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第4話 清の職業は吟遊画人

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 三人に「あ、ありがとうなんだな」とお礼を言って、清は喜んでミルの町に向かう事にした。
 異世界到着後に、しばらくその辺をブラブラ歩いて力尽きたから当然の判断だ。

「その虫網は何に使うんだ?」
「こ、これは貸してもらったんだな。こ、この帽子も貸してもらったんだな」
「そうかよ。それでその虫網で何を捕まえるんだ?」
「な、何も捕まえないんだな。く、熊が出た時の為なんだな。ぶ、武器なんだな」
「そんなんで熊なんて倒せねぇよ。その前にこの辺に熊は出ない。出るのは野盗と穴ウサギぐらいだ」

 男同士という事で、カイルは清と歩きながら話しをしていく。
 言葉はたどたどしいが、酔っ払いと違って、きちんと会話は成立している。
 虫網で捕まえられる小さな熊がいるのか知らないが、清がこの辺の人間じゃないのは分かる。
 見た事がない変わった靴(下駄)を履いている。この辺の人間なら、革靴と布靴を履いている。

「ねえ。あんた、金持っているの?」

 二人の話しを後ろで黙って聞いていたジェシカが、清に聞いた。
 ジェシカは半袖半ズボンの焦げ茶の上衣と下衣が一体化したツナギを着ていて、その上に黄緑色の薄い布生地に、蝶のような羽模様が黒で描かれたロングコートを羽織っている。
 クレアの方は白い長袖の制服と白い布製の長ズボンを着ている。派手な弓使いと清楚な白魔法使いだ。

「おい、ジェシカ。まさか道案内とか言って、金取るつもりじゃないだろうな? そんなせこい真似すんじゃねえよ」
「しないわよ。町まで行って、どうするのか聞きたいのよ。盗みとかされたら、連れて行った私達の責任になるじゃない」

 清はどう見ても貧乏そうだ。それに麦わら帽子と虫網は貸してもらったと言った。
 貸してもらったは、盗ませてもらった、にも変換できる。
 怪しい人間を町に連れて行って、問題でも起こされたら、自分達が責任を取らされるかもしれない。
 ジェシカは『人を見た目で判断したら駄目』と親に注意された事はあるが、『怪しい人には付いて行ったら駄目』とも教えられている。
 ジェシカから見た清の印象は、小太りの体型から、金持ちのボンボンが変な服を着て、お忍びで適当に旅行しているような、そんなあり得なさそうな、あり得そうなおかしな感じだ。
 お金や食う物に困った人間の黒く濁った目ではなく、黒目だが、少年のようなキラキラ目をしている。
 どちらかと言うと、少し怪しい人間の気配しかしない。念の為に予定を聞きたいだけだ。

「ぼ、僕は絵を描いているんだな。み、湖を探していたんだけど、み、湖は見つからなかったんだな。あ、雨が降った所為なんだな」
「雨か……最近降ったのは5日前だな。歩いて5日の場所で湖か……あるのか?」
「知らないわよ。まあ、吟遊詩人みたいな事をしているわけね。今まで描いた絵とか持ってるの?」
「あ、あるんだな」

 カイルは5日の距離にある、湖の場所を考えてみたが無理だった。
 後ろを振り返って、ジェシカに聞いたが、こっちも駄目だった。
 だが、清の職業がなんとなく分かった。
 吟遊詩人の絵描き版——『吟遊画人』とでも呼べばいいだろう。

 清はリュックサックからスケッチブックを取り出すと、ジェシカに渡した。
 100円ショップで購入した安物だが、異世界では結構良い物に分類させる。
 品質の良い、見た事のないスケッチブックに三人は少し驚いている。
 ジェシカの中で、金持ちの道楽息子の可能性がちょっと高くなった。

「へぇー、上手いわね。どこの街を描いたものなの? 変わった建物が多いわね」

 スケッチブックの中には、お揃いの青い服を着た男達の祭り、夜空に上がった大輪の花火、船が並ぶ静かな港町、桜の木に両側を囲まれた道……と見た事がない風景が色鉛筆で描かれている。
 清が場所の説明をするが、三人とも知らない場所だった。
 どこの国なのか聞いても、『日本』という国は聞いた事がない。
 かなり遠い場所から来たとしか分からなかった。

「とりあえず吟遊画人なのは分かったが、この金は使えないな」

 清の職業は分かったが、お金を持っていないのも分かった。
 カイルが清から受け取ったガマ口財布を返した。
 見た事がない、お札や硬貨がこの国で使えるとは思えない。

「だったら私達の似顔絵を描いてもらわない? キヨシ、1人銅貨5枚でどう? 銅貨3枚でこのぐらいの大きさのパンが買えるのよ」

 無一文の清の為にクレアがお金を出し合おうと提案した。
 両手の親指と人差し指の四本の指で輪を作って、楕円形の縦16、横7、厚さ9センチ程のパンが買えると教えている。

「ぼ、僕は、パ、パンよりも、お、おにぎりの方が好きなんだな」
「おにぎり? また聞いた事がない食べ物だな。いや、食べ物なのか?」

 だが、清はパンよりも米派だ。だが、この異世界は圧倒的にパン派だ。
 カイルはおにぎりが、食べ物なのかも分からないぐらいだ。

「お、おにぎりは食べ物なんだな。し、白くて、ま、丸いのや、さ、三角があるんだな。の、のりや、ふ、ふりかけ、う、梅干しもあるんだな。ぼ、僕は、お、おかかと、つ、佃煮が好きなんだな。カ、カレーおにぎりはおにぎりじゃないんだな。あ、あれだけは許せないんだな」

 三人がおにぎりを知らないので、清が熱くおにぎりの説明を始めた。
 三人は清の説明を聞いて、粉状の小麦ではなく、粒の荒いままの小麦のパンだと思った。
 製粉技術が浸透していない、田舎国から来たという予想がより深まった。

「とにかく金が無いとパンもおにぎりも食べられないぜ。絵以外に得意な事はあるのか?」

 吟遊詩人の収入も知らなければ、吟遊画人の収入はもっと知らない。
 とりあえず儲かるような職業とは思えない。カイルは絵以外の収入を得る方法を聞いた。

「は、働かざるもの、く、食うべからずなんだな。ぼ、僕はいつも、だ、誰かのお手伝いして、お、お金じゃなくて、た、食べ物を分けて貰うんだな」
「ふーん。何でも屋みたいな事をしているわけね。まあ、私達は頼みたい事はないから、他の人を探した方がいいわよ。宿屋の皿洗いでもすれば、食べ物と寝る場所が貰えるんじゃないの」

 清は基本的に絵を描いて、お金を貰っている訳じゃない。
 絵は趣味で、お腹が減ったら、困っている人のお手伝いをしている。
 日本は食べ物が豊富で、優しい人が多いから、その生き方で通用していた。
 ジェシカの言う通りなら、異世界でも通用するようだ。

「カイルの家に泊めてあげられないの?」
「あ? 俺の家は無理だよ。親父とお袋がいるんだ。それに寝る部屋がない」

 クレアに聞かれて、カイルは無理だと即答した。
 行き倒れの美少女なら、泊めると即答したかもしれないが、清は駄目だ。

「寝る場所なんて、床と毛布があれば十分でしょ。それとも私達の家に男を泊めろとか言うつもり?」
「い、いや、そんな訳ないだろ……分かったよ。飯代を払うなら、2、3日だけ泊めてくれるように親父達に頼んでみるよ」

 人でなしのカイルに、強気にジェシカが要求した。
 カイルは何と言われようと断るつもりだったが、優しいクレアが泊めると言い出しそうだった。
 カイルとクレアは幼馴染の関係だ。得体の知れない男を泊まらせる訳にはいかない。
 仕方なく、父親と母親に清を泊めてくれるように頼むと約束した。
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