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生終話 振り向けばやっぱりいた

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「ひぃぃ! この二人は何ですか⁉︎」

 主人の帰還を床に寝ている強面二人がお出迎えだ。
 ラナさんが悲鳴を上げて動揺している。

「ただの重傷のお客様です。気にしないでください。こっちです」
「あ、ああっ……」

 怖がるラナさんと一緒に二人の横を通り過ぎて、店の奥に見える扉に歩いていく。
 関係者以外入室禁止の監禁ロリコン部屋だ。ガチャリと扉の鍵を開けて、中に入った。

「ペトラ! もう大丈夫よ! お母さんが助けに来たわよ!」

 部屋の中に入ると、すぐにラナさんがペトラに呼びかけた。
 残念ながら地下室にいて、睡眠薬で寝ているから聞こえないと思う。

「お母さん⁉︎ お母さんなの⁉︎ お母さん、助けて‼︎」
「ペトラ! 今、行くからね!」

 あっ、起きてたみたい。床下から扉をドンドン叩きながら返事が返ってきた。

「何処、何処にいるの⁉︎」
「ここだよ! ここにいるよ!」

 ちょっと不思議な光景だ。
 声の方に駆け寄ったラナさんがしゃがみ込んで、何やら床と喋っている。
 二重扉の鍵は安全の為に閉めてきた。自力で出るのは不可能だ。
 ここは鍵と地下室への行き方を知っている私の出番だ。

「退いてください」

 ラナさんにそう言うと、引き出しの一番下三列を抜き取り、仕切りも外した。
 現れた取っ手付きの床板を取ると、今度は地下室への穴が現れた。

「あ、あ、あなた、ペトラをこんな所に閉じ込めて、な、な、何したの……!」

 顔面蒼白で手をブルブル震わせているけど、だから何もしていない。
 被害妄想が酷い過ぎるラナさんを放置して、穴の中に飛び込んだ。

「えいっ! ペトラ、ちょっと静かにしよっか?」
「ひゃあああ‼︎」

 扉を叩かなくても開けてあげる。ドンドン叩くペトラに注意した。
 すると、ゴキブリでも現れたような可愛い悲鳴を上げて静かになった。
 いい子だけど傷付く反応だ。扉の鍵を開けると、もう一つの穴に飛び降りた。

 ガチャリ。

「ペトラぁー、お母さん連れて来たよ」
「お、お母さん……?」

 二重扉の鍵を開けて、気色可愛い部屋に入ると、プルプル震えているペトラに笑顔で教えてあげた。
 それなのにさっきまでラナさんを元気に呼んでいたのに、何故か疑問顔で訊き返してきた。
 ラナさん以外のお母さんがいるなんて聞いてない。お母さんは普通一人しかいない。

「ペトラァ‼︎」
「お、お母さん……?」

 私に続いて穴に降りてきたラナさんが、扉を抜けるとペトラを見て叫んだ。
 でも、ペトラはまだ疑問顔のままだ。やっぱり別人に見えている。
 これで私の気持ちが少しは分かるはずだ。
『誰、この人?』って全然知らない人扱いされて、ショックを受ければいい。

「お、お母さんー‼︎」
「ペトラ‼︎」

 ……えっ?

「もおー、変な人に付いて行ったら駄目って言ってるでしょ!」
「ごめんなさい! でも、お店の中にいたんだもん!」
「そうなのね。でも、もう大丈夫よ。お母さんが守ってあげるからね」
「うん、お母さん! お母さん、ありがとう!」

 なんで? こんなの不公平だよ。
 ペトラがラナさんに向かって走ると抱き着いた。
 絶対にラナさんの顔やスタイルじゃないのに抱き着いた。
 もっと痩せていたし、顔色も悪かった。おっぱいも弾力がなくて豆腐だった。
 私が頑張って豆腐からこんにゃくにしたのに、こんなの不公平過ぎる。

「コネコぉ……」
「ひゃあ! お、お母さんー!」
「…………」

 部屋にいるもう一人の女の子に話しかけようとしたら、驚き、ラナさんに向かって走っていった。
 私がロリコンから救ってあげたのに、酷すぎる。

「わぁっ! えっと……あなたは誰かしら?」
「お母さん、コネコお姉ちゃんだよ。怖がっていた私の事を励ましてくれたんだよ」
「そうなのね。ありがとう、コネコちゃん。それにしても、こんな小さな女の子をこんな部屋にいれるなんて……」

 感動の再会をしていたのに、思い出したようにラナさんが私を睨んできた。
 完全に怒っている。だけど、まだ炎は飛んで来ない。魔法の力は失ったみたいだ。

 それなら一安心だけど、ここに私の居場所があるとは思えない。
 住む家は別の所を探すしかない。今日から仲良し親娘三人で住むといい。

 クスン。これが私に出来る最後の親孝行です。
 涙を飲んで覚悟を決めると、鍵束を床に置いた。

「何か誤解があるみたいだけど、私は出て行くから安心していいよ。この家は好きなように使っていいからね」

 警戒されないように両手を上げると、ゆっくりと出口に向かって移動していく。

「「「…………」」」

 それなのに誰も何も言ってくれない。無言の出て行けオーラを発しているだけだ。

(クスン。お幸せにね)

 出来れば『ありがとう! ありがとう!』のお礼の言葉で感謝されまくりたかった。
 それなのにこんな最後になるなんて……でも、一番の報酬は貰ったから諦めよう。
 ペトラの幸せそうな笑顔が見れただけで充分だ。
 なんて事が笑って言えるぐらい大人になりたい。

「うぅぅ、色々と疲れたよぉ~」

 穴から這い上がり、ロリコン店から外に出た。
 その辺の店で料理買って、お酒飲んで宿屋でぐったり休みたい。

「ルカ先輩っ♪」
「ふぇっ?」

 明るい声に呼ばれて振り向いた。
 そこには黒い制服を着た笑顔の女の子が立っていた。

「……アリサ、どうしてここに? 天国に行かなかったの?」
「私にとって天国はルカ先輩がいる場所なんです」
「アリサ……」

 なんて良い子なんだ。こんなに優しくされたのは生まれて初めてだ。
 いや、絶対に初めてじゃないけど、それぐらい今は嬉しい。

「さあ、ルカ先輩。ラブホテ——宿屋に行きましょう。疲れているなら私が色々マッサージしてあげます♡」

 有紗の優しさがただただ嬉しい。モミモミと優しく両肩を揉んでくれる。
 宿屋に行ったら腰もお願いしようかな? 重いラナさんおんぶして痛めた気がする。

「うん、行こっか。ありがとうね、アリサ」
「いえいえ。気にしないでください。私がやりたくてやるんですから!」
「うん、そうだね」

 有紗に大切な事を教わるなんて、まだまだ大人の女には程遠いみたいだ。
 確かにやりたい事をやり遂げたのに、文句を言うなんて贅沢すぎた。
 悲しい気分にさよならして、さっさとお祝いパーティーしよう。

「幸せにね」

 振り返るとロリコン店に向かって、ソッと呟いた。
 今度は少しだけ気持ちを込めて言えた気がする。
 幸せな人にしか幸せは分け与えられないのかもしれないな。

【終わり】
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