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後半

第74話

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「ブヒブヒ。ブヒブヒ」
「あっ…」

 豚さんが一瞬の隙をついて、ロープを持っていた盗賊の手から逃げ出しました。地面に落ちていた手提げランプが気になるようです。両手で拾い上げると兵士の頭に思いっきり叩きつけました。

「ブヒ!」
「ぎゃあ! あちちちち!」
「水! 水!」

 ガシャンとランプのガラスが割れると、中身の油が飛び散り、火が兵士2人と盗賊2人の服に燃えつきました。四人がゴロゴロと地面を転げ回って、闇夜を明るく照らしています。
 流石に命を懸けた演技はやり過ぎです。盗賊達と兵士達が慌てて、火を消そうと集まります。盗賊達が着ていた服を脱いで、四人の火を消そうと必死に服を叩きつけます。

「ブヒブヒ。ブヒブヒ…」

 豚さんはもう一つの手提げランプを地面から拾い上げると、兵士達の検問所兼野営地に向かって行きます。豚さんが何をやるつもりなのか兵士達には直ぐに分かりました。野営地を炎上させるつもりです。そんな事はやらせません。

「その豚を無傷で捕まえろ! 絶対に身体に傷一つ付けるな! エルミアと戦争になるぞ!」
「ハッ!」

 ピッグぶただけにビッグ待遇のようです。兵士達12人は豚を逃がさないように円陣を組んで囲みました。あとは傷つけないようにロープで縛り直せば捕獲完了です。
 これでジェラルド王子に愛豚を高値で買い取ってもらう事が出来ます。兵士達は多額の退職金を貰えて大喜びです。この国の盗賊と兵士は腐った連中が多過ぎです。王太子妃から口止め料を貰った後に、さらに王子からも金を貰うつもりです。

「ブヒブヒ! ブヒブヒ!」
「こらこら。大人しくしなさい」

 右に左に豚は逃げ場を求めて、円陣の中を動き回ります。迂闊に近づけば、手提げランプを思いっきり振り回してきます。追い詰められた豚は何をするか分かりません。でも、豚だけに注意を払っていると危険です。
 火を消そうと手伝っていた兵士6人を制圧して手持ち無沙汰になった盗賊達が、油断している兵士達を狙っています。

「ぐぅへへへへ…俺達も手伝います」
「助かる! けれども、絶対に豚には傷は付けないでくれよ!」
「分かっていますよ」

 盗賊達は殺傷力が高い短剣から武器を棍棒に変えました。豚を囲んでいる兵士達を手伝うフリをして、大胆に近づいていきます。仲間の合図で一切に棍棒を振り上げると、無防備な兵士達の頭に叩きつけました。

「がふっ!」
「ぐわぁっ!」
「あがぁっ!」

 後頭部、眉間、首を棍棒で殴られた兵士達が倒れていきます。倒れずに抵抗しようとする頑丈な兵士には、数人掛かりで容赦なく袋叩きにします。敵に対しての優しさは一切不要です。優しくすれば反撃という手痛いお返しが返って来ます。

「そこまでです! もういいでしょう。武器と防具を奪って、ロープで縛ってください。これから兵士役と捕まった盗賊役に分かれて、町を目指しますよ!」
「おおう!」

 豚さんが兵士を殴る盗賊達を止めました。倒れている兵士を踏んづけ、円陣の中から脱出すると、盗賊達に次の行動を指示します。いつから盗賊の頭になったか知りませんが、盗賊達も素直に動いてくれます。
 兵士の服を脱がすと自分の服と交換していきます。戦闘後の持ち物交換は盗賊達には日常的な事です。兵士の財布の中身までキチンと空の財布と交換すると準備は完了です。

「豚さん、これからどうすればいいんですか? 町に攻め込むんですよね?」

 立派な防具を着込んだ元盗賊の兵士が聞いてきました。生きているか分かりませんが、きっと死んだご両親も息子の兵士姿を見て喜んでいるはずです。

「まずは食事です。兵隊さんのご飯を食べて、体力回復します。偽盗賊さんに抵抗されると面倒なので、両手足はキチンとへし折ってください。あとは馬の数を数えて、馬に乗る人を決めてください」
「了解です。よし、まずはへし折るぞ!」

 普段から兵士達には酷い目に遭っています。偽兵士と盗賊達は棍棒を持って、薄汚い服を着た偽盗賊達20人に向かっていきます。

「豚が喋ってる⁉︎ 嫌だ…やめろ…やめろぉぉぉ!」

 偽盗賊の悲鳴は無視です。豚さんの命令は絶対なので、偽盗賊を棍棒で叩きまくります。なかなか骨太で頑丈な人もいるようですが、そういう時は仲間が助けてくれます。二人掛かり、三人掛かりでやれば何も問題ありません。

「豚さん、ちょっと来てくれ」
「むぐっ…むぐっ…何ですか?」

 美味しそうなハムがテントの中にあったので食べていると、偽兵士に呼び出されてしまいました。ハムの塊を持って、偽兵士の後に付いて行くと、大型の幌馬車まで案内されました。これがどうかしたのでしょうか。

「物資を運ぶ為の馬車です。大型馬二頭に引かせるので、動きは遅くなります。使いますか?」
「全体の移動速度が遅くなるのですか……でも、大人数が乗れるのはいいですね。仮眠室として使いましょう。急いだとしても、町に到着するのは朝方です。出来るならば万全の状態で到着した方がいいでしょう。それよりも元兵士の人達に尋問しましょうか。道を塞いでいた理由とか色々聞きたいですから」

 そういう重要そうな事は手足をへし折る前に聞くべきでしたが、お腹が空いていたので仕方ありません。アリエルは手提げランプを持つと、兵士達が集められている場所に向かいました。
 兵士達は折られた両手足をロープで縛られて、地面に転がされていました。見張りの偽兵士が5人で見張っています。

「さて、時間がないので優しくしているうちに教えてくださいね」
「うぐぐっ…おのれ、エルミアの悪魔の使いめ。我らを滅ぼしに来たのか」
「いえ、そういうのはいいです。この人は話したくないようなので、別の場所に連れて行ってください」
「何をする? やめろ、引っ張るなよ。ぐっ…ぎゃああああ!」

 アリエルを睨みつけていた兵士は話したくないようです。偽兵士二人に折れている腕を掴まれて引き摺られて行きました。

「キチンとお話しが出来ない人は焼却処分です。こんがりと焼いて美味しくいただきます。すみませんが、盗賊さん達は兵士さんを2人だけ別の場所に移動させてください」
「分かりました」
「ありがとうございます。さて、道の真ん中を塞いでいた理由を教えてください。もしも、あの2人から聞いた内容と違う場合は、どちらかが嘘吐きだという事になります。正直に話してくださいね」

 兵士2人が盗賊達に優しく抱えられて、別の場所に連れて行かれました。豚さんの尋問が始まります。兵士達はハムの塊を食べながら喋る豚さんに怯えています。食べているのは焼いた人肉ではありません。豚肉です。


 


 
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