上 下
34 / 42
異世界旅行編

悪魔に仕える兵士

しおりを挟む
「悪魔だ‼︎ 悪魔の残党が西区に隠れていた‼︎ 早く来てくれ‼︎」
「くっ! 次から次へと‼︎ 今行く‼︎ お前達は私と——」

 住民の男が走りながら手を振り、大声で緊急事態が起きたと知らせている。
 その知らせを聞き、王子が兵士達と急いで向かおうとしたが、

「俺が行く。一人で十分だ」
「なっ⁉︎ 待て‼︎」

 その必要はない。王子を無視して走り出した。どうせ雑魚は戦力にならない。
 地面を強く蹴り飛ばして高く跳び上がると、地上を見回した。

「……あそこか」

 狼三匹、兵士二人、翼の生えた悪魔一匹のたったの六だ。瞬殺コースだ。
 魔眼で六百メートル先に照準を合わせると、左手で四匹だけを狙った。

「『火炎蜂射かえんほうしゃ』」

 数十発の火球の蜂が左手から高速で飛び出していく。
 その火球を空中を強く蹴り飛ばして追いかけた。
 人間は生け捕りで、狼と悪魔は駆除してやる。

『『グァガアアア‼︎』』
「ぐぅ熱‼︎ な、何て日だ‼︎ 石の雨の次は火の雨かよ‼︎」
「口開いてないで走れ‼︎ 捕まったら地獄だぞ‼︎」
「分かってるよ‼︎」

 狼二匹は素早く仕留めた。男兵士二人は死に物狂いで逃げ回っている。
 残りは二匹だが、その片方は馬鹿なのか、俺の前に飛んできた。

『お前だな、裏切り者の悪魔は? 俺が殺して手柄にしてやる!』
「まあ、待てよ。お前、淫魔に変身できるか? 変身できるなら殺さないでやる♪」

 俺も鬼じゃない。命の取引きだ。
 淫魔とは角が頭、背中に翼、腰に尻尾が生えた人間の姿をした巨乳の美女、または美少女悪魔だ。
 目の前の手足や身体が異様に長い、ヒョロ長黒悪魔ではない。

『……お前、本当に悪魔か? 悪魔に変身できる奴は少ない。それに淫魔は人間の女に憑依して、男の魂を奪う下級悪魔だ。淫魔なんて悪魔は存在しない。そんな常識も知らないなんて——お前、悪魔じゃないな?』
「……」

 答えはNOらしい。出来ないなら用なしだ。何も言わずに左手を向けた。
 魔王様の秘密は地獄に持っていけ。『火炎の嵐ファイアストーム』……

『ぐびぃやああああ‼︎』

 消滅させるのに二十秒もかからなかった。間違いなく下級悪魔だ。
 だったら大人しく女に憑依して、俺の淫魔になるんだったな。そしたら、死なずに済んだ。
 まあ、お前を見た後じゃ、どんな美女に憑依しても抱きたくなるとは思えないがな。

「……チッ。時間をかけ過ぎたか」

 地上に視線を戻すと、兵士二人と狼一匹が武装した住民達に囲まれていた。
 残念だが、あの二人の運命はもう決まったも同然だ。
 俺が助けなければな……。

 ★

「死ねえ‼︎」
『グウギュウウ‼︎』

 赤い眼の黒狼の胴体に剣が深く突き刺さった。
 それを合図に八人もの男達が一斉に武器を振り下ろして絶命させた。

「ペェッ! あとはお前らだけだ。コイツみたいに楽に死ねると思うなよ」

 口に入った返り血を吐き捨てると、鬼の形相を浮かべる男達の一人が言った。
 こっちも武器を持っているが人数が違い過ぎる。俺達を囲む奴らは七十を超えている。
 流石にこの人数を倒して逃げるのは無理だ。二、三人道連れにするのが精一杯だ。
 どうやら俺達はここで終わりらしい。それでも最後の悪足掻きぐらいはさせてもらう。

「それはこっちの台詞だ。死んだ家族と知り合いに会いたい奴は俺が案内してやるよ。おい、そこのお前。さっき殺したのはお前の兄貴か? 顔がそっくりだな♪」
「テメェー‼︎ 殺してやる‼︎」
「ああ、殺せるもんなら殺せよ。ほら、やれよ♪」

 剣先を向けて、適当に選んだ男を挑発してやった。どうやら本当に兄貴が死んだらしい。
 他の奴らが止めなければ、今にも飛びかかりそうな勢いだ。

「誰も挑発に乗るなよ。これ以上は一人も死ぬな。死ぬのはコイツらクズだけで十分だ」

 今度はパン生地を叩く棍棒を持った爺さんのご登場だ。この国の住民は勇敢だな。
 ババアの妻か、息子か娘か、この爺さんは誰を殺したと言えば怒りそうだ?
 あーやっぱり孫だよな。

「爺さん、あんたの孫娘は気持ち良かったぜぇ~♪ 俺達の珍玉を小さな口で一杯気持ち良くしてくれた。あんなエロ女に育ててくれて感謝してるよ。天国に行けるように祈ってるぜ」
「ああ、それはありがとうよ。お前達には感謝の言葉もない。あるのは怒りだけだ‼︎ この世の地獄をその身体に全て刻み込んでやる‼︎ 全てだ‼︎ 儂の残りの人生全てをお前達を苦しめる為に使ってやる‼︎ 覚悟しろ、若造‼︎」
「ひゅー♪」

 おお、怖い怖い。冷静な奴がキレると一番怖いんだよな。
 爺さんが大激怒している。そのまま血管切れて勝手にお死んだら大爆笑だな。
 まあ、あんたのお陰で周囲の殺気は十分だ。これなら勢い余って殺す馬鹿もいるだろうな。
 捕まって拷問されるよりは殺された方が百倍マシだ。さあ、楽に殺してくれよ。

「皆んな、石を拾え‼︎ 武器を落とすまで投げ続けろ‼︎ 絶対に殺すな‼︎ 絶対にだ‼︎」
「おいおい、そこまでやるか⁉︎」

 こっちは全員で突撃してくると思ったのに冷静じゃねえか。
 激昂する爺さんに従って、地面に落ちている石を拾い上げている。
 そして、何の迷いもなく、俺達に向かって全力で投げ付けてきた。

『フラァッ‼︎ アアアッッ‼︎ ゼェニヤ‼︎』
「ぐぅ、ががあ、なぐぅ、ああっ、ふあゔ……‼︎」

 投石による全身殴打が始まった。
 苦痛に耐え切れずに地面に跪いて、両腕で頭を庇った。すぐに背中や腕に投石が集中した。
 それでも腕の隙間を狙って、顔を狙ってくる奴がいる。顎やこめかみに容赦なく石が直撃する。

 それを嫌がり腕を動かしこめかみを守ると、正面から鼻や額に向かって石が投げ付けられる。
 性格の悪さが攻撃から伝わってくるが、同時に正確な腕の良さも伝わってくる。
 恐る恐る目を開けて確かめると、十二ぐらいのガキ三人が怒りの表情で投げていた。

(あっはは♪ この俺が毛も生えてないガキに殺されるのかよ。あー最悪だな)

 終わりを意識すると不思議と痛みが和らいだ。
 右手に最後の力を入れると、ガキに向かって剣を投げ付けた。

「ルガアアッッ‼︎」
「がふゔ……‼︎」
「ベルカム‼︎」
「ヘヘッ。命中ってな♪」
「貴様ぁー‼︎」

 ガキの胸と腹の中心に剣が突き刺さった。ガキが血を吐いて地面に倒れていく。
 俺が最後に殺した相手としては、なかなか悪くない相手だ。
 欲を言えば王妃や兵士の妻や娘を犯してから殺したかったが、流石に贅沢は言えねえ。
 ガキ一人で我慢してやるよ。

「うああああッッ‼︎」
「ごぎゃあ‼︎」

 誰かの絶叫が聞こえたと思ったら、頭を硬い何かで思いっきり砕かれた。

「死ねえ‼︎ 死ねえ‼︎ 死ねえ‼︎」
「ぐふっ、ごべえ、あばッッ‼︎」

 そこからは何も分からない。一人か二人かもっとか。
 とにかく理解が追いつかない速さで顔と腹を蹴りまくられる。
 腹を蹴られ反射的に血を吐こうとするが、その前に顔を蹴り上げられた。
 血と一緒にゲロが胃の中に戻っていく。ああ、なんて最悪で最高の気分だ。
 このまま最悪最高の気分で死にたいもの……

「『回復ヒール』」
「……ん、あぁ……」

 深い眠りに落ちそうになっていたのに、温かい光が俺の頭を掴んで引き上げた。

 ♦︎
しおりを挟む

処理中です...