29 / 56
第26話 赤ジャージvs米三昧②
しおりを挟む
「いらっしゃいまーせー」
暢気に大学生バイトは店内に押し入って来た鉄パイプ男に挨拶した。いや、絶対に客じゃないでしょう。普通、「泥棒ー‼︎ 泥棒ー‼︎」ですよ。
「おい、嬢ちゃん。小母ちゃん達が丹精込めて作った弁当を半額の値段で売ってんだ。それを更にそれ以下で売れって言うのは、人間としてどうなんだよ? やっちゃいけねぇだろうがぁ。さっさと言われた金を払って帰りな」
「はぁっ? 誰あんた? 私はコイツと話しているのよ。それ以上、不細工な顔を近づけるなら、警備隊を呼ぶわよ。この変態!」
(うわぁー、酷い女だな)
どう見ても強盗にしか見えなかったけど、話している内容は意外と常識人っぽい。酒の臭いはしないし、ヤバイ草をやっている人の目でもない。本当に近所に住んでいる人で、赤ジャージのうるさい話し声に普段から迷惑しているんだろう。
赤ジャージが週何回通っているか分からないけど、どちらが正しくて、どちらが間違っているのかは分かる。ここは僕も鉄パイプの仲間に加わって、援護口撃するべきだ。
「お姉さん、俺もキチンとお金は払った方がいいと思うよ。お金がないんだったら、一個で我慢するとか、そういう風にしないと駄目だよ。普通は皆んなそうするよ」
三対一。店員、鉄パイプ、僕の三人で説得すれば、この赤ジャージも自分の間違いを素直に認めて、二度とこの店に迷惑をかけないはずだ。他の人から見たら、男三人で一人の女の子をイジメているように見えるけど、これはイジメではないので問題ない。
「なに、あんた? 急に喋り出して気持ち悪い。さっきから私の後ろに立って、ジィーと私の背中を見ているけど、変態なの? 警備隊、呼ぶわよ!」
ハァッ? 変態じゃねぇよ! 客だよ! お前がレジの前に居座っているから弁当買えねぇんだよ! さっさと言われた金を置いて、二度とこの店に来るんじゃねぇよ! 眼鏡ぶち割るぞ! ……とは思っていても絶対に言えない。二人には悪いけど、二対一で頑張って欲しい。
「すみません、変態じゃないです。ただの客です」
「だったら、話しかけてくんじゃねぇよ! このボケカス!」
酷い言われようだ。普通の男なら、カツ丼放り投げて、泣きながら家に向かって走って行く。
「何だ、テメェー、その口の利き方は‼︎ テメェーが悪い事をしているから、この兄さんは優しく教えてやってんのに調子乗ってんじゃねぇぞ! ちょっと表に出ろ!」
鉄ちゃん♪ 気の優しい僕の代わりに鉄ちゃんが怒ってくれた。赤ジャージの右手首を右手で素早く掴むと、店の外にグイグイと引っ張って行く。絵面的には女性を乱暴しようとする男にしか見えないけど、鉄ちゃんがそんな事をする男じゃないと僕は信じているよ。
「きゃあ! ちょっと、痛いでしょう! 離しなさいよ、この変態! きゃあ~~、助けてください! 痴漢に襲われ——」
「うるせえんだよ‼︎」
「きゃあー‼︎」
鉄ちゃんは掴んでいた赤ジャージの腕を乱暴に振り回して、石畳の路に叩きつけるように転ばせた。派手に転ばされたけど、ちょっと皮が擦りむいた程度だろう。眼鏡は飛んで行っちゃったけど……。
「都合のいい時だけ女になってんじゃねぇよ! 今までそうやって上手く生きてこれたんだろうけどよ。世の中そんなに甘くねえんだよ!」
鉄ちゃんは倒れている赤ジャージの胸ぐらを右手で掴むと、赤ジャージの顔面に大量の唾がかかろうと気にせずに、心を揺さぶるお説教を開始した。少なくとも、身体はグラグラと揺さぶられているから、ちょっとぐらいは効果はありそうだ。
「お待たせしました。次のお客様どうぞ」
(このタイミングで呼んじゃうの?)
大学生バイトに呼ばれてしまった。まあ、レジの前に待っていたから呼ばれるのは当たり前か。
「あれ、止めなくていいんですか?」
鉄ちゃんが、ちょっとやり過ぎている気がして店員に聞いてみた。止めた方がいいなら、二人で止めましょうね。
「いいんじゃないですか。自業自得でしょう。銅貨3枚になります。……はい、ちょうどですね。毎度ありがとうございます」
まるで、人事のような反応だ……普通はそういうものなのだろうか。右手に握っていた銅貨3枚をカウンターの上に置くと、紙袋に入れられたカツ丼を受け取った。
「ああっ、もうぉ~‼︎」
ちょうど店の外に出た瞬間、激怒した赤ジャージが右拳を下から上に突き上げた。
「うがぁっ、あぁぁっ、がぁっ!」
赤ジャージの右拳から放たれた渾身のアッパーカットは、吸い込まれるように鉄ちゃんの股ぐらに炸裂、粉砕したようだ。あまりの衝撃に左手に握っていた鉄パイプを落として、鉄ちゃんが股間を押さえて、立ったまま悶え苦しんでいる。
「チッ……ああっ~、クソがぁ! こっちは昼間のスカートチラ見男の所為で気分が悪いのに、本当に最悪!」
鉄ちゃん、危ないよ。赤ジャージの怒りはまだ収まっていないみたいだ。地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、両手で持って、振り上げ、そして、鉄ちゃんの左肘に思い切り振り下ろした。
「あっゔっあ!」
鉄ちゃんは苦痛に満ちた悲鳴を上げて、地面に倒れて込んでしまった。右手は左肘、左手は股間を押さえて苦しんでいる。ヤバイ。次に別の場所を攻撃されたら、押さえる手が足りないぞ。
「このクソがぁ! クリーニング代、治療費代……そして、私が受けた精神的苦痛の慰謝料。併せて金貨18枚。さっさと払いなさいよ!」
出鱈目な金額だな。せいぜい銀貨4枚がいいところだ。一般人が直ぐに払える金額じゃない。
「あゔっ、やめて、やめてくださいぃ!」
身長160センチちょっとの赤ジャージの女に、身長180センチを超える巨漢の男が、鉄パイプで滅多打ちにされて泣き叫んでいる。さて、どうする。危険を覚悟で鉄ちゃんを助けるべきか。金貨18枚を用意してやるか……。
「許してください……た、頼まれたんです。あの店員の男に脅せって頼まれただけなんです! 許して……」
鉄ちゃんが股間を押さえていた左手を離して、真っ直ぐに米三昧のカウンターに座っている大学生バイトを指差した。
「ハァッ? あの野郎、巫山戯た真似しやがって! 二度と弁当売れない身体にしてやる!」
鉄パイプを持ったまま、赤ジャージがこっちに向かって来た。弁当を売れない身体が具体的に想像できないけど、かなり酷い状態なのはイメージ出来た。
「ひっ‼︎」
店員の男が迫り来る危機を理解したのか、短い悲鳴を上げた。なるほど、そういう事か。通りで無関心を装っていた訳だ。店と客のトラブルが大事になると、店の世間体が悪い。でも、客と近所の人とのトラブルならば、店側は無関係を通す事が出来そうだ。上手いこと考えたみたいだけど、残念、失敗したようだ。
「お客さん、お願いします。助けてください!」
「嫌ですよ。鉄パイプ持っているのに、危ないじゃないですか。助けて欲しいなら、あの大男に頼めばいいんじゃないですか? じゃあ、頑張ってくださいね」
僕の背中に隠れて、店員が頼んできた。残念ながら自業自得だ。自分で何とかしてもらうしかない。
「冒険者でしょう! お願いしますよ! 銀貨5枚払いますから、俺を助けてくださいよ!」
ちょっと頭にカチンと来る言い方だった。店員には僕が金の為なら何でもするような男に見えているようだ。残念だけど、違うと教えてあげよう。金じゃなくて、必死にお願いしてくれたら助けるつもりも少しはあったけど、もういいや。
「はぁー、確かに俺は冒険者ですけど、金を払えば何でもやる訳じゃないですよ。女性を脅して、怪我させる——」
「金貨1枚払いますから! お願いしますよ!」
「……」
♢♦︎♢♦︎♢
暢気に大学生バイトは店内に押し入って来た鉄パイプ男に挨拶した。いや、絶対に客じゃないでしょう。普通、「泥棒ー‼︎ 泥棒ー‼︎」ですよ。
「おい、嬢ちゃん。小母ちゃん達が丹精込めて作った弁当を半額の値段で売ってんだ。それを更にそれ以下で売れって言うのは、人間としてどうなんだよ? やっちゃいけねぇだろうがぁ。さっさと言われた金を払って帰りな」
「はぁっ? 誰あんた? 私はコイツと話しているのよ。それ以上、不細工な顔を近づけるなら、警備隊を呼ぶわよ。この変態!」
(うわぁー、酷い女だな)
どう見ても強盗にしか見えなかったけど、話している内容は意外と常識人っぽい。酒の臭いはしないし、ヤバイ草をやっている人の目でもない。本当に近所に住んでいる人で、赤ジャージのうるさい話し声に普段から迷惑しているんだろう。
赤ジャージが週何回通っているか分からないけど、どちらが正しくて、どちらが間違っているのかは分かる。ここは僕も鉄パイプの仲間に加わって、援護口撃するべきだ。
「お姉さん、俺もキチンとお金は払った方がいいと思うよ。お金がないんだったら、一個で我慢するとか、そういう風にしないと駄目だよ。普通は皆んなそうするよ」
三対一。店員、鉄パイプ、僕の三人で説得すれば、この赤ジャージも自分の間違いを素直に認めて、二度とこの店に迷惑をかけないはずだ。他の人から見たら、男三人で一人の女の子をイジメているように見えるけど、これはイジメではないので問題ない。
「なに、あんた? 急に喋り出して気持ち悪い。さっきから私の後ろに立って、ジィーと私の背中を見ているけど、変態なの? 警備隊、呼ぶわよ!」
ハァッ? 変態じゃねぇよ! 客だよ! お前がレジの前に居座っているから弁当買えねぇんだよ! さっさと言われた金を置いて、二度とこの店に来るんじゃねぇよ! 眼鏡ぶち割るぞ! ……とは思っていても絶対に言えない。二人には悪いけど、二対一で頑張って欲しい。
「すみません、変態じゃないです。ただの客です」
「だったら、話しかけてくんじゃねぇよ! このボケカス!」
酷い言われようだ。普通の男なら、カツ丼放り投げて、泣きながら家に向かって走って行く。
「何だ、テメェー、その口の利き方は‼︎ テメェーが悪い事をしているから、この兄さんは優しく教えてやってんのに調子乗ってんじゃねぇぞ! ちょっと表に出ろ!」
鉄ちゃん♪ 気の優しい僕の代わりに鉄ちゃんが怒ってくれた。赤ジャージの右手首を右手で素早く掴むと、店の外にグイグイと引っ張って行く。絵面的には女性を乱暴しようとする男にしか見えないけど、鉄ちゃんがそんな事をする男じゃないと僕は信じているよ。
「きゃあ! ちょっと、痛いでしょう! 離しなさいよ、この変態! きゃあ~~、助けてください! 痴漢に襲われ——」
「うるせえんだよ‼︎」
「きゃあー‼︎」
鉄ちゃんは掴んでいた赤ジャージの腕を乱暴に振り回して、石畳の路に叩きつけるように転ばせた。派手に転ばされたけど、ちょっと皮が擦りむいた程度だろう。眼鏡は飛んで行っちゃったけど……。
「都合のいい時だけ女になってんじゃねぇよ! 今までそうやって上手く生きてこれたんだろうけどよ。世の中そんなに甘くねえんだよ!」
鉄ちゃんは倒れている赤ジャージの胸ぐらを右手で掴むと、赤ジャージの顔面に大量の唾がかかろうと気にせずに、心を揺さぶるお説教を開始した。少なくとも、身体はグラグラと揺さぶられているから、ちょっとぐらいは効果はありそうだ。
「お待たせしました。次のお客様どうぞ」
(このタイミングで呼んじゃうの?)
大学生バイトに呼ばれてしまった。まあ、レジの前に待っていたから呼ばれるのは当たり前か。
「あれ、止めなくていいんですか?」
鉄ちゃんが、ちょっとやり過ぎている気がして店員に聞いてみた。止めた方がいいなら、二人で止めましょうね。
「いいんじゃないですか。自業自得でしょう。銅貨3枚になります。……はい、ちょうどですね。毎度ありがとうございます」
まるで、人事のような反応だ……普通はそういうものなのだろうか。右手に握っていた銅貨3枚をカウンターの上に置くと、紙袋に入れられたカツ丼を受け取った。
「ああっ、もうぉ~‼︎」
ちょうど店の外に出た瞬間、激怒した赤ジャージが右拳を下から上に突き上げた。
「うがぁっ、あぁぁっ、がぁっ!」
赤ジャージの右拳から放たれた渾身のアッパーカットは、吸い込まれるように鉄ちゃんの股ぐらに炸裂、粉砕したようだ。あまりの衝撃に左手に握っていた鉄パイプを落として、鉄ちゃんが股間を押さえて、立ったまま悶え苦しんでいる。
「チッ……ああっ~、クソがぁ! こっちは昼間のスカートチラ見男の所為で気分が悪いのに、本当に最悪!」
鉄ちゃん、危ないよ。赤ジャージの怒りはまだ収まっていないみたいだ。地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、両手で持って、振り上げ、そして、鉄ちゃんの左肘に思い切り振り下ろした。
「あっゔっあ!」
鉄ちゃんは苦痛に満ちた悲鳴を上げて、地面に倒れて込んでしまった。右手は左肘、左手は股間を押さえて苦しんでいる。ヤバイ。次に別の場所を攻撃されたら、押さえる手が足りないぞ。
「このクソがぁ! クリーニング代、治療費代……そして、私が受けた精神的苦痛の慰謝料。併せて金貨18枚。さっさと払いなさいよ!」
出鱈目な金額だな。せいぜい銀貨4枚がいいところだ。一般人が直ぐに払える金額じゃない。
「あゔっ、やめて、やめてくださいぃ!」
身長160センチちょっとの赤ジャージの女に、身長180センチを超える巨漢の男が、鉄パイプで滅多打ちにされて泣き叫んでいる。さて、どうする。危険を覚悟で鉄ちゃんを助けるべきか。金貨18枚を用意してやるか……。
「許してください……た、頼まれたんです。あの店員の男に脅せって頼まれただけなんです! 許して……」
鉄ちゃんが股間を押さえていた左手を離して、真っ直ぐに米三昧のカウンターに座っている大学生バイトを指差した。
「ハァッ? あの野郎、巫山戯た真似しやがって! 二度と弁当売れない身体にしてやる!」
鉄パイプを持ったまま、赤ジャージがこっちに向かって来た。弁当を売れない身体が具体的に想像できないけど、かなり酷い状態なのはイメージ出来た。
「ひっ‼︎」
店員の男が迫り来る危機を理解したのか、短い悲鳴を上げた。なるほど、そういう事か。通りで無関心を装っていた訳だ。店と客のトラブルが大事になると、店の世間体が悪い。でも、客と近所の人とのトラブルならば、店側は無関係を通す事が出来そうだ。上手いこと考えたみたいだけど、残念、失敗したようだ。
「お客さん、お願いします。助けてください!」
「嫌ですよ。鉄パイプ持っているのに、危ないじゃないですか。助けて欲しいなら、あの大男に頼めばいいんじゃないですか? じゃあ、頑張ってくださいね」
僕の背中に隠れて、店員が頼んできた。残念ながら自業自得だ。自分で何とかしてもらうしかない。
「冒険者でしょう! お願いしますよ! 銀貨5枚払いますから、俺を助けてくださいよ!」
ちょっと頭にカチンと来る言い方だった。店員には僕が金の為なら何でもするような男に見えているようだ。残念だけど、違うと教えてあげよう。金じゃなくて、必死にお願いしてくれたら助けるつもりも少しはあったけど、もういいや。
「はぁー、確かに俺は冒険者ですけど、金を払えば何でもやる訳じゃないですよ。女性を脅して、怪我させる——」
「金貨1枚払いますから! お願いしますよ!」
「……」
♢♦︎♢♦︎♢
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる