7 / 57
07 ところ変われば、エルフも人材活用! 4 (素敵な目覚め)
しおりを挟む
「……おと……なおと…直人ったら! 早く起きて、準備しなくていいのかい?」
「う? ……うん……今やるよ……」
「初日から、エルちゃんに遅刻させちゃ、だめだろう? ……学校職員の新学期は、4月1日から始まるんだって、いっつもお前が言ってるだろうに……」
「エルちゃん? …………あああ!!! 母ちゃん、エルフィーナさんは、どうした?」
僕は、昨日の出来事を思い出した。そして、今年度の新学期はまったく今までとは違ったプレッシャーがあったのだと、気付いた。
変だなあ、普通だったら、緊張して夜なんか眠れるはずがないと思っていたのに……緊張もプレッシャーもなく、まるで何事もなかったかのようにぐっすり眠れてしまった。
「可笑しいよね? いつも学校行事の前は緊張して、ソファにまるまって朝まで起きてて、次の日は、早起きしてるのにねえ~。お前、ぐっすりだったじゃないか」
「じゃあ、エルフィーナさんの方が一晩中寝てなかったんじゃないの?」
「……それがさ、エルちゃんも気持ちよさそうに寝てたよ。ただね、女の子は、朝の支度があるだろう、悪いとは思ったけど先に起こしちゃったんだよね」
「ああ、それなら、よかった」
なぜか、母ちゃんは、妙に嬉しそうにしていたが、特に何も言わなかった。そんな話をしているうちに、エルフィーナが身支度を整えてやって来た。
「どうだい、これでどこから見ても学校の先生らしいだろう? ……後は、お前がもう少し体を鍛えれば、若いお嫁さんとも釣り合うからがんばれよ、な!」
最後の部分は、僕にしか聞こえないように小さな声で言って、朝食の準備に行った。
「……どうですか?」
とにかくスタイルがいいので何を着てもよく似合うが、母ちゃんの見立ては大正解だった。
チノパンツなのだが、生地が違う。仕事がしやすいようにと、少し厚手のジャージ生地で出来ているので、伸縮自在だ。
薄いブルーのブラウスに赤のリボン。それに緩めに編んだカーティガンを羽織っている。
カーティガンとパンツは、アイボリーで統一したので、エルフィーナの印象が、より明るく感じた。
「…………着てみて、エルフィーナさんは嫌じゃないですか?」
「お母様が言っていました。これは、戦闘服だと……だから、私は平気です。どんな服でも、戦ってみせます。直人との契約を守るために」
母ちゃんめ……余計なことを言うし。
「えっとね……。エルフィーナさん、戦闘と言うのは、“比喩”だからね。……あ、“比喩”ってわかる?」
「……実際にはないことを、あるもものように例えること、ですね」
「そうそう……」
そうか、最初にエルフィーナさんは、国語辞典の妖精と仲良しになったんだっけ。
「あ! じゃあ、実際に戦闘は起こらないんですね」
「そうだよ。母ちゃんは、そのぐらいのつもりで、仕事を頑張れって、言ったんだと思うんだ」
「はい! わかりました……ならば、とっても気にいっています。実は、戦闘用にしては少し心細かったのですが……そうでなければ、とってもきれいで、他にもいろいろ使っていいよって、見せていただきました」
「ああ、その辺は、母ちゃんのセンスはずば抜けているから、信用していいし、自分の着たいものを着ていいからね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝食後、出勤の準備をしていると、儀式用にと、同じ色のスカートとジャケットも渡された。
ブラウス、リボンはそのままで、スカートとジャケットに着替えれば、とりあえず学校の先生ならどこにでも行けそうだ。
もちろん、校内用の上靴は、バレーボール用運動靴。外用は、通常のスポーツシューズと皮のローファーシューズ。
もちろん、まだ外は雪が残っているので、防寒ブーツと長靴も持たされた。
「直人、今日は車で行きなさい。他にも持っていく物あるだろう?」
「ああ、そうするわ………今、リモコンでエンジンをかけておくから」
すぐに使う物ばかりではなく、とりあえず車に乗せておいて、暇なときに降ろすことにした。特に新学期は、何が起きるかわからないので、用心に越したことはない。
僕は、茶の間の戸棚から車のリモコンを出してスイッチを入れた。5秒後に〔スタートOK〕の表示が出た。すると、すぐにエルフィーナが走って来て、血相を変えて僕に詰め寄って来た。
「お、お、お前、やっぱり異世界人だったのではないか?」
「落ち着いて、エルフィーナさん。どうしたの?」
「今、外の車とやらが勝手に動き出したぞ。お前の魔法じゃないのか? それとも、おまえも、妖精と話ができるのか?」
僕は、可笑しくて笑いそうになったが、ぐっと我慢して説明した。
「こっちの世界に、魔法を使える人はいないんだ。少なくとも僕は知らない。その代わり、科学技術というのが進んでいて、電波というものを使って、遠くの機械を操ることができるんだ。外の車のエンジンをかけたのは、このリモコンだよ。例えば、このリモコンだとテレビのチャンネルを変えられるんだ。こっちは、部屋の電気を消せるしね。ほら!」
「あああああああ!」
彼女は、本当に驚いていた。
「そうか、こっちの世界では、その“リモコン”で、妖精を動かすんだな」
「いや、違うって……機械しか動かないから。さあ、荷物を積むのを手伝っておくれ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4月とはいえ、朝の6時半だと外気温は、まだマイナスだ。エンジンに余熱を掛け、室内の暖房が効くまで最低10分はかかる。
でもまあ、これだけの荷物を工夫して積まないと、軽4駆には積めそうもないのでちょうどいい時間かもしれないと、僕は思った。
学校へは、車なら5分もかからないので早めに校長と打合せもできるし、丁度いい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さあ、着きましたよ。エルフィーナさんは、上靴だけもってください。僕は、こまごましたものが入った、この段ボールだけ持ちます。後は、この車に積んだままにしておきますので、必要な時に言ってください」
「わかりました」
あちこちにまだ白いものは残ってたが、グラウンドはもうすっかり土が出ていた。たぶん、3月の早い段階に、少年団が融雪剤を撒いたおかげだろう。
確かにあと1週間ほどで入学式だ。
何かと気忙しい季節になるが、今年はいつもと様子が違ってきそうな予感がする。
「直人、行かないのか?」
「ああ、今行くよ。……えっと、エルフィーナさん、申し訳ありませんが、学校では、僕のことを“素田教頭先生”と呼んでくれませんか?……他では、何でもいいから」
「……うん、わかった……スダ教頭先生……これでいいか?」
「ありがとう、エルフィーナさん」
「……じゃあ、私も、学校以外では、“エル”とだけ呼んでくれないか?」
「……そっか、……お互いの頼みは聞くもんだよな……エル」
「よし!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おー待ってたよ、素田教頭先生、エルフィーナ先生」
校長先生は、昨日に増してニコニコとした笑顔で僕達を校長室に迎えてくれた。
「どうしたんですか? 昨日、僕達が帰ってから、何かいいことがあったんですか?」
「お! わかるかい? そう、すべてうまく行ったんだよ。まず、これをエルフィーナ先生に渡しておくよ」
校長先生が渡してくれたのは、なんとエルフィーナの“戸籍”“住民票”“教員免許状”“産休代替え教員採用通知”“健康診結果”等、大里山小学校に勤めるための必要最低限の書類だったんだ。
「どういうことですか? 田中校長先生……」
「私は、何もしとらんよ。……ただ、町の協議会じゃ埒が明かないと思い、県の文共局に問い合わせたところ、すべての書類はもう提出されていて、手続きも済んでいるとのことだったんだ。それで、コピーを送ってもらったわけさ。もう、これで何も障害はなくなったんだ」
「ひょっとして、これが、エルフィーナさんの魔法なのかい?」
「私もよくわからないわ……。でも、あの時、校長先生は、私を呼ぶことは“夢だった”と言ってくれた。そして、最初から一度も、私を疑わなかったわ……。だから、校長先生の夢が実現するようにうまく運んだのかもしれないの……」
「まあ、何でもいいじゃあないですか。何回も言うけど、これで正式にエルフィーナ先生ですからね!」
「はい、わかりました」
「いやあ、それにしても、立派なお姿です。どこから見ても、学校の先生ですよ!」
「いいえ、これは、素田教頭先生のお母様に選んでいただきました」
「ほー……それから、言葉遣いも見違えるように上手になりましたね」
「いいえ、これは、田中校長先生から貸していただいた文庫本が役に立ちました」
「大事なことを聞き忘れていました。私が知っているエルフというのは、特徴的な耳をしているのですが、エルフィーナさんの耳は拝見できません。私達と同じなのでしょうか?」
「そうですね。エルフにもいろいろいて、年齢が増すにつれ、耳だけが成長するものがいたり、はじめから大きな耳を持っていたり、耳は小さいのですが形が少し違ったりするのです。私のは、こんなのです」
髪の毛を避けて見せたエルフィーナの耳は、確かに普通のエルフより小さかった。というより、教頭と同じくらいだった。ただ、ちょっと形が細長かっただけだった。
「おや? 素田教頭先生の耳も細長いじゃありませんか!」
「あははは……親戚なのかな……」
「そうかもしれませんね。それはよっかたです。じゃあ、そろそろ先生達に紹介しますから職員室に行きましょうね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4月1日は学校にとっての仕事始めだ。
まだ、子どもは登校して来ないが、職員には異動があったり、中には退職や新採用などがあったりする。
また、県単位の事業により定数以外の加配される教員がいたり、産休・育休に入る教員の代替えで期限付き採用になる教員がいたりする。
通常は、それらの教員の他に、学習指導はしないが児童の生活の面倒をみる生活支援補助員だとか、特別事務加配補助員だとか、様々な人達がいる。
すべて、採用が間に合えば、この日に集まり、顔合わせを行うのが通例となっているんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エルフィーナは、今回、なかなか見つからなかったということもあり、校長からの紹介は最後になった。
「……詳しい紹介は、お手元のプリントで省略しますが、6年2組の担任をお願いします“エルフィーナ”先生です。事情があって国籍は明かせませんが、日本語には精通していますので心配しないでください。素田教頭先生の遠い遠い親戚だというこが判明しました。ただ、すごく遠いので結婚はできるそうですが……」
「あのう……田中校長先生……余計なことは挟まなくていいですから……」
また、こんなところで、笑いのネタにされてしまった。みんなも、そんなに、笑わなくてもいいのに……。
「ああ、すまんすまん……だから、エルフィーナ先生は、素田教頭先生の家に下宿しています。この国には、まだ慣れていませんから、みんなで助けてあげてほしいです。どうぞよろしくお願いいたします」
職員40名から大きな拍手が巻き起こった。
そして、本人が前に出て、みんなに向かって頭を下げてから、笑顔で……
「私が、エルフィーナと申します。慣れないことが多くて、皆様には、たくさんのご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
と、緊張もなく挨拶を済ませた。
これは職員の度肝を抜いた。流暢な日本語な上に、簡潔で明瞭な内容だった。加えて、なぜか人の心をひきつける音色も持っているようだ。拍手がいつまでも止まらなかったので、僕が軽く咳ばらいをして止めたんだ。
(つづく)
「う? ……うん……今やるよ……」
「初日から、エルちゃんに遅刻させちゃ、だめだろう? ……学校職員の新学期は、4月1日から始まるんだって、いっつもお前が言ってるだろうに……」
「エルちゃん? …………あああ!!! 母ちゃん、エルフィーナさんは、どうした?」
僕は、昨日の出来事を思い出した。そして、今年度の新学期はまったく今までとは違ったプレッシャーがあったのだと、気付いた。
変だなあ、普通だったら、緊張して夜なんか眠れるはずがないと思っていたのに……緊張もプレッシャーもなく、まるで何事もなかったかのようにぐっすり眠れてしまった。
「可笑しいよね? いつも学校行事の前は緊張して、ソファにまるまって朝まで起きてて、次の日は、早起きしてるのにねえ~。お前、ぐっすりだったじゃないか」
「じゃあ、エルフィーナさんの方が一晩中寝てなかったんじゃないの?」
「……それがさ、エルちゃんも気持ちよさそうに寝てたよ。ただね、女の子は、朝の支度があるだろう、悪いとは思ったけど先に起こしちゃったんだよね」
「ああ、それなら、よかった」
なぜか、母ちゃんは、妙に嬉しそうにしていたが、特に何も言わなかった。そんな話をしているうちに、エルフィーナが身支度を整えてやって来た。
「どうだい、これでどこから見ても学校の先生らしいだろう? ……後は、お前がもう少し体を鍛えれば、若いお嫁さんとも釣り合うからがんばれよ、な!」
最後の部分は、僕にしか聞こえないように小さな声で言って、朝食の準備に行った。
「……どうですか?」
とにかくスタイルがいいので何を着てもよく似合うが、母ちゃんの見立ては大正解だった。
チノパンツなのだが、生地が違う。仕事がしやすいようにと、少し厚手のジャージ生地で出来ているので、伸縮自在だ。
薄いブルーのブラウスに赤のリボン。それに緩めに編んだカーティガンを羽織っている。
カーティガンとパンツは、アイボリーで統一したので、エルフィーナの印象が、より明るく感じた。
「…………着てみて、エルフィーナさんは嫌じゃないですか?」
「お母様が言っていました。これは、戦闘服だと……だから、私は平気です。どんな服でも、戦ってみせます。直人との契約を守るために」
母ちゃんめ……余計なことを言うし。
「えっとね……。エルフィーナさん、戦闘と言うのは、“比喩”だからね。……あ、“比喩”ってわかる?」
「……実際にはないことを、あるもものように例えること、ですね」
「そうそう……」
そうか、最初にエルフィーナさんは、国語辞典の妖精と仲良しになったんだっけ。
「あ! じゃあ、実際に戦闘は起こらないんですね」
「そうだよ。母ちゃんは、そのぐらいのつもりで、仕事を頑張れって、言ったんだと思うんだ」
「はい! わかりました……ならば、とっても気にいっています。実は、戦闘用にしては少し心細かったのですが……そうでなければ、とってもきれいで、他にもいろいろ使っていいよって、見せていただきました」
「ああ、その辺は、母ちゃんのセンスはずば抜けているから、信用していいし、自分の着たいものを着ていいからね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝食後、出勤の準備をしていると、儀式用にと、同じ色のスカートとジャケットも渡された。
ブラウス、リボンはそのままで、スカートとジャケットに着替えれば、とりあえず学校の先生ならどこにでも行けそうだ。
もちろん、校内用の上靴は、バレーボール用運動靴。外用は、通常のスポーツシューズと皮のローファーシューズ。
もちろん、まだ外は雪が残っているので、防寒ブーツと長靴も持たされた。
「直人、今日は車で行きなさい。他にも持っていく物あるだろう?」
「ああ、そうするわ………今、リモコンでエンジンをかけておくから」
すぐに使う物ばかりではなく、とりあえず車に乗せておいて、暇なときに降ろすことにした。特に新学期は、何が起きるかわからないので、用心に越したことはない。
僕は、茶の間の戸棚から車のリモコンを出してスイッチを入れた。5秒後に〔スタートOK〕の表示が出た。すると、すぐにエルフィーナが走って来て、血相を変えて僕に詰め寄って来た。
「お、お、お前、やっぱり異世界人だったのではないか?」
「落ち着いて、エルフィーナさん。どうしたの?」
「今、外の車とやらが勝手に動き出したぞ。お前の魔法じゃないのか? それとも、おまえも、妖精と話ができるのか?」
僕は、可笑しくて笑いそうになったが、ぐっと我慢して説明した。
「こっちの世界に、魔法を使える人はいないんだ。少なくとも僕は知らない。その代わり、科学技術というのが進んでいて、電波というものを使って、遠くの機械を操ることができるんだ。外の車のエンジンをかけたのは、このリモコンだよ。例えば、このリモコンだとテレビのチャンネルを変えられるんだ。こっちは、部屋の電気を消せるしね。ほら!」
「あああああああ!」
彼女は、本当に驚いていた。
「そうか、こっちの世界では、その“リモコン”で、妖精を動かすんだな」
「いや、違うって……機械しか動かないから。さあ、荷物を積むのを手伝っておくれ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4月とはいえ、朝の6時半だと外気温は、まだマイナスだ。エンジンに余熱を掛け、室内の暖房が効くまで最低10分はかかる。
でもまあ、これだけの荷物を工夫して積まないと、軽4駆には積めそうもないのでちょうどいい時間かもしれないと、僕は思った。
学校へは、車なら5分もかからないので早めに校長と打合せもできるし、丁度いい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さあ、着きましたよ。エルフィーナさんは、上靴だけもってください。僕は、こまごましたものが入った、この段ボールだけ持ちます。後は、この車に積んだままにしておきますので、必要な時に言ってください」
「わかりました」
あちこちにまだ白いものは残ってたが、グラウンドはもうすっかり土が出ていた。たぶん、3月の早い段階に、少年団が融雪剤を撒いたおかげだろう。
確かにあと1週間ほどで入学式だ。
何かと気忙しい季節になるが、今年はいつもと様子が違ってきそうな予感がする。
「直人、行かないのか?」
「ああ、今行くよ。……えっと、エルフィーナさん、申し訳ありませんが、学校では、僕のことを“素田教頭先生”と呼んでくれませんか?……他では、何でもいいから」
「……うん、わかった……スダ教頭先生……これでいいか?」
「ありがとう、エルフィーナさん」
「……じゃあ、私も、学校以外では、“エル”とだけ呼んでくれないか?」
「……そっか、……お互いの頼みは聞くもんだよな……エル」
「よし!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おー待ってたよ、素田教頭先生、エルフィーナ先生」
校長先生は、昨日に増してニコニコとした笑顔で僕達を校長室に迎えてくれた。
「どうしたんですか? 昨日、僕達が帰ってから、何かいいことがあったんですか?」
「お! わかるかい? そう、すべてうまく行ったんだよ。まず、これをエルフィーナ先生に渡しておくよ」
校長先生が渡してくれたのは、なんとエルフィーナの“戸籍”“住民票”“教員免許状”“産休代替え教員採用通知”“健康診結果”等、大里山小学校に勤めるための必要最低限の書類だったんだ。
「どういうことですか? 田中校長先生……」
「私は、何もしとらんよ。……ただ、町の協議会じゃ埒が明かないと思い、県の文共局に問い合わせたところ、すべての書類はもう提出されていて、手続きも済んでいるとのことだったんだ。それで、コピーを送ってもらったわけさ。もう、これで何も障害はなくなったんだ」
「ひょっとして、これが、エルフィーナさんの魔法なのかい?」
「私もよくわからないわ……。でも、あの時、校長先生は、私を呼ぶことは“夢だった”と言ってくれた。そして、最初から一度も、私を疑わなかったわ……。だから、校長先生の夢が実現するようにうまく運んだのかもしれないの……」
「まあ、何でもいいじゃあないですか。何回も言うけど、これで正式にエルフィーナ先生ですからね!」
「はい、わかりました」
「いやあ、それにしても、立派なお姿です。どこから見ても、学校の先生ですよ!」
「いいえ、これは、素田教頭先生のお母様に選んでいただきました」
「ほー……それから、言葉遣いも見違えるように上手になりましたね」
「いいえ、これは、田中校長先生から貸していただいた文庫本が役に立ちました」
「大事なことを聞き忘れていました。私が知っているエルフというのは、特徴的な耳をしているのですが、エルフィーナさんの耳は拝見できません。私達と同じなのでしょうか?」
「そうですね。エルフにもいろいろいて、年齢が増すにつれ、耳だけが成長するものがいたり、はじめから大きな耳を持っていたり、耳は小さいのですが形が少し違ったりするのです。私のは、こんなのです」
髪の毛を避けて見せたエルフィーナの耳は、確かに普通のエルフより小さかった。というより、教頭と同じくらいだった。ただ、ちょっと形が細長かっただけだった。
「おや? 素田教頭先生の耳も細長いじゃありませんか!」
「あははは……親戚なのかな……」
「そうかもしれませんね。それはよっかたです。じゃあ、そろそろ先生達に紹介しますから職員室に行きましょうね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4月1日は学校にとっての仕事始めだ。
まだ、子どもは登校して来ないが、職員には異動があったり、中には退職や新採用などがあったりする。
また、県単位の事業により定数以外の加配される教員がいたり、産休・育休に入る教員の代替えで期限付き採用になる教員がいたりする。
通常は、それらの教員の他に、学習指導はしないが児童の生活の面倒をみる生活支援補助員だとか、特別事務加配補助員だとか、様々な人達がいる。
すべて、採用が間に合えば、この日に集まり、顔合わせを行うのが通例となっているんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エルフィーナは、今回、なかなか見つからなかったということもあり、校長からの紹介は最後になった。
「……詳しい紹介は、お手元のプリントで省略しますが、6年2組の担任をお願いします“エルフィーナ”先生です。事情があって国籍は明かせませんが、日本語には精通していますので心配しないでください。素田教頭先生の遠い遠い親戚だというこが判明しました。ただ、すごく遠いので結婚はできるそうですが……」
「あのう……田中校長先生……余計なことは挟まなくていいですから……」
また、こんなところで、笑いのネタにされてしまった。みんなも、そんなに、笑わなくてもいいのに……。
「ああ、すまんすまん……だから、エルフィーナ先生は、素田教頭先生の家に下宿しています。この国には、まだ慣れていませんから、みんなで助けてあげてほしいです。どうぞよろしくお願いいたします」
職員40名から大きな拍手が巻き起こった。
そして、本人が前に出て、みんなに向かって頭を下げてから、笑顔で……
「私が、エルフィーナと申します。慣れないことが多くて、皆様には、たくさんのご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
と、緊張もなく挨拶を済ませた。
これは職員の度肝を抜いた。流暢な日本語な上に、簡潔で明瞭な内容だった。加えて、なぜか人の心をひきつける音色も持っているようだ。拍手がいつまでも止まらなかったので、僕が軽く咳ばらいをして止めたんだ。
(つづく)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる