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第1章 一番大切なもの
第1章第5話 伝わるものは……
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まあ、今日の算数もこんなもんかな。
みんなの頭の上の数字も少し大きくなったということは、ちょっとはわかってもらえたということだよな……。
「ところでね。昨日の算数のテスト、うちへ帰ってちゃんと見せたかな?」
「何言っての? 北野先生。見せたに決まってんじゃん」
「そうそう、見せなくても、学級通信に、テストを返す日まで書いてあんだから、バレちゃうでしょ」
「なーんだ。学級通信に書かなかったら、見せないつもりなのかい?」
「そりゃあ、いい点数だったら、見せるけどね」
教室は笑いに包まれたが、一人だけ浮かない顔をしている子がいた。テストは、いつも満点。どの教科もよくできる。人の話は、一を聞いて十を知るタイプだ。
ただ、物分かりが良すぎて、子どもらしさに欠けるというか、大人びているというか、どうもやりにくい。増して、女の子のである。
「どうした? 志津奈。テストを見せて、褒められなかったのか?」
「そんなことないです。ちゃんと、褒められましたよ」
「じゃあ、良かったじゃないか。それにしちゃ、あんまり嬉しそうには見えないけど」
「そうですか?」
「もし、良かったらどんなふうに褒められたか教えてくれるかい」
「ええ、いいですよ。お母さんは、テストを見て、いつもは点数を褒めるのに、今回は、字がきれいだとか、選択肢が良かったとか、おまけの問題までやっているとか言って褒めてくれたました」
「ほー、細かいとこまで見てるじゃないか」
「とんでもありません。今言った、褒める箇所は、全部、おとといの夜、テレビの番組でやってた『天才の子を育てる方法』っていうやつの受け売りなんです」
「そんなことないだろう?」
「だって、今回の算数のテストは、いつもより簡単だったから、私ちょっと気を抜いて、字も雑だったし、おまけの問題も間違っていました。……先生ごめんなさい」
「いや、まあ、たまには、……しかたないさ」
「でもね、お母さんったら、いつもは点数しか見ないのに、今回は、点数じゃないところも見てくれたんです。……本当は、もっとちゃんと見てほしかったのに……」
「そっか……」
「……その点、北野先生は、大丈夫ですよね!」
「え?」
「北野先生は、褒めるのへったくそだから……です。」
「え? え?」
「へったくそだから、自分が本当に褒めたくなった時しか褒めないの。だから、北野先生に褒められると、とっても嬉しいんです……」
「え? え? え? ……」
「あれ~、北野先生、なんか赤くなってないですか~?」
「う、うるさいぞ……さあ、休み時間だ。1時間目は、これで、終わりな」
休み時間になって教室に残った子ども達は、ひとしきり笑い転げたが、志津奈だけは、真剣な顔のままだった。
「志津ちゃんは、本当にいつもまじめなんだからなあ」
「なによ、マーちゃんこそ、ちょっと褒められたぐらいで、うかれちゃって」
「いいじゃないか、誰だって、褒められたらうれしいに決まっているだろ。そんなに深く考えることないって。褒められたら、喜んでいいんだよ」
いやあ、まいったなア。褒めるって難しな~。褒められたらみんなうれしいのかとばかり思ってたけど、そんな子ばかりじゃないんだなあ~。
「おや、北野先生、どうしたんですか? そんなに急いでもどられて」
「ああ、鎌田先生。実は、返却したテストを褒められてうれしかったかどうかと、子供達に聞いたんですが、自分ががんばってないところを褒められるとうれしくないというんですよ」
「そりゃそうでしょう。たなからボタモチみたいなことを褒められてもね」
「おまけに、この僕は褒めるのが下手くそだと言うんですよ」
「あら、まあ。正直だこと」
「え? 早央里先生まで。そんなこと言うんですか?」
「いえいえ。ごめんなさい。悪い意味じゃないのよ」
「そうなんですか?」
「そうに決まってるじゃない。その子供は、実際にどう言ったの?」
「えっと……下手くそだけど、本当に褒めたいときだけ褒めるから、褒められると嬉しいって……」
「ほら、いい意味じゃない!」
「さすが、あなたのクラスよね。子供達は、確かな目をもってるわ。人を褒めるということは、とっても難しいの。褒めるというのは、本当に感動したときに心で褒めなきゃ伝わらないものなのね」
早央里先生は、感心したように言ってくれたんだ。
「きっと、あなたは心で褒めないと褒められないのよ。その辺の先生のように、うまく口だけで褒めることができないのね。だから、褒めるのがへったくそって言われたのよ」
そうなのかな? 何となく分かったような気もするけど。でも、これから経験を積んで、先生を続けていくと、心じゃなくて口だけで人を褒めてしまうようになるのかな。
僕は、さっき、真っすぐこっちを向い『うれしい』と、言っていた志津奈の顔を思い出していた。
いつものように2時間目の授業が始まった。
教室にいるたくさんの子供達の頭のちょっと右上には、それぞれ数字が浮かび上がっている。
先生達にしか見えない『憧れの評価ポイント』だ。けれど、だれもそのことは口にしない。評価だって、その数字に頼る先生はいない。
僕の目の前にも子供達がいる。マー君も志津奈もみんな頭に数字をのっけているが、関係ない。彼らの評価は、彼らの言葉だったり、行動だったり、考え方だったりするんだ。
彼らをどうやって褒めるかが、評価だ。志津奈は、自分が頑張ったことを褒められないと怒る。それは、こちらがきちんと評価しないと怒るのと同じだ。マー君は、点数だけ褒めても何をしたか見てくれないと悲しい。
それは、きちんと「人間」を見て評価しないと悲しいということだ。
どんな時でも頭の数字は、飛び出てくる。僕は、その数字に惑わされないできちんと評価ができるだろうか。
ひょっとすると、この数字は、「先生」を試す数字じゃないかと思った。だから、先生達は、この数字が見えるけど、見えないふりをしているんじゃないかと、僕は今思った。
とにかく、まだまだ未熟な僕は、この数字に振り回されないように、子供達をよく見なければダメだと心に決めたんだ。
(第1章 完 ・ 物語はつづく)
みんなの頭の上の数字も少し大きくなったということは、ちょっとはわかってもらえたということだよな……。
「ところでね。昨日の算数のテスト、うちへ帰ってちゃんと見せたかな?」
「何言っての? 北野先生。見せたに決まってんじゃん」
「そうそう、見せなくても、学級通信に、テストを返す日まで書いてあんだから、バレちゃうでしょ」
「なーんだ。学級通信に書かなかったら、見せないつもりなのかい?」
「そりゃあ、いい点数だったら、見せるけどね」
教室は笑いに包まれたが、一人だけ浮かない顔をしている子がいた。テストは、いつも満点。どの教科もよくできる。人の話は、一を聞いて十を知るタイプだ。
ただ、物分かりが良すぎて、子どもらしさに欠けるというか、大人びているというか、どうもやりにくい。増して、女の子のである。
「どうした? 志津奈。テストを見せて、褒められなかったのか?」
「そんなことないです。ちゃんと、褒められましたよ」
「じゃあ、良かったじゃないか。それにしちゃ、あんまり嬉しそうには見えないけど」
「そうですか?」
「もし、良かったらどんなふうに褒められたか教えてくれるかい」
「ええ、いいですよ。お母さんは、テストを見て、いつもは点数を褒めるのに、今回は、字がきれいだとか、選択肢が良かったとか、おまけの問題までやっているとか言って褒めてくれたました」
「ほー、細かいとこまで見てるじゃないか」
「とんでもありません。今言った、褒める箇所は、全部、おとといの夜、テレビの番組でやってた『天才の子を育てる方法』っていうやつの受け売りなんです」
「そんなことないだろう?」
「だって、今回の算数のテストは、いつもより簡単だったから、私ちょっと気を抜いて、字も雑だったし、おまけの問題も間違っていました。……先生ごめんなさい」
「いや、まあ、たまには、……しかたないさ」
「でもね、お母さんったら、いつもは点数しか見ないのに、今回は、点数じゃないところも見てくれたんです。……本当は、もっとちゃんと見てほしかったのに……」
「そっか……」
「……その点、北野先生は、大丈夫ですよね!」
「え?」
「北野先生は、褒めるのへったくそだから……です。」
「え? え?」
「へったくそだから、自分が本当に褒めたくなった時しか褒めないの。だから、北野先生に褒められると、とっても嬉しいんです……」
「え? え? え? ……」
「あれ~、北野先生、なんか赤くなってないですか~?」
「う、うるさいぞ……さあ、休み時間だ。1時間目は、これで、終わりな」
休み時間になって教室に残った子ども達は、ひとしきり笑い転げたが、志津奈だけは、真剣な顔のままだった。
「志津ちゃんは、本当にいつもまじめなんだからなあ」
「なによ、マーちゃんこそ、ちょっと褒められたぐらいで、うかれちゃって」
「いいじゃないか、誰だって、褒められたらうれしいに決まっているだろ。そんなに深く考えることないって。褒められたら、喜んでいいんだよ」
いやあ、まいったなア。褒めるって難しな~。褒められたらみんなうれしいのかとばかり思ってたけど、そんな子ばかりじゃないんだなあ~。
「おや、北野先生、どうしたんですか? そんなに急いでもどられて」
「ああ、鎌田先生。実は、返却したテストを褒められてうれしかったかどうかと、子供達に聞いたんですが、自分ががんばってないところを褒められるとうれしくないというんですよ」
「そりゃそうでしょう。たなからボタモチみたいなことを褒められてもね」
「おまけに、この僕は褒めるのが下手くそだと言うんですよ」
「あら、まあ。正直だこと」
「え? 早央里先生まで。そんなこと言うんですか?」
「いえいえ。ごめんなさい。悪い意味じゃないのよ」
「そうなんですか?」
「そうに決まってるじゃない。その子供は、実際にどう言ったの?」
「えっと……下手くそだけど、本当に褒めたいときだけ褒めるから、褒められると嬉しいって……」
「ほら、いい意味じゃない!」
「さすが、あなたのクラスよね。子供達は、確かな目をもってるわ。人を褒めるということは、とっても難しいの。褒めるというのは、本当に感動したときに心で褒めなきゃ伝わらないものなのね」
早央里先生は、感心したように言ってくれたんだ。
「きっと、あなたは心で褒めないと褒められないのよ。その辺の先生のように、うまく口だけで褒めることができないのね。だから、褒めるのがへったくそって言われたのよ」
そうなのかな? 何となく分かったような気もするけど。でも、これから経験を積んで、先生を続けていくと、心じゃなくて口だけで人を褒めてしまうようになるのかな。
僕は、さっき、真っすぐこっちを向い『うれしい』と、言っていた志津奈の顔を思い出していた。
いつものように2時間目の授業が始まった。
教室にいるたくさんの子供達の頭のちょっと右上には、それぞれ数字が浮かび上がっている。
先生達にしか見えない『憧れの評価ポイント』だ。けれど、だれもそのことは口にしない。評価だって、その数字に頼る先生はいない。
僕の目の前にも子供達がいる。マー君も志津奈もみんな頭に数字をのっけているが、関係ない。彼らの評価は、彼らの言葉だったり、行動だったり、考え方だったりするんだ。
彼らをどうやって褒めるかが、評価だ。志津奈は、自分が頑張ったことを褒められないと怒る。それは、こちらがきちんと評価しないと怒るのと同じだ。マー君は、点数だけ褒めても何をしたか見てくれないと悲しい。
それは、きちんと「人間」を見て評価しないと悲しいということだ。
どんな時でも頭の数字は、飛び出てくる。僕は、その数字に惑わされないできちんと評価ができるだろうか。
ひょっとすると、この数字は、「先生」を試す数字じゃないかと思った。だから、先生達は、この数字が見えるけど、見えないふりをしているんじゃないかと、僕は今思った。
とにかく、まだまだ未熟な僕は、この数字に振り回されないように、子供達をよく見なければダメだと心に決めたんだ。
(第1章 完 ・ 物語はつづく)
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