自殺と少女、それから文学。

藤宮舞美

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とある少女の自殺の話

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 賽子を振った。
 そしたら1が出た。
 だから、死ぬことにした。

 別に死にたいわけでもない。だからと言って生きたい訳でもない。
 なんとなく。ただ、なんとなく。真っ赤に染まった一つの魂が出たら死のう。
 そんな軽い賭けだった。
 そうして本当に純白に紅一点と言うのは違うかもしれないけれど、紅の一点が描かれた1が出たのだ。
 その為、私は本当に死ぬ事にした。

 とは言っても、死に方なんて知らない。首を吊ったら死ぬとか、毒を飲めば死ぬとか、なんとなく人並みに、世間並みに知っているくらいだ。

 スマホでとりあえず調べてみる。
『自殺 方法』
 なんて打ったら「あなたの悩みを聞かせて下さい」とか「自殺の前に相談を」とか安っぽくて最も信用できない言葉がずらっと並んでいた。
 死ぬ事よりもよっぽどこちらの方が憂鬱である。

 そんなことを言っているとほら。
 自殺方法とか調べないで命大切だよ。とか。
 神は自殺をすることは赦さないのです。私たちの神は信じれば永遠に楽園に連れて行って下さるのです。とかヤバイ宗教まで。
 自殺の方法について調べているのに、目的の記事が全く見当たらない。
 軽く絶望してみる。
 人生悟りました。私には希望がありません。自分には幸も不幸もありません。
 ありふれた言葉で気取ってみても自分が空っぽだと痛いほど自覚するだけだった。
 なるほど、だからあれほど太宰治という作家は愛されるのか。

 仕方がないので適当に縄を見繕う。
 いつ使ったのか、引き出しの奥から何メートルも巻かれている塊を見つけた。
 去年、高校の廃品回収に使った紐かしら。いくら学校行事とは言えども、新聞紙は重いし、纏める紐は短いし痛いから今年はサボりたい。とか来るはずもない未来のことを考えながら輪っかを作って縛る。
 首吊り自殺。
 定番だがこれしか思い浮かばない。

 すっと、食卓に並べられたお肉でも食べるように、ネックレスを掛けて、ブランコを楽しむ。
 思ったよりも痛くなかった。
 でも、首が一斉にストライキを始めたのが嫌になるほど解った。
 掃除機の様に首の細胞がネックレスに吸われていった。
 脳は空気を寄越せと暴れまわっては、膨張する。このままいくと脳髄という芋虫が、頭蓋骨という甲冑を突き破るかも知れない。
 視界は雷の様に、目が焼ける程明るくなったり、闇夜かと思われるほど暗くなったりした。
 痛くない。悲しくも辛くもない。ただ苦しかった。

 次第に手足は一人でにダンスをはじめ、私という肉体の支配者の言うことは聞かなくなった。
 視界は急に狭まり、首飾りに吸われる細胞も底を尽きた。
 嗚呼。なんて思う間もなく私の意識はこの世から分離した。


 めをさます。
 あたりをみまわす。
 いきている。
 いきている? わたしが?
 こきゅうをしていることをかくにんする。
 しんぞうはこんなことがあってもふみんふきゅうだった。
 てをみる。ぐー。ぱー。うごく。
 つねってみる。いたい。

 いきている。

 私は生きている。
 改めて状況を観察する。
 横に倒れていたであろう私と、床に叩き付けられた首輪と天井を結んでいた結び目。
 失敗。
 嗚呼、そうか、失敗したのか。
 ようやく理解した。

 ほかにどうすれば死ぬのか。
 急に、入水と云う二文字が浮かんだ。
 先ほど太宰かぶれをしたときの事を思い出した。

 拝啓、太宰治さま。
 恥の多い人生を送ってきました。
 自分は賽子の1が出たので死のうと思います。

 途中までそんなことを考えてはみたが流石にやめた。
 いくら私でもそれでは恥を知ることになる。
 でもこのくらいは許されるだろうと、全力で悲劇のヒロインぶって、本棚に在った『人間失格』を手に取り河川に向かった。

 川は「こんないい天気と言うのは絶好の自殺日和だねぇ」と言っている様に思えた。
 それほど朗らかで、てらてらとしていて、さらさらとしている。
 水はひんやりとしているが、心地の悪いものではなかった。
 流れの最も早い、したがって一番深いところまで私は水をかき分け向かった。
 勿論手には『人間失格』を握りしめて。
 彼は水を飲み身体からゆっくりと言葉が流れ出していた。
 それでも彼の顔は普段と変わらず穏やかなものだった。

 私は力強く握りしめながら、ゆっくりと死に逝く彼に目を奪われていた。
 そして私は足を滑らせ川の流れに押し流された。
 あんなにてらてらと天使のように朗らかだった水は、悪魔の様に私の意志に反して戯れてくる。
 美しかった手も中の彼も今や数ページと汚れた表紙しか残っていない。
 水は私を魚か何かと勘違いしているのか容赦なく触れ合いを求める。
 咳が止まらない。水中でも咳が出る。水を吸い込む。苦しい。怖い。
 ふと彼を握る手から力が逃げる。
 ふやけた本だったものは何処かへ逝ってしまった。

 冷たい水の中、私一人。
 暗い水では、濁った水では聖なる陽光すら届きません。
 外からはあんなにも清らかな聖水も、中から見れば冒涜にすら値しないものね。
 川の流れに身を任せて目を閉じて。安らかに『死』を受け入れる。
 今日ママが作るハンバーグ食べたかったなぁ。なんて思いながら。


 目が覚める。
 やっぱり生きている。
 どこかの川岸に投げ捨てられた様だ。
 石のベッドの品質のせいか身体のあちこちが痛い。
 服は流石、お天道様と言ったところか。
 匂いは残れどほとんど乾いている。
 ポケットのスマホは行方不明ではないらしい。
 電源ボタン。押した後に応答せよ。もしもしスマホさん、聞こえますかー。
 レスキュー隊の声は聞こえないらしい。これではただのスマホに似た置物だ。
 小銭はまだ生きている。
 良かった。何とか家には帰れそうだ。

 河川敷を歩くと心地が良かった。
 昔誰かが『生きているときは死にたくなって。いざ死ぬときは生きていたくなる。人間ってね、この上なく身勝手な生き物なのよ』と言っていたのを何故だか思い出す。
 死を目の前にした私なら言葉の本当の意味が解るのかなぁ。

 終わりのない河川敷をひたすら歩く。歩いて、人休みしてまた歩く。
 駅が見えた。
 駅に入るとそこが隣町の駅であることが分かった。
 田舎の一駅とは非常に距離が長い。そんなところまで私は水に襲われていたのか。
 安くはないお金で切符を買う。
 時間通りにきた電車に乗って、ひたすら揺られる。
 今日私は自殺未遂と言う人生史に残る大事件を犯したのに、町は、世間は相変わらず平穏に、時に殺伐としながら生活を送る。

 私の町の駅で降りて、駅直結の本屋で『人間失格』を買う。
 家に帰ったら用水路に落ちたとでも言っておこう。きっと怒られて呆れられると思うけど。
 今度は1が出たらショートケーキでも買ってやろう。
 そんなことを思いながらいつもの、酷く見慣れた帰路についた。
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みんなの感想(1件)

味帝太
2025.03.03 味帝太

表現の自由さに惹かれました。何かすごい良質なまだ聴いたこともないような音楽を聴いたようなそして日本刀のような危なっかしさを孕んだ文体。そして自殺志願者としての息苦しさ(首吊りによらず),美々しさ儚さ,そして最後は、、、自分が無機的でありながら無であると悟ったように感じました。

解除

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