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第19話 選んだ、真の目的とは

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「これ、なんかどうですか?」

『ストーンアナコンダ、一匹の狩猟。砂漠地帯。銀貨7枚』

 少し離れた場所にいたレベッカを呼ぶと、冒険者ギルドのクエストボードに貼られた一枚の依頼票を指差して聞いた。時刻は午前9時。冒険者ギルドが開いて直ぐにやって来たので、クエストの種類は豊富だ。それでも、周囲には二十人程の冒険者が集まって来ている。出来れば誰かに取られる前に、これに決めて欲しい。

「駄目ね。前にも言ったけど、報酬は金貨1枚以上じゃないと駄目よ。これとこれにするわよ」

『キメラ、一頭の狩猟。古代遺跡。金貨1枚』
『ストーンゴーレム、一体の破壊。古代遺跡。金貨1枚』

 まさかの即断即決。はぁ~、僕の依頼は考える必要もなかったようだ。簡単に却下されてしまった。大型モンスターなら何でもいい訳じゃないようだ。それにしても、同じ場所でキメラとストーンゴーレムとか、大型モンスターの日帰り狩猟旅行かよ。

 ストーンアナコンダは全長10メートルを超える岩石の皮を纏った巨大ヘビで、ワニトカゲのプロトスクスと大きさはほとんど変わらない。胴体は直径60センチを超えるものの、首の辺りは細い。首さえ切り落とせば死ぬので、比較的に倒しやすい大型モンスターだ。大型モンスターを倒すならば、これしかないはずだ。

「どちらか片方だけじゃ駄目ですか? いくらなんでも、大型モンスター、二体を二人で倒すのは難しいですよ。俺はモニカさんとは違うんですから……」

 常識的に考えれば分かるはずだ。以前の大型モンスターのプロトスクスは四人掛かりで倒した。しかも、致命傷を与えたのは、モニカさんだ。それを二人で倒せるはずがない。

「私はそうは思わないわよ。キメラぐらいなら、一人だけでも倒せるんじゃないの? 本気を出せば出来るでしょう?」

「誰でも本気を出して倒せるなら、苦労はしませんよ。無理なものは無理です。自分の実力はハッキリと分かっていますから」

 褒めても、おだてても無理なものは無理だ。『豚もおだてりゃ木に登る』、とは言うけど、登った豚を実際に見た事はない。

 僕にストーンゴーレムの岩の身体を一撃で破壊するような攻撃力はない。昨日の採掘用大型ハンマーで叩いて壊すにしても、クサビを使っても30分以上はかかる。そんな時間をゴーレムが与えてくれるはずがない。プチっと踏み潰されてしまう。

 キメラはライオンの頭と胴体、コウモリの翼、ヘビの頭の尻尾が合体した複合モンスターで、体長6メートル、体高3メートルもある大型モンスターだ。身長3メートルの翼の生えた巨大猫ちゃんと僕は戦うつもりはない。素早い動きと鋭い爪、毒蛇の尻尾と、とにかく死にたい奴が戦えばいい。

 まったく、お互いの習得している三つの技は既に教え合っている。なので、レベッカが僕の実力を分からないはずがない。強敵との戦いで隠された才能が覚醒すると思っているなら、漫画の読み過ぎだ。

 レベッカの習得している技は、『体技・身体能力強化』『剣技・スラッシュクロー斬り裂く大爪』『心技・ギガントキラー大型殺し』の三つだ。大型モンスターに大ダメージを与える技を持っているとしても、絶対に勝てるという訳ではない。他の冒険者よりも少し技が優れているというだけで、自分の力を過信し過ぎるべきではない。

「分かったわ。じゃあ、受付に持って行くわよ。付いて来なさい」

 おい! 全然分かっていないじゃないか。僕の意見はまったく聞く価値がないようだ。依頼票二枚を乱暴に引き剥がすと、クエストボードに群がっている冒険者達を押し退けて、スタスタと受付に向かって歩いて行く。やれやれ自己中心的過ぎる。

 分かっていた事だけど、美味い話なんて世の中にない。一緒にクエストを受けるだけで、クエスト成功報酬の75パーセントを貰えるはずはない。つまり、レベッカが選んだクエストに、僕が参加しなければ、クエスト報酬は0パーセントなのだ。何とも狡賢い女だ。この僕を口約束で騙して、危険なクエストに強制参加させているんだから。

 色々と文句も不満もあるものの、それでも、受付の順番待ちの列に並ぶレベッカの隣に移動した。危険だと分かっているクエストを、女性一人でやらせるつもりはない。僕達の受付の順番までは、まだまだ5~6分の時間はありそうだ。その間に説得して多少は折れてくれればいいんだけどな。

「登録するまでの暇潰しに、良い事を教えてあげるわ。あんたはクエスト成功率が以上に高いから、ランクアップ試験で珍しい技を習得しているみたいだけど。本当は厄介なクエストをクリアする程に強力な技を貰えるのよ。私はそう考えてるわ」

「憶測ですよね? そういう変な噂話は流さない方がいいですよ。新人冒険者が信じたらどうするんですか? 死んじゃいますよ」

 僕が話す前にレベッカが馬鹿馬鹿しい憶測を話し始めた。難しいクエストが出来るのは、最初から強い人達だけだ。難しいクエストをクリアしていけば強くなれる訳ではない。難しいクエストをやり続けて生き残った人が単純に強かっただけなのだ。

 レベッカの考えは、結果だけを見れば正解かもしれないけど、過程を見れば、僕には多くの冒険者の死体の山しか見えない。危険な考え方だ。

「ふっふふ。全然信じてない顔ね。でも、本当の話よ。中級冒険者になったモニカがその証拠よ。これから先もお金を稼ぐつもりがあるのなら、モニカのように私を信じて、実践しておいた方がいいわよ。まあ、本気でやっても出来ないなら仕方ないけどね」

 僕の性格を理解したつもりで挑発しているんだろうけど、全然分かっていない。強くなる事も、お金を沢山稼ぐ事も二の次だ。金よりも、自分の命よりも大切なものはある。名声や金よりも大事なものは沢山ある。

「挑発しても無駄ですよ。大型モンスターを倒すなら一日一体です。クエスト登録するのはいいですけど、今日倒すのはキメラだけにしてくださいね。俺の身体が持たないので、よろしくお願いしますよ」

 僕の考えはハッキリと伝えた。けれども、レベッカの表情を見れば気に入らなかったのは一目瞭然だった。

「ねぇ? あんまり、がっかりさせないでよ。私はあんたの事をこれでも結構買っているのよ。それだけの実力があるなら、もっと上を目指すべきよ。なんで、二人だけの少人数パーティーでクエストをやる必要があるの? 最大の八人体制でもいいんじゃないの?」

「そっちが勝手に期待して、勝手に失望しているだけでしょう? 大人数でクエストをしないのは、俺の背中が背負えるのが一人だけだからですよ。それが怪我人か死体かは関係なく、一人だけなんです」

 それに大人数で戦っても意味がない場合もある。実力が低い冒険者を連れて行っても、足手纏いになるだけだ。八人で一緒に戦うのと、七人を守りながら一人で戦うのとでは、状況も意味もまったく異なる。

「まったく、謙虚というか、慎重というか……他人の事は信じなくてもいいけど、自分の事ぐらいは信じた方がいいわよ。少なくとも私はあんたの事を戦力として数えているから安心してね」

「俺なんかが戦力になる訳ないでしょう? 俺がやった事と言えば、ワニトカゲの足をちょっと切ったのと、巨大カブト虫に懐中電灯を当てていた事ぐらいです。誰が見ても雑魚中の雑魚冒険者、役立たずの照明係ですよ」

「あら、照明係も立派な戦力よ。お陰で石を当てやすかったわよ」

 駄目だ。親馬鹿と一緒だ。駄目息子を褒めて、褒めて、褒めまくっても立派な息子にはならないぞ。褒めて伸びるのは良い息子だけだと知らないらしい。

「いいですか。何度も言ってますけど、俺の実力は大した事ありませんから。大型モンスターを倒したのも、この前が初めてだって言いましたよね? その程度の実力なんですよ」

「ふぅーん……普通の冒険者は大型モンスターと初めて戦ったら、アタフタするだけで何も出来ずに終わるわよ。十人中五人が武器を持って見ているだけで、二人が逃げ出していたわよ。でも、あんたとあんたの相棒は躊躇なく攻撃していたわよね? それにあんたの場合は反対側に回り込んで、更に攻撃しようとしてたみたいだったけど、へぇー、それがあんたの普通なんだぁー」

 くだらない手を使う。本当っぽい経験談に聞こえるけど、あくまでもレベッカが言っているだけだ。経験談なのか、作り話なのか僕には判断できない。そして、作り話ならば、十人中の残りの三人は多分、オシッコを漏らしたか、死んだかのどっちかだな。

「次の方どうぞぉー。おはようございます。お二人ですか?」

 残念ながら、三人がどうなったのか答えを聞く時間はないようだ。受付にいる眼鏡をかけた、三つ編み黒髪の女性職員から呼ばれてしまった。確か、名前は『クロエ』で、日曜日によく見かける臨時職員だ。若いのに休日に働くなんて大変そうだな。

「ええ。この二つの登録をお願いするわ」

「はい、かしこまりました。それにしても珍しいわね? レベッカが女性冒険者以外と二人っきりでクエストを受けるなんて。どういう心境の変化なの?」

 三つ編み眼鏡が親しそうにレベッカに話しかけて来た。同じ女性同士という事で、普段から少しぐらいは話をしているのだろう。スーパーの常連客と店員みたいな関係なんだろうな。僕は、どっちも一度も話しかけられた事ないけど……。

「別に何でもないわよ。コイツとは二ヶ月程度の短期間の付き合いだから。それよりもモニカが中級になったわよ。分かっていると思うけど、変な奴とクエストを受けようとしたら、許可したら駄目よ! キチンと妨害してよね」

「無茶言わないでよ、レベッカ。そんなの職権濫用でしょう。私、まだこの仕事を辞めたくないから、やるなら自分でやりなさいよ。はい、登録完了よ。さっさとその若い彼氏を連れて行って、人気のない遺跡の中で、私の分まで、たっぷり楽しんで来なさいよ」

「ちょ、ちょっと⁉︎ 私が普段からそんな事やっているように聞こえるでしょう!」

 二人は顔見知り程度の付き合いではないようだ。会話の内容が知人というよりも、友人レベルだ。レベッカが顔を赤くしながら、かなり動揺している。婚活パーティーでもそうだったけど、不意打ち攻撃にかなり弱い一面がある。

 だから、弱いモンスターとの一対多数のクエストよりも、大型モンスターとの一対一のクエストを好んでやるのかもしれないな。一応、多数との戦いが苦手かもしれないと覚えておこう。

「あら? 若い時は取っ替え引っ替え男を連れ回していた女の台詞には聞こえないわね。あなたも気をつけるのよ。やるならクエストが終わった後の方がいいわよ。体力が落ちた状態じゃ危険でしょう?」

「確かにそうですね」

「ああっ~、もういいわよ! ほら、あんたも行くわよ!」

 怒ったのか恥ずかしかったのか、クロエの手から登録完了の赤い判子が押された依頼票二枚を奪い取ると、レベッカはギルドの外に走って出て行った。知り合いに過去の暴露話をされたのが、かなり嫌だったようだ。暴力女になる前は、ただの変態女で、きっと、仲間の女性冒険者達に、「男を連れて来たら駄目!」と何度も叱られてやめたんだろうな。

 そして、今はその仲間が誰もいない状態……まさかとは思いたいけど、僕の実力とかは最初からどうでもよくて、最初から僕の身体が目的だったとしたら……いやいや、嫌な事は考えたくない。

 けれども、あとで僕が受け取っていたレベッカの報酬の半分をまとめて返せと言われたら困る。返せないとなると、当然のように身体で返すように要求される可能性があるのだ。念の為にレベッカの分の報酬25パーセントは使わずに残しておくとしよう。

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