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第16話 鉄鉱石以外はただの綺麗な石

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 マリクが休んでいる間に割れた大岩の断面をチェックした。灰色以外の部分は岩とは違う可能性があるので、磁石を使って金属なのか調べないといけない。

 もちろん、磁石が反応しない金属もある。金、銀、銅は磁石には反応しない。磁石が反応するのは『鉄』だけだ。依頼内容は鉄鉱石30キロ以上なので、鉄鉱石以外は含まれない。つまりは鉄鉱石以外は全てゴミになる。この金色の石や、この緑色や黄色の透明な石もゴミなので、ポケットの中に仕舞わないといけない。これで鉄だけを素早く集めやすくなったな。

「ほら、マリク。休憩終了だ。さっさと働け!」

 目に見える鉄以外のゴミを素早くポケットに仕舞うと、地面に寝転がって眠っていた相棒を優しく蹴り起こした。

「んっ? あっ~~あ、これ最高に気持ちいいぜ。地面がポカポカしていて直ぐに眠れるんだ。お前もやってみろよ」

「やる訳ないだろう。岩盤浴に来た訳じゃないんだから……さあ、さっさと起きろ。モンスターもいるんだぞ」

「大丈夫だって。あそこにいる二人が教えてくれるから」

「あっ?」

 マリクの左手が指す方向を見ると、僕達がここに来た時からいる冒険者二人組がまだ採掘を続けていた。確かにモンスターが現れて、僕達のような馬鹿冒険者二人組が地面に眠っていたら、確実に教えてくれるとは思う。でも、教えてくれるだけで、助けに来ないかもしれない。他所は他所、ウチはウチだ。見ず知らずの他のパーティーを頼るのは危険過ぎる。

「はいはい、分かりましたよぉー。よっこいしょと……」

 フラフラした足取りで起き上がると、マリクはクサビと採掘用大型ハンマーを手に取った。さっきの大岩の半分をまた半分に割れば、持ち上げて叩き壊す事も出来る重さになる。けれども、まだ、ちょっとだけゴミが混ざっている可能性もある。叩きつける前に要チェックしないといけない。ガラス石を割ったら大変だ。

「おおっ⁉︎ アベル! この金色っぽいの金鉱石じゃないのか?」

 チッ……マリクが四分の一に割れた岩の断面を見て興奮している。

「どれどれ、あっー……これはゴミだな。ほら、磁石が反応しないだろう? 金属じゃなくて、ただの光る石ころだ」

 コイツには磁石が反応する石だけを集めるように、と前から教えている。ゴミと言っておけば、問題なく僕のポケットの中に回収できる。

「えっ……? アベル、お前知らないのか? 金は磁石には反応しないだぜ」

 信じられないという顔でマリクが聞いてきた。明らかに知っている人間の反応だ。ここで下手に誤魔化そうとすると、芋づる式に僕の嘘が次々と判明してしまう可能性がある。知らなかった事にするしかない。

「へぇー、そうだったんだ。知らなかったよ」

「アッハハハ♪ 鉱石の採掘をするなら、ちょっとは勉強した方がいいぜ!」

「あっはは……今度から気をつけるよ」

 誰が教えたか知らないけど、余計な知恵をつけさせやがって! ……道具屋のオッチャンか⁉︎ ……まあいい。今からは堂々と金鉱石を探せばいいだけの話だ。いつものように隙を見つけてポケットに仕舞うのもいい加減疲れていたし、ちょうどいい頃合いだったと思うしかないな。

 ♢♦︎♢♦︎♢

(これで四個目か……)

 大岩の時の苦戦が嘘のように小さくなっていく岩の中から、極少量の金鉱石と大量の鉄鉱石を集めながら、たまに見つかるガラス石だけを気づかれないようにポケットに仕舞い続けた。このままいけば、8~10キロぐらいの鉄鉱石が集まりそうだけど、まだ全然足りない。レッドウルフの毛皮も必要なのに、鉄鉱石集めに時間をかけ過ぎている。もうそろそろ昼になる。

「マリク、ここは俺がやっておくから、レッドウルフを倒しに行けよ。このままだと帰るのは夜になってしまうぞ」

「えっー! 金がここにあるのに狼の方に行きたくないよ! お前が代わりに行けよ。鉱石の事詳しくないんだからさぁ」

 安心しろ。お前よりは確実に詳しい。このガラスの石も壊さないようにポケットに回収しているだろう? 教えるつもりはないけど、こんな小さな金鉱石を集めても大した価値にはならないんだぞ。

 この小さなガラス石をアリサに渡して、ちょっと綺麗に磨いてシルバーリングの中央に嵌めたら、銀貨5~10枚で売れてしまうんだからな。まあ、それも教えるつもりはないけど、頭脳労働は僕に任せて、お前は何も考えずに肉体労働に励めばいいんだ。それがお前の幸せなんだ。

「いいから行け。金鉱石が出たら全部お前に渡すから、それでいいだろう? 二人でここに残っていても意味ないんだぞ。 荷車を貸すからレッドウルフを5匹倒したら戻って来い」

「でも、一人でモンスターと戦うなんて危険だろう? まずは二人でレッドウルフを倒して来てから、ここで一人が解体しながら、もう一人が採掘すればいいじゃん。そっちの方が安全だって!」

 そんな堅実的な判断をお前には求めていないんだよ。相変わらず空気が読めない奴だな。お前がレッドウルフを狩っている間に、この岩片の山から宝石の原石を回収したい僕の気持ちが分からないのか?

 お前がいたら、「あれ? なんでそんなの集めてんだ? ゴミなんだろう?」って聞かれてしまうだろう。そんな事を聞かれても僕が正直に答えられる訳ないじゃないか。頼むから察してくれよ。

「ほらほら、さっさと行こうぜ! こうやってクズクズやってるのが時間の無駄なんだぜ!」

 マリクは自分のバックパックと鉄鉱石を入れた布袋を荷車に乗せると、二人でレッドウルフを倒しに行こうと急かしてくる。僕にゆっくり考えさせる時間を与えたくないようだ。困った奴め。

「ああっ、分かったから……ちょっと待ってろよ……」

 道具を片付けるフリをしながら僅かな時間を稼ぎ、頭の中でより僕が稼げる方法を考えないといけない。

 レッドウルフの毛皮は5匹分で、たったの銀貨7枚。この岩片の中から小指の爪ぐらいの大きさの原石が二個見つかれば、銀貨10~20枚になる。もう五個見つけたから、まだ二個ぐらいは残っている可能性がある……そうだ! 片方の依頼を捨てればいい。

「よし、今日はレッドウルフは倒さずに鉄鉱石集めに集中するぞ! お前は明日は大事な婚活パーティーがあるんだ。戦闘なんて危ないからやめておけ!」

「えっー⁉︎ ここに来た時と言っている事が全然違うじゃないかよ! この革鎧に傷を付けた方が良いんだろう? それこそ鉄鉱石集めなんて今日やらなくてもいいだろう? 大至急、この革鎧に男の勲章焼き付けさせてくれよぉー!」

 やはり駄目か。どうやってもレッドウルフを倒さないと話が進まない。この場所に今いるのは僕達二人とあの二人組だけ……この岩片の山から宝石の原石や鉄鉱石が消えていたら、あの二人組が犯人という事になる。その場合は見つけて問い質せばいい。

 けれども、問い質しても知らぬ存ぜぬを押し通されたら打つ手はない。一つ一つの石に名前なんて書く時間もスペースも無いんだ。そもそも見つけたら名前なんて書かずに回収している。

「分かった。回収した鉄鉱石を荷車に積んで、レッドウルフを倒しに行くぞ」

「まったく予定通りやろうぞ、相棒。金が出たからって欲出し過ぎなんだよ。ほら、急ごうぜ!」

「ああ、分かってるよ」

 どんなに考えても、倒しに行くしかなかった。荷物の上に僕のバックパックと布袋に入れた鉄鉱石を積むと、二人でレッドウルフを探しに出発した。

 二人組の男冒険者の顔は覚えたので、僕達の岩片の山が崩されていたら犯人はアイツらだ。冒険者ギルドで見かけたら、ちょっとした嫌がらせに、受付に並んでいる時に列に割り込むとか、手を伸ばして取ろうとしてた依頼票を先に奪い取るとかしてやる。

 ♢♦︎♢♦︎♢

(さっさと見つけて戻る。さっさと見つけて戻る……)

 レッドウルフは肉食系のモンスターなので、草食系モンスターのワイルドボアの近くを探せば見つかる可能性が高い。とりあえず、草の生えている山の下側を探せばそのうちに見つかるはずだ。出来だけ早く見つけて宝石探しに戻ろう。もう鉄鉱石なんてどうでもいい。

「なぁ? この金鉱石の粒、いくらで売れるんだろうな? 商人ギルドの人、買ってくれるかな?」

「さあな。帰りに聞いてみれば分かるんじゃないのか」

「そっか……そうだよな。金貨3枚ぐらいにはなりそうじゃないか?」

「……」

 マリクが空のペットボトルに入れた、4グラム程の金鉱石の欠片を眺めながら聞いてきた。残念ながら僕は金鉱石を見たのが初めてという事になっているので、銅貨28枚程度にしかならないぞ、と教える事は出来ない。

 溶岩洞窟を抜けると山道に出た。少し重くなった荷車を一人で引きながら、人が三人横に並んで通れる薄茶色の山道を降りて行く。転移ゲートが設置されている場所は火山の中腹辺りにあり、中腹から上には草木が生えている場所はほとんど無い。探しているワイルドボアを見つけるには山を一度降りるしかない。

(そろそろ、気を付けないとな……)

 山道の端に剣草と呼ばれる細長い緑の硬い葉っぱが見えてきた。この山道は分かれ道が少なく、ほぼ一本道なので、モンスターに遭遇しやすい。荷車を引きながら、緩い下り坂を降りている冒険者なんて格好の獲物だ。腰から剣を抜く前に倒されてしまう。

「マリク、頼むぞ」
「安心しろ。ここから先は一歩も通さん!」

 マリクは自信満々に荷車の右隣から前方に移動すると、左腰から両刃直剣のロングソードを引き抜いた。分かっているとは思うけど、前方だけじゃなく、後方からもモンスターは襲って来るから注意するんだぞ。

 一応、心の中で相棒に注意しつつ、山を降り続ける事、一時間。眼下に草木が生茂る森が見えて来た。ここまで来ると火山地帯と言うよりも、森林地帯に思えてくる。けれども、依頼票に書いてある通り、クエストの場所は火山地帯なのだ。

「おい、アベル。ここ、見てみろよ。草が少し焦げているぜ」

 荷車を山道の入り口に置くと、レッドウルフの手掛かりを見つける為に、二人で森の中を捜索した。しばらくすると、マリクが地面に生えている草が焦げている場所を見つけた。レッドウルフは火炎狼と呼ばれているものの、常に燃えるような高温状態ではない。興奮した時や攻撃時に体毛が発熱する特徴があるだけで、普段はそこまで高温ではない。

「焦げ跡が残っているなら、まだそんなには時間が経っていないな」

 この森の草の繁殖力ならば、焦げた草が残っていられるのは五日ぐらいになる。ここまでハッキリ焦げ跡だと分かるのならば、二日前にこの辺でレッドウルフが発熱するような何かをした事になる。

「ああ、あっちの方に何かを引き摺って行くような跡が残っていたぜ。行くか?」
「当たり前だろう」

 マリクが指差す地面の草が森の北西方向に向かって倒れている。何かではなく、獲物を引き摺って行った跡だろう。あっちの方向には火山があるので、山の岩肌に空いた洞窟でもあるのだろう。その寝ぐらで今頃は食事中か、食事後の睡眠中かもしれない。時間的に今日はレッドウルフを倒して、解体して、夜7時ぐらいに帰れれば上出来だな。

 ♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 
 
 

 


 
 

 
 



 



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