糸魔術師の日常

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追われる2人

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「わりと数ありますのね。幾つくらい必要ですか?」

冬を繭で乗り切ったグリーンモスは春を迎えると同時に大人になる。故に春先である今の時期には大量の抜け殻を見つけることが出来る。
鮮度も良く劣化もないので、素材として狙い目なのだ。
しかし、だからといって人が持てる量には限度というものがある。
噂には見た目の容量以上に物が入る荷袋があると言われているが、持ってたとして貴族くらいなものだろう。これだけを持ち帰る訳にはいかない。

「他に素材も欲しいし……んー、なんかこの辺、ゴブリン以外に魔物いないかな? あんまり危険じゃないやつ」
「危険じゃない魔物ですの? 先ほどの傭兵さん達に聴いておけば良かったですわね」
「さすがにもう都市にむけて出発してるだろうし、困ったな」

確かポイズンスパイダーがいることは覚えているから、それを確保したら帰ろうか。ポイズンスパイダーの毒は解毒薬を持ってきてるので問題ないし、あの糸は使い勝手がいい。伸縮性も耐久性も、あと感覚でしかないが魔力の馴染みも良い気がする。

「ねえ、エグジム」

さてポイズンスパイダーはどの辺にいるのかな、と周囲を見渡すエグジム。ちょうど手のひらサイズくらいの大きさがある蜘蛛なので、居たら目立つはず。

「ねえ、エグジム!」
「ん? どしたのユーリ」
「何か、きてますわよ?」
「え?」
「ほら騒がしいですし」

確かに言われてみれば森の奥が騒がしい。むしろ騒がしいのレベルじゃない気がする。

「こっちに来てるね」
「ゴブリンに……人の悲鳴ですわね?」

今から逃げるにも間に合わない。それなら場所を整えて迎え撃とう。
ポーチから取り出したポイズンスパイダーの糸に魔力を纏わせ、周囲へと散らしていく。地面から数センチ上、草むらに隠すようにして木の間に撓みなく張り詰める。
加えて少し加工した普通の糸を所々に設置する。まるで自分が蜘蛛になったかのような気分になってきた。
ユーリの方も魔力を整え、迎撃する木満々だ。この令嬢はどうも好戦的すぎないだろうか。口元が楽しそうに緩んでいる。

「さぁ、来なさい」


傭兵家業とは依頼を受け達成して報酬を受け取る、そんな日雇いに近い仕事形態となる。
その依頼も千差万別であり、街の便利屋から薬草などの採取、魔物の討伐、更には貴族の私兵団要員など多岐にわたる。無節操といえば傭兵とでも言い換えられそうな程だ。
だが本当に選択肢が多いのは信頼や実績のある傭兵にのみ。ミーファ達みたいな駆け出しの傭兵には街の便利屋か簡単な採取、危険度の低い魔物の討伐くらいしか受けられる依頼はない。失敗する可能性の高い傭兵に依頼を受けさせるのは、ギルドの信頼にも関わるからだ。割は悪いが、そういった仕事からコツコツと信頼を積むのが傭兵としての一般的なキャリアコースだ。
大抵の新人傭兵はまどろっこしいと、初めから魔物討伐など華々しい依頼を受けたがるが、大抵はギルド職員に窘められて終わる。
若手には不満だろうが、それなりに理に叶った話でもあるのだ。

「ちょ、これ、むりっ!」

背後に群がるゴブリンの群れ、そして続くのは岩石のような皮膚を持つロックリザードという状況にミーファは半泣きで叫んだ。

「だから、注意されたんだよ! あまり奥には行くなって!」

共に逃げているレミが木の根を飛び越えながら返事をした。
ゴブリンはいわゆる低級の魔物であり、駆け出しの傭兵でも狩れると言われる数少ない獲物の1つと言われている。作物を荒らしたり集団で旅人を襲い食らうために害獣指定されており、討伐の証明として耳を切り取りギルドへ提出すれば賞金を獲得できる。あまり高い額ではないが、新人には無視できない稼ぎだ。
しかしゴブリン、低級とはいえ魔物であり、駆け出しの傭兵が一筋縄で、とはいかない。
だいたい駆け出し1人が安定して相手にできるのは一度に2匹までと言われている。ゴブリンが武装していれば一対一が基本だ。

「新人教導で指導されたの、今すっごい分かる! これ怖い!!」
「いってる場合じゃないでしょ! 走る走る!!」
「分かってるわよ!!」

ゴブリンは弱いというイメージがどうしてもつきやすい。故に舐めてかかる新人が後を絶たない。たとえギルドで登録時に受ける講習があり、そこで指導を受けていたとしてもだ。
そんな新人が多いため、実はゴブリン、隠れて『新人の壁』とも言われている。壁を超えられない傭兵は便利屋のような日雇いで終わるか、死ぬか。新人が死ぬ原因の上位が常に『ゴブリンとの戦闘』といえば分かるだろう。命のやり取りに慣れてない新人が、躊躇いながら戦える甘い世界では無いのだ。

「前に枝! 頭下げて!!」
「はいはいっ!」

頭の位置にせまる枝を回避して駆けるミーファとレミ。低い背丈のため、特に回避せず身軽に迫るゴブリン。そして邪魔な枝は蹴散らして迫るロックリザード。
ゴブリンを2人で三匹ほど狩り、なんだか行けそうだと思って森の奥側へと進んだのが運の尽きだったか。
後悔で泣きそうになるミーファ。しかし視線の先に2人の少年少女を捉えると、震える声で彼らへと叫んだ。

「逃げて!! ゴブリンにロックリザードまで追ってきてるの!!」

調子に乗って森の奥まで踏み込んで、殺されそうになる失態。その上に年下の彼らまでも巻き込むなんて許せるはずがない。
立ち向かわなきゃ、せめて時間稼ぎくらいの責任はとらなきゃ。そんな思いがミーファの足を鈍らせる。
となりのレミも同じ気持ちなのか、腰の短剣に手が伸びていた。

「ごめん、無茶するかも」
「ん、私も」

たとえ新人でも、自分の失態くらい自分でケリをつけるプライドはある。
お互いにうなずき合い、揃って半回転しゴブリンたちと向かい合う2人。その横を後ろから黒の旋風が駆け抜けた。
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