古代ローマ最強の剣闘士『アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス』異世界の闘技場『ダンジョン』に挑む

もう書かないって言ったよね?

文字の大きさ
1 / 10

しおりを挟む
 第一話 ここは何処だ?

「………………」

 爽やかな草原の匂い。春を感じさせる陽射しの温かさ。
 空は透き通るように青く、見渡すばかりの低い草原の海の先に、白と赤に塗られた街が見える。
 ……さて、現状把握は出来た。

「……ここは何処だ?」

 我が名は『アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス』——ローマ最強の剣闘士で、現在迷子だ。まったく知らない場所にいる。
 確か、モーニングスター鎖付きトゲ鉄球を操る剣闘士『エドモンドホンダ=ロンドゴメス=ベルサンドリラ』との戦いで負傷した身体を治療する為、ベッドに横になったところまでは覚えている。
 頑丈な全身鎧に油を染み込ませたボロ布を巻き付け、それに火をつけ、俺の武器は素手のみという圧倒的な不利な条件での戦いだった。
 それは仕方ない。俺が最強の剣闘士だからだ。
 飛んできた鉄球を両手で掴み、それに火のついたボロ布を巻きつけて——

 いや、どうやって倒したかは思い出さなくてもいい。
 鎖を引きちぎり奪い取った火だるま鉄球を金槌の代わりに使い、熱せられた鎧を引き剥がしアレを作って、エドモンドの分厚い全身鎧の隙間に突き刺し俺が勝利した。
 多少の火傷を負ってしまったが、火傷程度は馬糞を塗れば治療できる。
 馬車小屋で馬糞を全身に塗りたくり、牢獄のような部屋のベッドで横になった。

 ……そこまでは覚えている。
 そこから先の記憶がまったくない。

「すぅー……ローマの匂いじゃないな」

 空気の匂いを嗅いでみた。爽やかな澄んだ匂いがする。
 ローマは血と裏切り——鉄と油と糞尿の腐った臭いがしていた。

 いや、そもそも俺はベッドに全裸で寝ていた。
 それなのに俺の身体は火傷の跡どころか、馬糞の臭いもしない。
 足には履き慣れた革靴、茶色の腰から膝上までの布ズボンを履いている。
 誰かが俺の身体を綺麗に洗い、服を着せ、街が見える草原まで運んで立たせたとしか思えん。

(こんな面倒くさいことを一体誰が……)

 分からない。何も分からない。
 俺は戦いしか知らない。戦うしか能がない男だ。
 俺は物心が付いた頃にはすでに戦っていた。
 最初は国を襲った敵兵、その後は奴隷商、奴隷仲間、連れて行かれた知らない町の人間達——
 そして、最後は闘技場『コロッセオ』で剣闘士や獣を相手に戦っていた。

 ここにいる理由は分からない……分からないが、俺に出来る事は一つだけだ。
『戦い』だ。俺は戦い以外知らない。今までもこれからもきっとそうなのだろう。
 剣も盾もないが、拳はある。あの街が次の闘技場だというのなら向かうだけだ。

「フッ、いつ以来だろうか」

 草原の中に見つけた、街までのびる土道を進んでいく。
 金はない、水も食料もない。俺の持ち物はこの命と傷だらけの身体だけだ。
 地位も名誉もない最下級の奴隷だった頃に戻った気分だ。

 だが、安らかな時間の流れに「ふぅー」とひと息付いた。
 自分の意思で自由に歩くのは久し振りだ。
 奴隷剣闘士として活躍し、自由市民の栄誉を得たが、俺は戦いしか知らない男だ。
 自由の資格を断り、闘技場で死ぬことを選んだ。

 決して、特権階級の裕福な主人に飼われる人生を選んだわけではない。
 数多の人間と獣を殺したこの血塗れの手で、幸せなど掴めぬと分かっているだけだ。
 俺が向かう先は地獄が相応しい。

 第二話 ローマを超える街

「……何だこの街は!」

 土道を進み、立派な街門が見える石橋までたどり着いた。
 俺はローマが世界一の街だと……そう思っていた。
 それなのに目の前にある美しい街は何だ。
 雲のように真っ白な外壁、紅葉のように鮮やかな屋根。
 これだけでも驚愕なのに、そんな美しい建物が民家のように並んである。
 これだけ立派な街だ。王族だけが住める街に違いない。
 俺のような奴隷身分が入れる街ではない。何処か小さな村でも探すとしよう。

「兄さん、そんな所に突っ立ってないで街に入ったらどうなんだい?」
「なに‼︎ 俺のような者が入ってもいいのか‼︎」

 静かに立ち去ろうしたら、恐ろしいほどに身なりの良い五十代のオヤジが、にこやかに話しかけてきた。
 灰色というよりも銀色に近い、草原のような柔らかな髪。口髭は綺麗に切り揃えられている。

 真っ白な長袖シャツには見たことがない黒色の文字で『イカレてやがる』と書かれ、その上に薄い生地の水色と真っ白な縦縞袖無しシャツを羽織っている。
 下は柔らかな薄緑色のズボン。足は足首まで完全に隠した、足の甲にジグサクにヒモが結ばれている真っ白な布靴を履いている。
 このような色鮮やかな服と靴は一度も見たことがない。
 ローマなら屋敷三軒は買えるはずだ。

「いいと思うが。何だ、あんた。犯罪者なのか?」
「いや、違うが……」

 大富豪のオヤジに聞かれて素直に応えた。
 人殺しではあるが、犯罪者ではない。
 
「だったら入っていいぞ。悪さをしないなら誰でも歓迎だ」

 信じられない。入っていいだと……
 どう見ても場違いだ。上半身裸だぞ。
 仕えていない貴族の屋敷に勝手に入った奴隷がどうなるのか知らないのか。
 もしやこの大富豪……俺を騙して、鞭打ちになるのを見るつもりか。

「ヒヒーン‼︎ ヒヒーン‼︎」
「ん?」

 どうするべきかと悩んでいると、ドカドカと土道をけたたましく打ち鳴らして、二頭引きの荷馬車が向かってきた。
 それにしても下手くそな操縦だ。強盗に襲われて逃げているとしか思えん。

「そこ退いてくれえー‼︎ 馬が暴れて言うこと聞かねえんだぁー‼︎」

 なるほど。そういうことか。
 馬車の御者台に座る男が手綱を片手で握って、もう片方の手を大きく振り回して叫んでいる。

「な、何だって‼︎ おい、皆んな逃げろ‼︎ 暴走馬車だ‼︎ 街に突っ込むぞ‼︎」
「きゃああああ‼︎」「うわああああ‼︎」

 大富豪が大声で叫ぶと、街中にいた大富豪達も悲鳴をあげて、必死の形相で馬車の進路から逃げ出し始めた。
 フンッ。立派な服装だったが、中身はローマの貴族連中と同じらしい。
 剣闘士達の戦いは喜んで見るくせに、自分で戦う勇気のない腰抜け連中だ。
 やれやれ仕方ない。馬なら何度も相手している。
 暴れ馬如き、どうとでもなる。

「な、何やってんだ⁉︎ 轢き殺されるぞ‼︎ 早く逃げろ‼︎」
「馬鹿野朗‼︎ 早く逃げろ‼︎」

 大富豪が逃げろと叫んでいる。御者の男も逃げろと叫んでいる。

(この俺に逃げろだと? このローマ最強の剣闘士アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウスに馬如きから逃げろだと?)

 フッ、笑わせてくれる。暴走馬車の前に立ち塞がると両手足に力を込めた。

「来い」
「ヒヒーン‼︎ ヒヒーン‼︎」

 3068戦3068勝0敗——剣闘士に敗北は許されない。
 剣闘士は勝つか死ぬかそれだけだ。逃げれば死ぬ。それが剣闘士の世界だ。

「フンッンンンンン‼︎」
「「ヒ、ヒィ、ヒギィン‼︎」」

 ドシン‼︎ 広げた両腕に二頭の馬の太い首が激突した。
 まるで濁流の中を流れる大木二つを受け止めたような衝撃だ。
 その衝撃に耐えきれずに御者の男が俺の頭を飛んでいく。
 馬車の方は馬達の尻に大激突だ。俺の方は——

「ぐぅぅぅ!」
「し、信じられん‼︎ う、受け止めおった‼︎」

 ズザァアアと石橋に踏ん張っていた両足が三十センチも後退させられた。
 だが、許すのはここまでだ。この先には一ミリも進ませない。
 両腕にさらに力を込めて、前腕と二の腕で二頭の生温かい太い首を絞め上げていく。

「手荒い歓迎だな。少しは落ち着けよ」
「ヒィ……ヒ、ヒヒーィン……」

 首をへし折るのは簡単だ。だが、馬は貴重品だ。殺しはしない。気絶させるだけだ。
 落ち着くようにと二頭の耳元で囁いた。少しずつ暴れる力が弱まっていく。
 そして、完全に絞め落とすと両腕から解放した。二頭の馬がドシンと石畳に崩れ落ちていった。

「あ、あんた一体何者なんだ‼︎ い、い、一体どうやって‼︎」

 三十代手前の御者の男が這いつくばりながらやって来ると興奮気味に訊いてきた。
 俺が何者か知りたいらしい。よかろう、教えてやる。

「我が名はアンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス! ローマ最強の剣闘士だ!」
「アン、アンド……」

 仕方ない奴だ。もう一度だけ名乗ろう。

「アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス! ローマ最強の剣闘士だ!」
「アンド……ディヌス、えっと……」

 ……お前、剣闘士だったらもう死んでいるぞ。
 まあ、馬如きもまともに操れないようなら仕方ないな。
 
「ルシウスだ」
「あ、ああ! ルシウスさん! あなたのお陰で助かった! 何か礼をさせてくれ!」
「……礼か」

 別に大したことはしてないが、礼が貰えるなら貰っておこう。

「では、仕事を紹介してくれ。この街に着いたばかりでな。金が無いんだ」
「何だあんた? 冒険者じゃなかったのか?」
「冒険者? それは探検家のようなものか?」
「ああ、そんな感じだ。そうだ! 冒険者ギルドまで送っていくよ! ついでに荷台にある売れ残りの品も好きな物を貰ってくれ。この程度の礼しか出来なくてすまないな」
「いや、助かる。ありがたく貰おう」

 探検家か——確か別大陸を求めて、船で海を渡る連中だったな。
 そこで現地人との交渉が失敗すると、戦争が起こる。
 俺の国はその戦争に負けて、ガキだった俺は捕まって奴隷として売られた。
 そこからは主人と住処を転々と変えていき、やがてローマにたどり着いた。
 もう十年以上も昔のことだ。今ではローマこそが俺の国だ……そう思っていた。
 だが、今度はこの国が俺の国になるらしい。どんな国か見てやるか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ある日、俺の部屋にダンジョンの入り口が!? こうなったら配信者で天下を取ってやろう!

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...