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第20話 森の綱引き合戦

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「あっーあ、最悪! 分かっていると思うけど、クロエが言っていた事は全部嘘だから。分かった!」

 街の大通りをレベッカは不機嫌そうに転移ゲートに向かって歩いている。必死に否定するほど、真実味が増してしまうのはどうしてだろうか。まあ、本当だろうと嘘だろうと関係ない。やる事は決まっている。

「どっちでもいいですよ。さっさとキメラを倒しに行きましょう。ちなみにストーンゴーレムは今日は倒しませんからね」

「分かっているわよ!」

 不機嫌だからといって、僕に八つ当たりしないで欲しいよ。こっちはレベッカの過去の恋愛話に興味はないし、誰と付き合おうが知ったこっちゃない。こっちは仕事で来ているのだ。遊びでも、デートでもない。仕事で来ている。

 でも、同僚の事を何も知らないというのもマズイ。クエストで上手く連携を取る為には、多少は親しい関係を築かないといけない。人間関係を悪化させている冒険者パーティーは、本来の能力以下の仕事しか出来なくなるからだ。

「そういえば、さっきの女性職員さんと仲が良かったみたいですけど、昔の冒険者仲間ですか?」

 あまり興味はないけど、話せば落ち着く事もある。とりあえず、クロエについて聞けば問題ないだろう。会話の内容からも、何度かレベッカとモニカと一緒にクエストをやった感じがするし、見た目の年齢も24ぐらいなので、レベッカ達との年齢も近い。多少の接点や付き合いがあったのは嫌でも分かる。

「ええ、そうよ。クロエ・クラレンス。レベル20よ。今は見ての通り、冒険者を辞めて、ギルドの受付をやっているわ。私とモニカとクロエと他数名でパーティーを組んで、一年間ほど一緒に冒険者をやっていたわ」

 なるほど、他数名の男と一緒にですね。とは聞かないのが大人のマナーだ。機嫌を直す為に話を聞いているのに、悪化させる馬鹿はいない。

「でも、どうしてクロエさんだけ辞めたんですか?」

 パッとクロエを見たところ、上半身に怪我している場所は見当たらなかった。受付カウンターの下は見えなかったけど、普通に歩いている姿を見た事が何度かあるので、下半身も違うだろう。

 あとは眼鏡をかけているぐらいだけど……失明している訳じゃないと思う。確かに視力が悪いとハンデにはなると思うけど、視力を補強するアイテムを使えば問題なく続けられる。辞めるような大きな原因ではない。

 だとしたら、あとは心理的な原因しか残っていない。聞かない方がよかったかもしれないな。

「それは簡単な理由よ。あの子、結婚しているのよ。出来ちゃった婚よ。20歳で出産して、今は4歳になる息子を共働きで育てているわ」

「へぇー」

 確かに心理的な原因だ。いや、肉体的な原因とも言える。まあ、どっちでもいいけど、おめでたい話じゃないか。冒険者を辞めた友達が頑張って子育てしているんだから。

「私もあの子が出来ちゃった婚した時は驚いたわ。だって、相手が私がパーティーに誘った男だったのよ。信じられる⁉︎ 私が誘った男と結婚したのよ!」

「酷い裏切り行為ですね。人のものを盗るなんて、信じられない変態泥棒眼鏡ですね」

 ああっ、恋人を盗られた女達の泥沼の嫉妬劇か。表面上は仲良くしている感じでも、心の中ではお互いを罵り合っている感じのあれか。こういうドロドロした話は女同士でやって欲しいけど、ここにいるのは僕だけだ。まあ、アリサの愚痴を聞き慣れているから、適当に相槌を打っておけばいいだろう。

「裏切りとか、そこまでじゃないわよ。結婚したジミーっていう冒険者も、まだレベル28よ。ハズレ冒険者で妥協しないといけないんだから、逆にあの子が可哀想だと思っちゃうぐらいよ。私なら土下座されてお願いされても、絶対に結婚しなかったでしょうね」

「的確な判断ですね。ゴミはゴミと一緒にするのが一番です」

「あっははは、やぁーねぇ♪ クロエはゴミじゃないわよ。ゴミなのはジミーよ。でも、今度からはゴミーって呼んじゃおうかしら?」

「いいと思いますよ」

 通りで今日は気合の入った服装をしている訳だ。白銀の金属鎧に赤の装飾、動きやすいように赤革のショートパンツ、腰には赤と白の蝶の羽をイメージした、前面が開いた膝下スカートを着用している。綺麗な服を着て、若い男を連れて、泥棒眼鏡を嫉妬させたい魂胆でもあったのだろう。

 話を聞くのは面倒だったけど、レベッカの機嫌は少しは良くなったようだ。裏で僕がなんて呼ばれているのか分からないけど、名前を弄られる心配はないだろう。とりあえず、二人でジミー改め、ゴミーの悪口を言っていれば、しばらくは問題ない。ゴミーには悪いけど、二股かける男がそもそも悪い。

 さて、そろそろ転移ゲートに到着するけど、今頃マリクはベッドから起きて、婚活パーティーの支度をしている頃だろうな。良い報告は期待してないけど、とりあえず愚痴ぐらいは聞いてやるか。

 ♢♦︎♢♦︎♢

 転移ゲートを抜けると、古代遺跡がある蒸し暑い密林に到着した。この密林を抜けた先に、巨大な石を積み木のように積み上げて作られた古代遺跡がある。そこを守護するようにストーンゴーレムやキメラが生息している。

 でも、僕達が探しているキメラは森の中にいるので、そこまで行く必要はない。森の中を彷徨く不細工な巨大猫ちゃんを見つけたら、さっさと倒して帰ればいいだけだ。

「知っていると思うけど、この辺は亜人系のモンスターが多いから気をつけるのよ。意外と頭が良い奴もいるから、油断していると罠とかに引っ掛かるわよ」

「亜人系じゃなくて、獣人系と竜人系ですよ。罠といっても、木の棒や剣や槍を持った二足歩行の猿や蜥蜴が、茂みに隠れて待ち伏せして襲って来るだけです。見落とさなければ問題ない程度ですよ」

 対人戦の練習相手に、古代遺跡に生息する『エイプソルジャー』や『ソルジャーリザードマン』と戦った事がある。練習相手になると少しは期待していたけれど、実際はガッカリするような実力だった。

「相変わらず細かい性格ね。亜人系は亜人系よ。手に武器を持って襲って来るのは全部亜人系でいいじゃない。あんまり細かいとモテないわよ」

 はいはい、分かっていますよ。でも、大雑把な性格で誰とでも遊ぶような女よりはマシだ。そして、今の僕はそんな女の為に先頭に立って、邪魔な草木を剣で薙ぎ払いながら進んで行く。目指すは古代遺跡がある北北東だ。キメラを倒して、日帰りクエストと行きたいけど、見つからなければ何日間も捜索する事になってしまう。

 それこそ、三つ編み泥棒眼鏡が期待していたような、クエスト以外で二人で楽しんで帰って来たような展開に見えてしまう。

「アベル。そろそろ、警戒するわよ。キメラが発見された場所から、まだ距離はあるけど、上空から獲物を見つける奴と地上から見つける奴がいるから注意しないと。まあ、今回のは地上から見つけるタイプみたいだけどね」

 キメラが本当に地上にいるなら倒せる可能性はあるけど、前回のクエストのように、行き当たりばったりの勢いで戦うのはゴメンだ。人間なら頭を使って、作戦を立てるのが当たり前だ。キメラが上空にいたら攻撃できないし、地上にいても上空に逃げられたら攻撃できない。相手の予想外の行動まで予想しないと駄目だ。

「一応、言っておきますけど、俺は空は飛べませんからね。上空に逃げられないように対策とかあるんですよね?」

「そうねぇ……翼の片方を叩き折れば飛べないと思うけど、ちょっと難しいわね。前は油をぶっ掛けた後に、モニカの『火の矢』で翼を焼いて倒したけど、今回は油もモニカもいないから無理ね」

 普通、思い付いても誰もやらない。そんな事をやるのは、今では絶滅危惧種の極悪非道な盗賊ぐらいしか残っていない。

「俺は油があってもやりませんよ。森が全焼したらどうするんですか? 弁償できるんですか? 金貨1枚じゃ足りませんからね」

「分かっているわよ。『次やったら金貨100枚弁償させる』って、ギルドの連中に言われているから、私も馬鹿な真似はしないわよ」

「だったら、キチンと作戦を立てないと駄目じゃないですか。キメラを見つけてから作戦を考える時間なんてないんですよ」

 一応は自分でも作戦は考えている。でも、まだ一ヶ月以上はレベッカに付き合わないといけない。注意するべきところはキチンと注意しないと、そのシワ寄せはパートナーである僕に降り掛かってしまう。金貨100枚の罰金なんて払っている余裕はない。
 
「そうねぇ……」

 僕の言葉が少しは効いたようだ。後ろを歩くレベッカが何やら作戦を考えている。考え事に集中出来るように、茂みに隠れているモンスターを見逃さないようにしないといけないな。

 数十分もの長い間、ほとんど会話はせずに、古代遺跡周辺の草木を薙ぎ払う作業に集中した。情報通りならば、キメラは古代遺跡ではなく、その周辺にいるはずだ。食べ残し、足跡、排泄物と手掛かりは何処かに落ちている。相手は体高3メートル、つまりは身長3メートルの巨大猫だ。地上にいるなら見逃すはずがない。

(別の場所に移動したか、空を飛んでいるじゃないのか?)

 目撃情報の場所を隈無く探しても何も見つからない。今日の捜索を諦めかけた頃、ついにやって来た。

「そうだ‼︎ 身体をロープで縛って、反対側を木に結べば飛べないじゃない!」

 レベッカがついに答えを閃いたようだ。確かに僕のバックパックの中には長さ10メートル、直径1センチのロープが一本入っている。それをキメラの首や足に結んで、反対側を木に結べば飛べない。

 ああ、そうさ。ロープさえ切れなければ飛べないさ。絶対にロープは切れるけど、そんな事はどうでもいい。今度来る時に直径10センチはある金属ワイヤーを持って来ればいいんだから! 

 ……と、もちろん、こんな風に僕は相手を褒めて伸ばすタイプの人間じゃない。相手の気持ちを考慮して、失敗する作戦を試すつもりは1ミリもない。容赦なく間違っていると思うところは言ってやる。

「やめた方がいいです。ロープを結ぶだけでも危険ですし、ロープ自体の強度が足りないので数秒も持たずに切れます。絶対にやめた方がいいです」

「ハァッ? やってないのに分かる訳ないでしょう。言い掛かりはやめてちょうだいよ!」

 否定されれば怒るのは当然だ。しかも、時間をかけて一生懸命に考えたものなら尚更である。でも、間違いを納得させる為に、実際にキメラにやる必要はない。二人で十分だ。

「じゃあ、そこの木にロープを結んで、レベッカと僕が本気で引っ張って切れなかったらいいですよ。絶対に切れますから」

「そこまで言うならいいわよ。でも、ロープが切れなかったら、ロープを結ぶのはあんたの仕事になるわよ。覚悟はいいんでしょうね? 素直に謝るなら二人でやってもいいのよ?」

 こういう上から目線で言われると意外とカチンと来るんだよね。僕も上から目線で言うから、あっちもカチンと来ているんだろうけど。でも、こっちの方が正しいのに謝る必要なんてない。

「謝るつもりはないよ。レベッカが手加減しなければ、ロープは絶対に切れるから」

「分かったわ。あとで後悔しても知らないから」

 明らかに結果は分かっているけど、レベッカはかなりの自信があるようだ。僕が持っている直径1センチのロープじゃなくて、金属製のロープでも持っているのかと不安に思ったけど、一緒のロープだった。どう見ても街で売っている銀貨2枚の普通のロープだ。

「反対側を木に結んだら、こっち側はこうやって輪っかを作るの。輪っかを身体を通して、ロープの途中を引っ張れば、輪っかが縮まって行くから簡単に締められるでしょう? さあ、覚悟しなさい!」

 実際と同じ条件という事で、輪っかは僕の胴体に通されて、キツキツに締められた。僕がキメラ役という事になる。随分とひ弱なキメラだ。

「いいですか? 手を抜くのはズルです。あと、ロープが切れた瞬間は、バランスを崩して転倒する危険があるので気をつけてくださいね」

「はいはい、切れたら気をつけるわよ」

 注意はした。返事も聞いた。あとは自己責任だ。目の前の細いロープを両手で掴むと、綱引きの要領で僕の身体を掴んでいるレベッカと一緒に、ロープを力一杯に引っ張った。

『ブチッ……』

「「……」」

 切れた。

 ♢♦︎♢♦︎♢



 



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