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後半

第75話

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「まさか、兵士達があんな事を考えていたなんて、盗賊以下のクソ野郎共め」
「ああ、俺達を皆殺しにして、さらに王子と王太子妃から金を脅し取ろうとした犯人にするなんて……流石の俺達でも、そこまでやらねぇよ」

 兵士の尋問が終わると、兵士達を野営地に置き去りにして、豚の盗賊団は町を目指しました。幌付き馬車2台に盗賊21人とアリエル、馬15頭に偽兵士と捕まったフリをする盗賊達22人が乗っています。
 移動中にバッタリと本物の兵士達に遭遇しても、何とか盗賊を捕まえたと誤魔化そうとする予定です。多分、知り合いの兵士が1人もいないので直ぐにバレますが、その前に奇襲します。遭遇した兵士はとにかく全員倒して進むという事は盗賊会議で決定しています。

「いいですか。兵士さん達は250人以上が12組に分かれて行動しています。森の周辺の町と道を塞いでいます。表向きは大規模な盗賊団の討伐ですが、上にバレないように短期決戦で勝負をつけたいはずです。探しているのは私とコルトンさんの二人になりますが、最重要なのは私で、コルトンさんは二番目になります」

 盗賊達10人が幌付き馬車に揺られながら、アリエルの話しを聞いています。
 豚を使えば、豚と交換で王子からお金を貰えるだけじゃなく、王太子妃を脅す事も出来ます。豚は王子と王太子妃の両方からお金を取れるので利用価値が高いです。それに引き換えコルトンは王太子妃を脅す事にしか使えません。利用価値は豚よりは低いです。

「それで、俺達はどうすればいいんですか? 兵士を全員倒すなんて無理ですよ」
「それは分かっています。兵士さんを全員倒すつもりはありません。町まで逃げれば、私が持っていたお金を使って、当分の間は隠れて生活できます」

 奇跡的に250人の兵士を倒す事が出来たとしても、真っ当な兵士が補充されるだけです。しかも、今度は兵士を殺した殺人盗賊集団として追われてしまいます。アリエルは盗賊達にほとぼりが冷めるまでの潜伏生活を提案しました。けれども、盗賊達の誰一人として喜んでいません。

「でも、それだと口止め料が…」
「死んだらお金は使えませんよ。このお金を全員で分けて2年ぐらいで使い切って、元の盗賊暮らしに戻るか。それとも、このお金を元手に皆んなで真っ当な新しい仕事をやってみるかです」
「急にそんな事言われても、この国でまともな仕事なんて…」
「無いなら作るんですよ。この国を良くしましょうよ!」

 盗賊達はアリエルの提案に難色を示しています。騙して奪っての盗賊暮らしが染み込んでいるのです。真面目に働きましょうと言われても、やる気はないみたいです。でも、反対する理由はそれだけではないようです。

「豚の親分、流石にそれは無理ですよ。この国は貧乏人が多いから、商売なんてやっても上手くいかないんですよ」
「そうそう。王家が飼っているドラゴンの所為ですよ。あれの所為で周辺の国に攻め込まれる心配はないんですけど、あれじゃあ、守護獣というよりも貧乏神ですよ」
「ドラゴンですか? そんなのがいるんですか?」
「ええ、たまに空を飛んでいるのを見た事がありますよ。馬鹿デカい赤い竜です。ドラゴンの餌用に大量の牛を城の近くで飼っているぐらいですよ」

 ドラゴンといえば伝説の生物です。そんな生物が隣国に本当にいるなら、噂話ぐらいは耳に入ってくるはずです。けれども、そんな噂話は一度も聞いた事がありません。この国の汚い心を持つ人間だけに見える不思議な妖精さんかもしれません。

「本当ですか? 見間違いとか、小さい赤い鳥を飛ばして、ドラゴンの雛とか言って騙しているだけなんじゃないですか?」

 ドラゴンの飼育費用で国の運営が圧迫しているのが事実ならば、どうしようもないですが、それが本当かは分かりません。もしかすると、架空の生物を利用して国民から金を毟り取っているだけかもしれません。
 盗賊に兵士にと、ここまで腐った連中が揃った国です。そのトップが腐っていないはずがありません。きっと貧乏なのは国民だけで、王族は贅沢三昧の暮らしを送っています。

「本当ですよ。俺、見た事ありますから。お前達も一回ぐらいは見た事あるよな?」

 誰も何も言いません。手も上げません。10人中、見た事がある人は1人だけです。どうやら、この盗賊はヤバい薬や葉っぱに手を出しているようです。嘘吐きではなく、おそらく現実と妄想の区別がつかないだけです。馬車から突き落とさずに、優しい心で対応する事に決まりました。

「では、全員一致でドラゴンはいない事になりました。そして、次の目的地も決まりました。目指すはお城です!」

 正確には1人を除いた全員一致ですが、アリエルは盗賊団で城を目指したいようです。

「城ですか? 国王の首でも取りに行くんですか?」
「そこまではしません。ですが、場合によっては国民の怒りを受けてもらいます。架空の生物を使っての悪行三昧です。我々、正義の盗賊団が国民の金を城から根こそぎ奪い尽くしてやりましょう!」

 アジト周辺の町を抜ければ、その先は検問していません。お城まで行かなくても、そこそこ住みやすい町を見つけて散らばって暮らせば安全です。ですが、城に乗り込んでタダで済むはずがありません。盗賊達としては金を山分けして、隠れて暮らす方がまだマシです。

「いやぁ、親分……だから、そんな過激な事を俺達はしたくないんですよ。確かに俺達はならず者ですよ。でも、馬鹿じゃないんです。命懸けてまで、この国を良くしようなんて思ってないんですよ」
「本当にこのままでいいですか? この暮らしが死ぬまで続くんですよ。それでいいんですか?」
「死ぬよりはマシです。住めば都だって言うでしょう? どこの国だって、悪い所も良い所もあるんですから、いちいち気にしていたらやっていられませんよ」
「んんっ…でも、さっきの兵士さんを過激に暴行したので、盗賊の取り締まりは厳しくなりますよ。捕まったら処刑されますよ!」
「俺達、馬鹿じゃないから捕まりませんよ。それよりも豚の親分は自分の心配をした方がいいですよ。俺達は人混みに紛れ込んだら、盗賊だと分からないですけど、親分は一発で見つかるんですから」

 アリエルは馬車に乗っている盗賊達を説得したり、脅したりしますが、効果はありません。盗賊は残り32人もいるので、1人ぐらいは協力してくれる可能性はありますが、流石に1人、2人増えても意味はありません。
 この馬車の中には、この国の未来の為に命懸けて戦う男の中の男、または、国を盗んでやろうという盗賊の中の盗賊はいないようです。

「分かりました。腰抜け盗賊団を頼った私が馬鹿でした。じゃあ、私が一人で行きます。そして、肥えたロクデナシの王様を私が成敗してやります!」

 アリエルは盗賊達を軽く馬鹿にしました。めちゃくちゃに馬鹿にしたら、全員で寄ってたかって殴られるからです。
 この盗賊達に男のプライドが少しでもあるのなら、豚に馬鹿にされたままでは終わらないはずです。『やってやるぞ!』と闘志を燃やして付いて来るはずです。

「そうですか。頑張ってください。親分なら一人でも出来ますよ。俺達、応援していますから!」
「大丈夫です。親分は捕まっても、金蔓だから殺されません。頑張ってください!」

 腰抜け共です。この国と同じで救う価値もない、他力本願のゴミ屑共です。こうなったら、別れる前にお金の一部を奪い取ります。どうせ、アリエルのお金です。そのぐらいは許されます。

「まったく、ほんの少しでも国を良くする気持ちがないんですか!」

 アリエルは曲がった事が大嫌いな正義感のある豚です。誰かが困っているのに放っておけません。最後のチャンスと思い、盗賊達の気持ちを確かめました。

「まあまあ、怒んないでくださいよ。親分の気持ちは分かりますから。俺達だって、ガキの頃はこの国を変えてやるって、本気で思っていたんですよ。でも、どうしようもない事もあるんですよ。そういう時は大人なら我慢です。なあ、お前達?」
「ああ、生きるには我慢が必要だ。暴力だけじゃあ、問題は何も解決しない。暴力を振るえば、自分だけじゃなく、周りの人達まで傷つけてしまう。誰かを傷つけるって事は、そういうもんなんだよな」
「そうそう。それが分かるのは大人になってからなんだよな。親分はまだ子供なんですよ。親分は何歳なんですか? もっと世界を見た方がいいですよ」

 盗賊如きがまともな事を言い出しました。盗賊達の顔を見れば、ほとんどが20代後半のようですが、悪事の経験を積んでも大人の男にはなれません。駄目な男達の言葉は聞き流して、町を抜ける事に集中した方がよさそうです。

 

 



 

 
 

 

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