええ、そうありたい所ですが、ご存知の通り長く戦時の国ですので、古い曲は失われつつあります。
幼い頃に習い始めた時ですら、敵対国家の曲は除外されていましたから。
家系に伝わるファーデン建国当時の曲もあるのですが、本国で聴いたことがないので不思議な思いですね。
いつか披露してもいいものかも迷っていますが、ファーデンが平和な頃の曲なので、もしかしたら積極的に演奏するべきなのかもしれませんね。」
・そうですね、私は聴いてみたいと思います。
もしかすると、貴方が演奏する事で伝わる何かがあるかもしれませんが、デリケートな問題ですので、強くは言えませんね。
次回のコンサート予定などはありますか?
「10日の内2日程度は披露の場を設けたいと思っていますので、よければお越しください。
もしお子様が演奏をしてみたければ、無料のワークショップも開いていますので是非。」
・そうなのですね。
私も息子がいますので、参加したいと思います。
本日は誠にありがとうございました。
「ありがとうございました。」
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