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第37話 待ち伏せと待ち合わせ

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(痛い……)

 朝8時40分。まだヒリヒリと痛む左頬を摩りながら、家の階段を下りていく。「僕が好きなのは、この二人以外の女の子だと思う」と素直に正直にアリサに答えたのに思い切り叩かれた。どう考えても、あの二人と付き合える訳ない。

 それなのに、「お兄ちゃんが選べる立場だと思ってんの! しっかり現実を見てよ! お金でも何でもいいから、アピールしてゲットしてきなさい!」とガチ正座で20分もお説教されてしまった。

 アリサは分かんないだろうけど、お兄ちゃん、そこそこ強いし、モテると思うんだけどなぁ~。でも、こんな事を言ったら、また叩かれるだけだ。大人しく仕事に行こう。

「あっ! やっぱり今日も仕事するんじゃない。私も連れて行きなさいよ!」

「うっ……」

 階段を下りて、建物の外に出ると手切れ金を渡したはずの女がそこに立っていた。僕の住所を誰に聞いたかは分かっている。マリクだ。どうやら、昨日のイタズラの復讐ではないようだけど、今日はレベッカとストーンゴーレムを倒しに行く予定だ。ヤバイ女二人を連れて、古代遺跡に行くなんてストレスにしかならない。

 転移ゲートまで走って、街に置き去りにしよう。冒険者ギルドの許可証がなければ、古代遺跡までは付いて来れない。

「そのハンマー重そうね。ちょっと貸してよ」

(貸さないよ。どうせ、有料だろ)

「へぇ~、そういうつもりなんだ。その頬っぺたどうしたの? 昨日の帰りにはなかったけど、誰かに闇討ちでもされたの?」

(お前の所為だよ)

「ねぇ、お弁当作ったんだけど食べない? 美味しいわよ」

(冷凍保存しておいた米三昧の弁当だろ。要らねぇーよ)

 ステラの質問に完全無視を続けて走り続けた。この女は我が冒険者パーティーを破門された異端児だ。二度と敷居は跨がせない。さっさと諦めて何処へなりとも消えるがいい。

「ねぇねぇ、本当の私を見てよ。これが本当の私よ! 可愛くて、素直で優しいのよ。ねぇ、お願い信じて!」

「昨日の金を返したら信じてやるよ」

 流石に隣で走っている女を無視続けるのに疲れた。『冷たい彼氏だな。ちょっとは話してやれよ!』みたいな感じで通行人達も見てくる。知らないと思いますけど、この女、ストーカーですからね。

「……チッ」

 明らかに舌打ちした。確かに素直なクソ女だ。お陰で信じる価値もない女だという事がよく分かったよ。

 そろそろ転移ゲートに到着するのに、ステラはピッタリと横を並走して離れようとしない。普通の女なら、とっくにバテている。そこそこ身体能力は高いのだろうけど、僕には勝てないはずだ。このまま街中を一周すれば、実力の差を思い知るだろう。

 でも、今日は無理だ。ハンマー持って走っていたら、クエスト前に僕がバテてしまう。準備運動はこの辺にして歩くとしよう。

「ふぅ~、それよりもマリクはどうしたんだよ? 殺してきたのか?」

 足を止めて一息つくと、とりあえず、相棒の身の安全を確かめた。そう簡単にマリクが僕の住所を聞かれたからといって、素直に答えるとは思えない。拷問して聞き出した可能性もある。

「そんな面倒な事する訳ないでしょう。埋めるのも大変なのよ。ただ、体調が悪いから休みたいって言ってきたから大丈夫よ」

 ああっ……女の子の日か。でも、そんな感じには見えないから嘘だろう。まあ、言ったら確実に怒るから言わないでおこう。前にアリサに冗談で言ったら、フライパンで殴られたし……。

「なるほどね。じゃあ、家で寝ていればいいじゃん。昨日の金で高級フルーツでも買って食べてろよ」

「ごっほ、ごっほ、酷い。病気の女の子には優しくしない駄目なんだよ」

 ワザとらしい咳払いだ。そんなに苦しいなら、このハンマーで今すぐに楽にしてあげてもいいけど、やっぱり埋めるのは面倒だ。放置しよう。

「ねぇ、何処行くの? 冒険者ギルドに行くなら、下僕がいるから見つからないようにクエストを取って来てよね」

 しつこいなぁ~。まだ、付いて来る。病気は治ったのかよ。

 待ち合わせ場所の転移ゲートが見えて来た。赤い髪の冒険者を探してみたら、アーチ状の金属ゲートの左側の方にハンマーを持ったレベッカが立っていた。このままでは鉢合わせになってしまう。

 まあ、どちらも彼女でもないでもない。だから、『この女、誰よ!』『あんたこそ、私の彼の何なのよ!』みたいな取っ組み合いの修羅場は発生しない。

(さて、どうするべきか)

 作戦その一。レベッカにステラを押し付ける。レベッカはレベル上げが目的なので、それなりの強さを持っている相手なら、引き取ってくれるはずだ。

 作戦その二。レベッカとステラを戦わせて、ステラが勝ったらクエストに連れて行く。もちろん、レベッカが勝つと予想しているけど、問題がある。ステラが勝った場合や、『何様よ!』と怒った女二人にボコボコにされる危険がある。

 作戦その三。皆んなで仲良くクエストをする。もちろん、そんな訳ない。ストーンゴーレム相手にステラがまともに役に立つはずがない。役立たずの烙印を押されたら、流石にもう付いて来たいとは思わないだろう。下手したら冒険者を辞めてしまうかもしれない。

 この中でやるとしたら、作戦その三しかない。さっさと冒険者を辞めさせて、何処かの金持ちの愛人でもやらせた方がマシだ。

「いいか、よく聞けよ。紹介したい人がいる。あそこに立っている赤髪の女性がいるだろう。あれが待ち合わせしていた相手だ。これからクエストをやるけど、特別に連れて行ってやるよ。だから、しっかりと挨拶してあの人からも許可してもらって来いよ」

 この作戦を実行するには、まずはレベッカの許可が必要だ。ステラの外面の良さなら、このぐらいは朝飯前だろう。

「えっ、またそれ……あんたみたいな男が、女と待ち合わせ出来る訳ないでしょう。ほら、さっさと何するか教えなさいよ!」

「何言ってんだよ? だから、あの女と一緒にストーンゴーレムを倒しに行くんだよ。あの女もハンマーを持っているだろう?」

「昨日のクソつまんない冗談もそうだったけど、もう騙されないわよ! 本当に待ち合わせしているなら、自分で行きなさいよ!」

「本当だって言っているだろう! さっさと行けよ!」

 何故、僕が女と待ち合わせしていると言ったら嘘になる。お前だって、家の外で待っていたんだから、他にも女の二、三人ぐらい待たせているかもしれないじゃないか。失礼な奴だな。

「何、ボサッとしてんのよ。さっさと行くわよ」

「あっ…」

 モタモタしているとレベッカの方からやって来た。ほら、見ろ。どう見ても知り合いの女じゃないか。

「おはようございます。初めまして! 私——」

「ああっー、知ってるわよ。昨日の冒険者ギルドの前で喧嘩していたスゥたんでしょう。何よ、彼女がいたのに婚活パーティーに参加してたの? 酷い彼氏ね」

 ステラの会話を遮って、レベッカが話し始めた。話した内容は多少は合っているけど、明らかに誤解だし、そこまで噂になっていたなんて知らなかった。今朝の新聞に事件の事が載っていなかったから、大丈夫だと思ったのに……。

「えっ! アッたん、私に隠れて婚活パーティーなんか行ってたの! この浮気者ぉ~~!」

「痛い、痛い、痛い!」

 彼氏の浮気に腹を立てる彼女のつもりなのか、ステラが両手をグーに握って、僕の胸板に向かってポカポカと何度も殴ってきた。他の人から見たら、微笑ましい光景かもしれないけど、コイツは他人だ。

 いい加減にしつこいので、馬鹿女の両手首を掴むと飛び右膝蹴りを腹部に炸裂された。誰がアッたんだ!

「がはっ!」

 はい、大人しくなったので両手は解放します。そのまま、しばらく地面に横になっていてくださいね。

「仲が良いのね。それで彼女を連れて、どうしたのよ? デートするから一緒に行けないとか言いに来たの?」

 レベッカはお腹を押さえて苦しんでいるステラを普通にスルーした。僕が女に平気で飛び蹴りするような酷い男だと思っているようだ。まあ、違うとは言い切れない。

 僕もとりあえず、ステラを放置してやる事がある。このままでは周囲にステラが彼女として認定されてしまう。

「その前にこの女は彼女じゃないですよ。ただの素材運びです。昨日、元彼に絡まれていたのを偶然助けただけのほとんど他人です」

「あっー、やっぱり。私もそうだと思ったのよ。クロエが昨日、『あんたの連れていた男が、別の女と堂々と浮気していたわよ』とか言ってたから、おかしいと思ったのよ」

「へぇー……」

 何故、彼女じゃないという言葉は簡単に信じる。こう見えても故郷の国ではモテモテだったんだからな!

 ♢♦︎♢♦︎♢


 

 


 

 
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