笑ってはいけない悪役令嬢

三川コタ

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サイナス・プラントリーの絶望 編

夢6

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 イコリスが使用人に、どの様な伝え方をしたのか知らないが・・可及的速やかに、風呂の準備は完了した。
 沸かしたての一番湯に肩まで浸かると、じんわりと額に汗をかく。
 体温が上昇した場合の反射まで、生体反応としてプログラムされていて助かった。身体が温まったと事が、無力感に支配されそうな俺を慰めたのだ。
 入浴で自分の心情を振り返る余裕が生じて、『アイ』の登場がこの世界に期待を抱く、大きな要因のひとつだったと俺は思い至った。



 アイは、突然花屋に訪れた俺の前へ、従業員達を庇うようにして歩み出た。
「・・いらっしゃいませ。花が御入用でしょうか。」
 マスクをつけていないプラントリーの男との対峙だが、毅然とした振る舞いだ。
 
「・・!。もしかして、サイナス様ですか?」
 湿り気を帯びた直毛の銀髪は肩まであり、強制力で波打つ短髪に仮面を装着した学院内の姿とは、かけ離れている。その為、すぐに俺だと分からなかったらしい。

「・・アイは、夜、眠った後に夢を見るよな?」
「サイナス様?夜?夢?・・どういうことですか?」
 俺の一方的な質問に、アイは困惑した。

「いいから教えてくれっ、夢を見るのか・・。眠ると、見るだろう?夢をっ。」
「・・夢を見るのは、起きている時です・・私はこの花屋を大きくするだけでなく、国内にいくつかの支店を―。」

「違うっ。将来の目標じゃないっ。寝たら、見える夢のことだっ。」
「目を閉じたら、何も見えませんが・・サイナス様が何を言いたいのか・・よくわかりません。」
 激情に駆られる俺と対照的に、アイは冷静に答える。

「・・嘘だ・・アイまで夢を見ないというのか?そんな馬鹿な・・。だって、お前・・本当は『おっさん』だろう?」
「お、おっさん?私、女性ですけど・・。」

「十代男子が、あんなので喜ぶと考えるなんて・・おっさんしかいないっ。あんな、あざと仕草や胡散臭い言葉遣いは、おっさんが考えた『十代男子が好きそうな女子』じゃあないかっ。あんなの、キャバ嬢でもいないぞ!。絶滅危惧種だっ。」
「十代男子・・・キャバジョー?・・サイナス様、私は女性です。私の仕草が気にいらなかったのであれば、謝罪します・・。」

「謝罪は求めてないっ。いい加減、しらを切るなっ。」
「て、店長にひどい言いがかりをつけないで下さいっ。」
 アイと花を生けていた巨乳従業員が、俺達の間に割って入ってきた。

「邪魔だ、どけっ。」
「キャー、止めてーっ。魅了は使わないでーっ。」
 巨乳従業員は、アイにしがみつきながら叫びだした。
「うるさいっ。被害者ぶって、加害者を作るなっ。少しも笑ってないだろうがっ。俺は、真実が知りたいだけだっ。」

「サイナス様、落ち着いて下さい。貴族として・・プラントリー一族として、社会的責務を思い出して下さい。」
 しがみつく巨乳従業員の腰に手を回したアイは、声を低くして俺を諭そうとする。
 憐れむように見る榛色の瞳は、俺の問いへの答えが変わることは無いと告げていた。

 耐えきれず、俺はアイから視線をそらした。
 すっかり陽は落ち、大きな窓ガラスに銀髪を乱した美しい人形にんぎょうが映る。そして、ガラスの中の人形と目が合った。
「・・ちがう・・俺は・・。こんな人形・・俺じゃない・・元に戻してくれ。・・・お前の為に創られたような世界じゃないか・・なのに・・なのに夢を見ないなんて・・俺しか、いないなんて・・おかしいだろうが・・。」
「サイナス様?。」

 崩れ落ち膝をつくと、暗闇に包まれた。
 後ろから黒い袋を頭に被せられたのだ。それと同時に、俺は力強く抱きかかえられた。

「抵抗しないでください、サイナス様。これ以上、罪を重ねないでください・・。」
 背後から両手を掴み封じたジェイサムが、耳元で懇願する。
 猿臂えんぴでジェイサムの腕を解くのは簡単だが、俺には抗う力など微塵も残ってなかった。

「確保ーっ、対象確保ーっ。無力化成功ーっ。馬車を回せーっ。」
「まず、縄だっ。縄、持って来いっ。ジェイサム様、拘束はもう暫くお願いしますっ。」
「お嬢さん、状況を聴かせて下さい。笑顔は向けられましたか?」
 バタバタと足音を立て店内になだれ込んできた男達の声には、聞き覚えがあった。我が家の使用人だ。

「魅了された従業員は、おりません。サイナス様はずっと怒っていて、笑顔を見せる事はありませんでした。」
「そうですか。ジェイサム様・・親衛隊には連絡済みですが・・逃走経路に魅了を使用した形跡はありませんでした。移送先はどのように―。」
 アイから話を聞き、ジェイサムに敬語で指示を仰ぐ声の主は、最古参の使用人である執事長だった。
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