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後半

第76話

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 分かっていた事ですが、最初のピンチがやって来ました。夜が明け、空が明るくなると前方から三頭の馬とそれに乗った兵士が三人が接近して来ました。おそらく、さっき倒した検問所の兵士達への連絡係です。町からやって来たのでしょう。

「おい、どうしたんだ? 何故、町に戻って来る。見張りはどうしたんだ?」

 馬に乗ったまま兵士が早口で聞いています。町勤務の恵まれた兵士です。多少、ボコボコにしても許されます。

「そんなの決まってんだろうが。馬から降りて、馬車の中にいる豚を見に行ってみろよ」
「ブヒブヒ!」

 自信満々に馬に乗った偽兵士の盗賊が報告します。幌付き馬車の御者席から豚さんが助けてと手を振っています。

「おい、豚じゃないか⁉︎ 本当に捕まえたのか?」
「当たり前だろう。ついでに盗賊も生け捕りにしてきた。爺さんの方は捕まえたんだろうな?」
「いや、あっち側からはまだ報告が来てないから分からない。昨日、盗賊のアジトを襲撃したから、今日辺りに報告が来るだろう。まあ、もうどうでもいいだろう。豚を捕まえたんだ。金が届くまでは通常任務に戻るとしよう」

 兵士三人は手を振る豚を見ると驚きました。探している豚が本当にいるかは捕まえるまで分かりません。馬から降りると、馬車の中に二本足で立っている豚を見に来ました。聞いていた通り、服を着て二本足で立つスマートな豚です。

「ブヒブヒ! やっちゃてください!」
「喋った⁉︎ がふっ!」

 作戦通りに豚の親分が兵士達の注意を自分に引き付けます。そして、盗賊達が兵士達を背後から棍棒で襲撃します。意外と簡単な手に引っ掛かってくれるので助かります。

「親分、この兵士はどうしますか? 馬車は定員オーバーですぜ」
「うぐっっ…頼む助けてくれ…」

 袋叩きにした兵士三人に短剣を突きつけて、盗賊達が聞いてきます。殺していいのか確認しているようですが、この豚の盗賊団は正義の盗賊団です。殺す、犯すは御法度です。

「それなら偽兵士三人追加です。その兵士さんから服を脱がせて、馬車の中の人と交代してください。町が近いので兵士の装備で戦力強化です」
「ウッス。よし、さっさと服を脱がせて、ロープで縛るぞ! 縛ったら馬車に放り込むからな」
「ああ、それと…兵士さんの口を布で塞ぐ前に、町の兵士の人数と配置を聞いてください。両手足をへし折るのか決めるのは、聞いた後にしてくださいね。素直に話してくれるならば、へし折るのは免除です」
「ウッス」

 当然、嘘です。キチンと聞き出した後に豚さんの命令でへし折られました。負傷した兵士は人質に使うも、兵士達に返して足手纏いに使うのもいいです。
 ボコボコにした兵士三人の情報通りならば、町に待機している兵士の人数は20人程度です。この程度の人数ならば、町の外に誘き出した後に全員でボコボコにすれば簡単に制圧できます。問題はその後です。

「では、伝令役の人は頭に包帯を巻いてください。大人数で行くとかえって誤魔化しにくので、一人で行ってもらいます。とりあえず、盗賊にやられたけど、豚は確保できたと伝えて来てください。無理して全員を連れて来る必要はありませんからね」

 アリエルの指示通りに盗賊達は動き続けます。頭を殴った兵士の身体を短剣で少し切って、包帯に血を染み込ませます。こういう事は手を抜いたら駄目です。伝令役の偽兵士に血のついた包帯を巻けば、負傷兵の完成です。
 最後にアリエルと盗賊達によって、ある程度、伝令役としてのテストを受けてもらいます。テストに合格したら、町に向かって出発してもらいます。

「いいですか。盗賊の残党が残っている可能性があるので、さっきの三人には残ってもらいました。代わりに負傷した、あなたが行くんです。襲って来た盗賊達は全員で50人です。しかも、尋問した盗賊の話しでは、盗賊は残り100人もいます。検問所を放棄して、豚を連れて逃げている事にしてください」
「盗賊100人ですね。了解っす。出来るだけ、大人数連れて来ます」
「言葉は少なめでいいです。たくさん喋ってるとかえって、嘘がバレやすくなります。豚を連れている。盗賊に追われている。この2つを伝えたら、色々聞かれる前に、心配だとか言って、こっちに戻って来てください。あなたが捕まると、こっちの作戦がバレてしまいますからね」
「分かりました。じゃあ、行って来ます」

 偽兵士が町に向かって出発しました。盗賊団はそのまま進み続けます。予想では30~40分後には町からやって来た兵士達と遭遇するはずです。

「なぁ、町の近くまでは行けるんだから、町の外に誘き出さない方がいいじゃないのか? いざという時に町の中に逃げ込めるんだから…」
「馬鹿だなぁ。豚の親分の考えが分かんねぇのか? 俺達、盗賊だぜ。兵士達が押されていたら、町の住民が戦いに加わるかもしれないだろ。それに町の門が封鎖されたら中に入る事も出来ねぇ。親分はそこまで考えているんだよ」
「なるほど。流石は親分だぜ!」

 町までの距離が近づいていきます。馬上の偽兵士達も緊張しています。慣れない長剣を右手で持って、馬上で振り回せるか確認しています。不安がる盗賊も何人かいるようですが、盗賊達のほとんどが豚の親分の作戦を信頼しています。勝利を確信して進んでいます。

「おい、伝令の奴が戻って来たぞ! 後ろに……14人ぐらいはいる。半分以上は連れて来たみたいだ!」
「さっきの連絡係3人が見えないと怪しまれます。聞かれる前に馬から引き摺り下ろしてください」

 先頭を進む偽兵士が声を上げて、後方に知らせます。出来れば少ない人数の方が安全に倒せそうですが、ここを乗り越えれば町に残っているのは、両手で数えられる程度の兵士です。最後の関門と思って突破するしかありません。
 アリエルの指示通りにやって来た兵士達を馬から引き摺り下ろすと、いつものように棍棒で袋叩きです。兵士達の武器と防具を奪えば、偽兵士37人、捕虜の盗賊役6人のおかしな盗賊団になりました。
 あとは町に残った兵士を襲えば、完全な偽兵士による盗賊団が完成します。でも、目指している方向はそっちではありません。

「では、残りは町の兵士さんの制圧です。制圧後は捕虜の兵士さん達と一緒に、兵士さんの詰め所に全員押し込んでください。その後は皆さん自由です」
「おおう! やったぜ! 完全勝利だ!」
「こんなにスカッとする日は久し振りだぜ」

 完全勝利に豚の盗賊団は喜んでいます。けれども、組織が大きくなると維持するのは難しくなります。このまま解散するのを惜しむ盗賊達もいるようです。アリエルに隠れて悪巧みの協力者を集めています。

「おい、本当にこれで終わりでいいのか?」
「何だよ? しばらくは、ほとぼりが冷めるまで何処かの町に潜伏するんじゃないのか?」
「町には兵士はいないんだ。それに大半の兵士があっちこっちに散らばっているんだ。チャンス到来だ。親分の持っている金だけで満足できるのか? 今なら町を兵士として襲い放題だ。親分に分からないように参加する奴を集めるんだ。いいな?」
「ぐぅへへへへ。なるほどな。確かに金だけじゃ物足りないな。ちょうど幌付き馬車もあるんだ。食糧も女もたくさん積めそうだ」

 町に向かって、豚の盗賊団は順調に進みます。盗賊団の勝利は約束されたようなものです。けれども、アリエルの勝利はやって来ませんでした。町に待機していた兵士7人の制圧が終わると、兵士達と一緒に、兵士の詰め所に閉じ込められました。

 
 
 

 

 
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