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最終話 振り返ればやっぱり百合がいる
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ラナさんをペトラと一緒の冷凍庫に入れると、ついでに家に置いていた白鞄と黒鞄も入れた。
目指すのは宿屋ではなくて、冒険者ギルドだ。
依頼人のペトラに代わって、結果を報告するようにバンダナさんに言われた。
だけど、私は死んだ人を生き返らせる方法がないか冒険者に聞いて回るつもりだ。
左胸から包丁が現れて、その包丁が冷凍庫に変化した。
こんな魔法が存在する世界なら、きっと奇跡の一つぐらい存在している。
ギィィィィ……
「がっはははは‼︎ おんっ?」
冒険者ギルドに到着すると、重い扉を開けて中に入った。
すると椅子に座って馬鹿笑いしていた坊主頭の大男が、私を見て立ち上り向かってきた。
「おいおい、ずぶ濡れじゃねえか? まさか雨の中、存在しない薬草でも探してたのか? ヒュ~、頑張るねぇ~!」
……この顔には見覚えがある。
極悪さんに外まで殴り飛ばされた、ペトラに寄ってきたロリコン変態冒険者だ。
殴られたのに綺麗な顔——ううん、怪我が治っただけの汚い顔をしている。
こんな屑野朗に用はない。さっさとカウンターに向かおう。
「邪魔だよ、退いて」
「おっと、これはこれは失礼しました。どうぞお通りくださませ、王子様。がっはははは‼︎ なんちゃってな」
ムカつく奴だ。酒の臭いがプンプンする。クビにされたはずなのに堂々と居座っている。
男っぽい口調で右手で邪魔だと追い払うと、召使いみたいに恭しくかしこまって退いていった。
馬鹿は相手にするだけ時間の無駄だ。さっさと横を通り過ぎた。
「すみません、依頼の報告をしたいんですけど……」
カウンターに極悪さんはいなかった。
代わりにヤクザの若頭みたいな渋い顔の五十手前のおじさんが座っていた。
「どんな依頼だ?」
「妖精の薬草探しです」
「……なるほど、分かった。ご苦労さん、未達成で処理しておく。早く帰って休むんだな」
どうやらベテランの人みたいだ。妖精の薬草と聞いただけで察したみたいだ。
未達成で当たり前だと、余計な事は聞かず休むように言ってきた。
このまま帰れば面倒な事にはならない。
だけど、そうはいかない。私には訊かなければならない事がある。
「すみません、ちょっといいですか?」
「何だ?」
帰らずに若頭に訊いてみた。
「死んだ人を生き返らせる方法ってありますか?」
「……あったとしても簡単じゃねえだろうな。お前の実力は知らねえが、それは一流と呼ばれる冒険者の誰も出来ねえ事だ。つまりは諦めろって事だ。お前はよく頑張った。そう思って、次に進むんだな」
顔と同じで渋い答えが返ってきた。
労いの言葉を聞いて、思わず泣きそうになった。
だけど、残念だったと泣いて諦めて終わるわけにはいかない。
約束したんだ。何でもいい。手掛かりが欲しい。
「おいおい、まだ諦めねえのか? 若いねぇ~! よぉーし、そんなに知りたきゃ教えてやる。銀貨三枚でな!」
若頭との会話に聴き耳を立てていたみたいだ。
坊主頭が取っ手の付いた木製カップを持って、ニヤニヤした顔で近づいてきた。
酔っ払いの戯言だと無視してもいいけど……
「銀貨三枚でいいの?」
一応これも冒険者だ。何か知っているかもしれない。
財布を取り出して、本当に知っているのか確かめた。
「んおっ? 払うのか?」
「ああ。でも、嘘だったらブッ飛ばす」
「がっはははは! 良いねぇ~! よし、特別にタダで教えてやるよ!」
酔って機嫌が良いみたいだ。本当に知っているなら金貨三枚払ってもいい。
でも、嘘だったらブチ殺す。
——ドゴォン‼︎
「ぐぅ、あがぁっ……‼︎」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
腹にロリコンの右拳がブチ込まれた。
グラグラと意識が飛びそうになっている。
「そんな夢みたいな方法あるわけねえだろうが。馬鹿かテメェー?」
「ぐぅっ、こ、このぉ……」
予定変更だ。今すぐブチ殺す!
坊主頭が冷めた声で馬鹿にするように言ってきた。
息が出来ない程に苦しい。それでも右手を腰の短剣に伸ばした。
「おっと、させねえよ!」
「ぐはあっっ……‼︎」
だけど、右腕を左手で掴まれると、追加の右拳が腹にブチ込まれた。
両足が床から離れて、身体が宙に浮き上がった。
胃の中のものが外に出ようと暴れ回っている。
「速いなら捕まえろってな。まだまだ行くぞ、クソ餓鬼。オラッ!」
「ぐばあっっ‼︎」
右腕を左手で掴まれ逃げられない状態で、ロリコンの右拳のラッシュ(乱打)が始まった。
顔、顔、脇腹……とデタラメで乱暴な嵐のような容赦ない連続攻撃だ。
痛みを感じる前に次の拳が飛んできて、逆に痛みを感じる暇もない。
「お前才能あるよ、悪い意味でな! 冒険者になった初日に人殺してんだからよ。次は誰殺すんだ? 正直、お前みたいなゴミがいると迷惑なんだよ。さっさとゴミ捨て場に帰れってなあ!」
「ぐがぁぁぁ……!」
二十発近くの拳が打ち込まれると、冒険者ギルドの扉から外に投げ飛ばされた。
水浸しの石畳を派手に転がって、ずぶ濡れの身体が更にずぶ濡れになった。
「死人を生き返らせる方法だって? そんなに知りたきゃその怪我治療してくれる医者に聞くんだな! その医者も言うだろうよ、『知らねえってな!』がっはははは!」
「ぁっ……ぅっ……ぐっ……ぐぅぅ」
駄目だ、立てそうにない。馬鹿みたいな奴に馬鹿みたいに殴られた。
右手を地面につけて、何とか立とうとしたけど無理だった。
地面に再び倒れ込むと、そのまま目を閉じてしまった。
もういい。このままここで静かに眠りたい。
パシャパシャパシャ。
「…………」
惨めな私を見ているのだろうか。
水溜まりを踏み付ける音を立てて近づいて来た誰かが、私の側で立ち止まった。
目を開けて確認するのも面倒だ。私の事は放って置いて、さっさと通り過ぎてほしい。
「ルカ先輩」
「…………」
……聞き覚えのある声だ。最近も聞いた事がある声だ。
ぼんやりした頭で思い出しながら目を開けてみた。茶色い革靴が見えた。
私の高校の指定靴と似ている。少し上を見上げると、白い靴下にスベスベ素肌の足が見えた。
「ルカ先輩のこと、ずっと見てましたよ。まさかルカ先輩があんな子供と浮気するなんてショックです。約束したじゃないですか。天国で一緒に幸せになろうって」
「な、なんで……⁇」
こんなの有り得ない。ずぶ濡れの制服を着た有紗がしゃがみ込んで私を見ている。
こんなの夢に決まっている。有紗は地獄に行くべき人間だ。
「でも、大丈夫です。私が我慢すればいいだけですから。それにルカ先輩を傷付ける、こんな最悪の世界じゃなくて、今度こそ二人っきりの天国に行けますから。さあ、ルカ先輩」
「ま、待って……」
い、嫌だ。死にたくない。
有紗が柳刃包丁を右手に持って笑っている。
その包丁の切っ先を私に向けて振り上げた。
ドッスン!
「んんっ、あぁぁ、はぁっっ……‼︎」
左胸を刺された衝撃でビクンと身体が飛び跳ねた。
研ぎ澄まされた刃が私の背中から胸までを貫いた。
「はぁ……ひぃ……は、はぅぁ……ぅゔっ……」
この息も出来ない苦しさは初めての経験じゃない。
二度目で二度とも同じ相手だ。その相手が苦しむ私を見て笑っている。
「うっふふふふ。ルカ先輩が死んだら、またすぐに追いかけますね。今度は浮気したら駄目ですよ♡」
「……っ……ぁっ……」
意識が消えそうだ。ペトラもラナさんも助けられてないのに、駄目なのに……
有紗が左手で私の頬を撫でている。
まだ死ねないのに……助けられなくなるのに……私はこんな所で死んじゃ……
【終わり】
目指すのは宿屋ではなくて、冒険者ギルドだ。
依頼人のペトラに代わって、結果を報告するようにバンダナさんに言われた。
だけど、私は死んだ人を生き返らせる方法がないか冒険者に聞いて回るつもりだ。
左胸から包丁が現れて、その包丁が冷凍庫に変化した。
こんな魔法が存在する世界なら、きっと奇跡の一つぐらい存在している。
ギィィィィ……
「がっはははは‼︎ おんっ?」
冒険者ギルドに到着すると、重い扉を開けて中に入った。
すると椅子に座って馬鹿笑いしていた坊主頭の大男が、私を見て立ち上り向かってきた。
「おいおい、ずぶ濡れじゃねえか? まさか雨の中、存在しない薬草でも探してたのか? ヒュ~、頑張るねぇ~!」
……この顔には見覚えがある。
極悪さんに外まで殴り飛ばされた、ペトラに寄ってきたロリコン変態冒険者だ。
殴られたのに綺麗な顔——ううん、怪我が治っただけの汚い顔をしている。
こんな屑野朗に用はない。さっさとカウンターに向かおう。
「邪魔だよ、退いて」
「おっと、これはこれは失礼しました。どうぞお通りくださませ、王子様。がっはははは‼︎ なんちゃってな」
ムカつく奴だ。酒の臭いがプンプンする。クビにされたはずなのに堂々と居座っている。
男っぽい口調で右手で邪魔だと追い払うと、召使いみたいに恭しくかしこまって退いていった。
馬鹿は相手にするだけ時間の無駄だ。さっさと横を通り過ぎた。
「すみません、依頼の報告をしたいんですけど……」
カウンターに極悪さんはいなかった。
代わりにヤクザの若頭みたいな渋い顔の五十手前のおじさんが座っていた。
「どんな依頼だ?」
「妖精の薬草探しです」
「……なるほど、分かった。ご苦労さん、未達成で処理しておく。早く帰って休むんだな」
どうやらベテランの人みたいだ。妖精の薬草と聞いただけで察したみたいだ。
未達成で当たり前だと、余計な事は聞かず休むように言ってきた。
このまま帰れば面倒な事にはならない。
だけど、そうはいかない。私には訊かなければならない事がある。
「すみません、ちょっといいですか?」
「何だ?」
帰らずに若頭に訊いてみた。
「死んだ人を生き返らせる方法ってありますか?」
「……あったとしても簡単じゃねえだろうな。お前の実力は知らねえが、それは一流と呼ばれる冒険者の誰も出来ねえ事だ。つまりは諦めろって事だ。お前はよく頑張った。そう思って、次に進むんだな」
顔と同じで渋い答えが返ってきた。
労いの言葉を聞いて、思わず泣きそうになった。
だけど、残念だったと泣いて諦めて終わるわけにはいかない。
約束したんだ。何でもいい。手掛かりが欲しい。
「おいおい、まだ諦めねえのか? 若いねぇ~! よぉーし、そんなに知りたきゃ教えてやる。銀貨三枚でな!」
若頭との会話に聴き耳を立てていたみたいだ。
坊主頭が取っ手の付いた木製カップを持って、ニヤニヤした顔で近づいてきた。
酔っ払いの戯言だと無視してもいいけど……
「銀貨三枚でいいの?」
一応これも冒険者だ。何か知っているかもしれない。
財布を取り出して、本当に知っているのか確かめた。
「んおっ? 払うのか?」
「ああ。でも、嘘だったらブッ飛ばす」
「がっはははは! 良いねぇ~! よし、特別にタダで教えてやるよ!」
酔って機嫌が良いみたいだ。本当に知っているなら金貨三枚払ってもいい。
でも、嘘だったらブチ殺す。
——ドゴォン‼︎
「ぐぅ、あがぁっ……‼︎」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
腹にロリコンの右拳がブチ込まれた。
グラグラと意識が飛びそうになっている。
「そんな夢みたいな方法あるわけねえだろうが。馬鹿かテメェー?」
「ぐぅっ、こ、このぉ……」
予定変更だ。今すぐブチ殺す!
坊主頭が冷めた声で馬鹿にするように言ってきた。
息が出来ない程に苦しい。それでも右手を腰の短剣に伸ばした。
「おっと、させねえよ!」
「ぐはあっっ……‼︎」
だけど、右腕を左手で掴まれると、追加の右拳が腹にブチ込まれた。
両足が床から離れて、身体が宙に浮き上がった。
胃の中のものが外に出ようと暴れ回っている。
「速いなら捕まえろってな。まだまだ行くぞ、クソ餓鬼。オラッ!」
「ぐばあっっ‼︎」
右腕を左手で掴まれ逃げられない状態で、ロリコンの右拳のラッシュ(乱打)が始まった。
顔、顔、脇腹……とデタラメで乱暴な嵐のような容赦ない連続攻撃だ。
痛みを感じる前に次の拳が飛んできて、逆に痛みを感じる暇もない。
「お前才能あるよ、悪い意味でな! 冒険者になった初日に人殺してんだからよ。次は誰殺すんだ? 正直、お前みたいなゴミがいると迷惑なんだよ。さっさとゴミ捨て場に帰れってなあ!」
「ぐがぁぁぁ……!」
二十発近くの拳が打ち込まれると、冒険者ギルドの扉から外に投げ飛ばされた。
水浸しの石畳を派手に転がって、ずぶ濡れの身体が更にずぶ濡れになった。
「死人を生き返らせる方法だって? そんなに知りたきゃその怪我治療してくれる医者に聞くんだな! その医者も言うだろうよ、『知らねえってな!』がっはははは!」
「ぁっ……ぅっ……ぐっ……ぐぅぅ」
駄目だ、立てそうにない。馬鹿みたいな奴に馬鹿みたいに殴られた。
右手を地面につけて、何とか立とうとしたけど無理だった。
地面に再び倒れ込むと、そのまま目を閉じてしまった。
もういい。このままここで静かに眠りたい。
パシャパシャパシャ。
「…………」
惨めな私を見ているのだろうか。
水溜まりを踏み付ける音を立てて近づいて来た誰かが、私の側で立ち止まった。
目を開けて確認するのも面倒だ。私の事は放って置いて、さっさと通り過ぎてほしい。
「ルカ先輩」
「…………」
……聞き覚えのある声だ。最近も聞いた事がある声だ。
ぼんやりした頭で思い出しながら目を開けてみた。茶色い革靴が見えた。
私の高校の指定靴と似ている。少し上を見上げると、白い靴下にスベスベ素肌の足が見えた。
「ルカ先輩のこと、ずっと見てましたよ。まさかルカ先輩があんな子供と浮気するなんてショックです。約束したじゃないですか。天国で一緒に幸せになろうって」
「な、なんで……⁇」
こんなの有り得ない。ずぶ濡れの制服を着た有紗がしゃがみ込んで私を見ている。
こんなの夢に決まっている。有紗は地獄に行くべき人間だ。
「でも、大丈夫です。私が我慢すればいいだけですから。それにルカ先輩を傷付ける、こんな最悪の世界じゃなくて、今度こそ二人っきりの天国に行けますから。さあ、ルカ先輩」
「ま、待って……」
い、嫌だ。死にたくない。
有紗が柳刃包丁を右手に持って笑っている。
その包丁の切っ先を私に向けて振り上げた。
ドッスン!
「んんっ、あぁぁ、はぁっっ……‼︎」
左胸を刺された衝撃でビクンと身体が飛び跳ねた。
研ぎ澄まされた刃が私の背中から胸までを貫いた。
「はぁ……ひぃ……は、はぅぁ……ぅゔっ……」
この息も出来ない苦しさは初めての経験じゃない。
二度目で二度とも同じ相手だ。その相手が苦しむ私を見て笑っている。
「うっふふふふ。ルカ先輩が死んだら、またすぐに追いかけますね。今度は浮気したら駄目ですよ♡」
「……っ……ぁっ……」
意識が消えそうだ。ペトラもラナさんも助けられてないのに、駄目なのに……
有紗が左手で私の頬を撫でている。
まだ死ねないのに……助けられなくなるのに……私はこんな所で死んじゃ……
【終わり】
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