糸魔術師の日常

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淑女とは?

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貴族といえば、真っ先に思い浮かべるのが『自分たちとは違う存在』次に『お金持ち』『逆らったらひどい目にあう』『当たり外れが大きい』など。
職業や住んでる街によってだいぶ違うが、どうせ自分たちより裕福で優雅な生活をしてるんだろうな……というのは、誰しも思うだろう。
特に貴族令嬢ともなれば、花よ蝶よの世界。 平民の娘みたいに料理したり、時には動物を締めて肉として捌いたりなど縁遠い、華やかな世界の住人だと認識している事だろう。
エグジムだってそれは同じだった。
そう、同じ『だった』。

「せあっ!!」
「ピギャ!」

まるで夜空に浮かぶ三日月の如く、緩やかな日差しに照らされた森の中で翻る蹴りが、不幸なゴブリンの頭があった位置を振り抜いた。
蹴りを受けたゴブリンは側頭部が凹み、足は地面から浮き上がり、全くの抵抗が出来ないまま蹴りの威力に屈して半回転。落ち葉の降り積もる柔らかな地面へと頭から撃ち落とされた。
ゴキっと、生々しい音をさせ首が折れ、しばらく痙攣したゴブリンは間もなく全ての生命活動を終える。
花よ蝶よ? なんの戯言だろう。むしろ平民にここまで凶悪な回し蹴りが打てるだろうか。
伯爵令嬢、これが普通なのだろうか。

「全く、歯ごたえがありませんわ、ね!」

言葉の終わらぬうち、振り向きもせず繰り出した後ろ蹴りで背後から奇襲を仕掛けようとしていたゴブリンの鳩尾を撃ち抜く。
血の混じった悲鳴をあげたゴブリンは背後の木に叩きつけられ、力なく地面へとずり落ちていった。

「……」
「……どうしたのかしら? そのような複雑な顔をなさって」
「いや、強いなーと……」
「ゴブリン数匹ごときに大げさですわよ。あんなもの、傭兵でも無い平民の農家でも勝てますわ」

確かに勝てる。しかし一体の錆びた武器を持つゴブリンに対し、農具などの武器を持った健康な農民が三人以上いれば、だが。それでも無傷は難しい。

「あ、また来ましたわね」

振り向きざまの裏拳。側頭部にそれを受けて吹き飛ぶゴブリン。そのまま川に落ちてプカリプカリと流れていった。
一応糸を手に持っているが、全く活躍の機会がない。
手慰みというか、少しは仕事しなければと見覚えのある薬草を摘んでは袋に入れ、血吸い虫を手で追い払う。
一方、いくらか格闘により乱れた黒髪を手櫛で整え一息つくユーリに疲れの色は見えず余裕十分な様子。男として情けないが頼もしい。

「強いな、ユーリは」
「これでも入試の実技はトップですのよ?」
「実技っていうと、魔術の?」
「そう。魔術のですわ。私、地属性の魔術が得意ですので身体強化の効率が良いんですの。格闘に見えて実は魔術なのです」

どうだ! と言わんばかりに胸を張って自慢げな顔をするユーリ。立派な胸部が殊更に強調され、エグジムの視線は宙を泳ぎまくる。

「な、なるほど。どこからそんな力が出てるのかなって思ってたけど、身体強化なんて魔術があるんだね」
「そこからですの?」
「いやそこでキョトンとされても。こちとら平民なんで、魔術の勉強とか正式にはやってないからね?」

普段使う魔術なら「どう使えば良いか」を親から子へ、親が使えないなら近所の人から習えば済む。それも火種や洗濯用の水、浄化など日常生活で使う便利魔法程度だ。
戦闘で使うような魔法など傭兵になる人しか知らず、そういった傭兵も先輩傭兵から習うのが普通だ。もちろん、小難しい理論など知らんとばかりの実践式で。これは平民出身の下級兵士であっても変わらない。
魔法の種類や理論を学ぶなど、ある意味贅沢な事なのだ。

「なるほど、ならば今度私が勉強した本を貸して差し上げますわ。知識はあって無駄にはなりませんよ」
「おお。ありがたい……でも仕事がなぁ」
「ゆっくり読めば良いですわ。たまには私も、その、教えて差し上げても良いですし」
「え、ホントに?」
「二言はありませんわ! さあ、先にこっちの仕事を終わらせますわよ! ゴブリンを掃除しに来た訳じゃ無いのでしょう?」
「そらそうだ。目当てはポイズンスパイダーにグリーンモスの繭……と、さっそくあった」

見た目は大きなボールだろうか。人の頭部ほどの大きさがある白い球体が、同色の糸で木の幹に固定されている。

「これですの?」

興味本位で近寄り、指でつつくユーリ。弾くような受け入れるような、微妙な弾力に驚きすぐに指を引っ込めていた。

「そうこれ。これをこうして、木の幹から引き剥がす。繭が大事だから傷つけないように。ほいとれた」

木に付着した糸を、なるべく繭から遠い位置で切り落とし、丁寧に引き剥がしていく。
グリーンモスの繭は本体は木に接合しておらず、あくまで固定しているのは周囲の糸。それらを切除すれば案外すんなりと繭は剥がれ落ち、エグジムの腕にすっぽりと収まった。

「ほらユーリ」
「わっ! いきなり渡さないで下さい! でも、意外に軽いんですのね?」
「その中は空洞だからね」
「空洞ですの? 虫の繭なのでしょう?」
「もう羽化した後なんだよ。つまりは抜け殻」

グリーンモスは幼虫では大人の腕ほどもある巨大な芋虫だが、繭に入り成体となるとふた回り以上は確実に小さくなる。しかも大きさのほとんどは羽なので、本体はさらに小さい。
成体となったグリーンモスは繭に自身が通れる程度の穴を開け、そこから飛び立つ。そのため繭はそのまま綺麗に残ることになる。
中身が空洞なため、一度採取してしまえば折りたたんで収納できる。初見はデカイが意外に量を集められるのも魅力だ。

「へー。折りたたんでも良いんですのね」

ユーリも意外なのか、目を丸くしている。

「剥がすときに傷をつけなきゃ大丈夫。折れたくらいは問題ないからね」
「そうなんですの。あ、向こうにもありましたわ! 私行ってきます!」

あっという間に少し離れた繭まで駆け寄ると、地面から引き抜いたナイフで固定糸を切断し繭を丁寧に採取している。おそらく得意と言っていた土の属性魔術で作ったナイフだろうが、器用なことをするものだと感心する。

「とれましたわー!」

取り出した繭を両手で抱えて駆け寄ってくるユーリ。ナイフはその辺に投げ捨てられ、魔術が解除されたのか、細かな砂になって消えていった。

「少し難しいですのね。新鮮な体験でしたわ。あとはこれを折り曲げるんですのね? おぉ、意外にすんなりと曲がりますのね」
「それはユーリの力が強いから……」

変態中の本体を外敵から守る為の殻。脆いはずがない。曲げられない程ではないが、それなりに頑丈なので気合を入れて曲げなければならない。
それをユーリ、まるで紙を畳むかのごとく折り曲げている。

「何か言いまして?」
「え、力が……」
「もうこれ以上曲がりませんわ。後はお願いしますね」
「えっ?」

八割ほどすでに曲がってる繭を強引に渡されたエグジムは目をぱちくり。若干大股で次の繭を切り離しだしたユーリを、ぽかんとした何とも間の抜けた顔で見送った。

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