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第十五話☆ 生活安全課の捜査

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「うわぁ~、私、こういうのダメなんですよね」

 住吉署生活安全課の女性警察官、田所美樹たどころみき、28歳は、絞殺された白黒猫を見た瞬間、思わず後退りして拒絶反応を示した。

「たかが猫の死体に怖がってる場合か……通勤中に車道で轢かれているのを見た事ぐらいはあるだろう?」
「それぐらいはありますけど……事故と事件は違いますよ。通勤中の電柱に猫の首吊り死体があったら、陣野じんのさんも怖いでしょう?」
「……うっ、確かにそれは怖いな。とくに2~3匹ぶら下がっていたら……てっ! 今はどんな猫の死体が怖いかの話じゃないだろう。とりあえず鑑識を呼ぶぞ。ゲソ痕靴跡ぐらいは残っているだろうからな」

 この程度の事件で鑑識を呼ぶ必要はないと思いながらも、陣野は一応連絡します。
 犯人は酔っ払った釣り人か、ストレスが溜まっている近所の学生……おそらくはそんなところです。

「首絞めなんて直接的な殺しをやっている奴なら、相当にブチ切れやすい犯人だ。田所、いつも怒鳴っている酔っ払いの釣り人がいないか聞いて回るぞ」

 陣野は草むらにしゃがみ込んで、絞殺された三毛猫のロープが、何回巻かれているかしっかりと確認しています。
 ロープは二回巻かれていました。強い力で確実に殺すなら、一回巻いただけでは不十分です。陣野は犯人に強い殺意があった証拠だと判断しました。

「そんな単純な……釣り人の中で、缶ビールかカップ酒を持っている人を犯人にするんですか?」
「ああ、そうだ。事情聴取中にブチ切れたら、ほぼ確定だな。動物愛護法違反で署の牢屋に連れて行けるぞ」
「そんなのやり方だと冤罪を作るだけですよ」
「大丈夫だ、大丈夫。犯人じゃないなら、履いている靴の裏までキチンと提供してくれる。協力を拒むようなら、普段からやましい事をやっている証拠だ。別件で何かやっている可能性がある。怪しい人間を調べられるチャンスがある時は調べるんだよ」

 陣野は田所を無理やりに釣り人への聞き込みに連れて行きます。スピード違反した車両の中から覚醒剤が見つかる事もあるのです。この釣り人達の中に、最近起こった車上荒らしやコインランドリーの下着泥棒の犯人がいる可能性もある……かもしれないのです。

「陣野さん、この辺、ゴミとか釣り糸とか結構ありますよ。こっちを注意した方がいいじゃないですか?」

 釣り人数人に二人は聞き込みを続けますが、有力な手掛かりは聞けません。それに釣り人は缶ビールよりは缶コーヒー派が多いようです。
 それによく考えれば、海岸の近くの空き地には車が多数止まっています。車で来て、酒を飲んでいたら確実に飲酒運転です。酒を飲んでいる釣り人がいるはずないです。

「ああ、そうだろうな。だが、今釣りをしている連中が捨てたという証拠はないからな。注意も出来ないだろう。気になるならお前が拾っておけよ」
「そんなの嫌ですよ。もうぉ~、釣り人は犯人じゃないんですよ。時間の無駄ですから別角度で捜査した方がいいんじゃないんですか?」

 田所は釣り人への聞き込みなんて時間の無駄だとしか思っていません。釣り人が見ているのは海です。犯行現場の草むらは海岸に設置されている防壁で見えません。犯人の姿を釣り人が見る事は不可能です。

「別角度ねぇ~、そういうのは釣り人の聞き込みが終わった後にするもんじゃないのか? 別角度っていうのは今やっているのが駄目だった時に考えるもんだ。途中でやめるのは投げ出しているのと一緒だろ」
「そうかもしれないですけど、陣野さんが見てるのは別角度じゃなくて、別方向じゃないですか。本当は何が釣れているか見たいだけなんじゃないですか?」

 田所の目から陣野を見ると、どう見ても鑑識作業が終わるまで、その辺をブラブラ聞き込みして時間を潰そうとしているようにしか見えません。聞き込みというサボりです。

「おいおい、サボっているとか上に報告するつもりじゃないだろうな? 幅広い住民の皆さんと交流を持つことも重要なんだぞ。お前は釣り人の情報は無駄だと差別するつもりなのか?」
「差別なんてしてませんよ。もういいです。陣野さんが釣り人への聞き込みが重要だと思うなら続けてください。私は鑑識作業を見てきます」

 これ以上は付き合っていられないと田所美樹は鑑識作業を見に行きました。

「おい……ちっ、オヤジ連中は若い女がいる方がベラベラ喋るんだよ」

 結局、陣野は一人で釣り人に聞き込みを続けましたが、有力な手掛かりは聞けませんでした。

 

 



 
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