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4・棘の持ち方
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朝、目覚ましの音に目を覚ますと知らない男性の顔がドアップで映っていた。
驚いて声を上げかけたが、清水さんの家にいる事を思い出して何とか悲鳴を飲み込む。
「(すっぴん……初めて見た……)」
僕は、いつもの女装姿しか知らなかった。
短い黒髪、細い眉と目元、スッと通った鼻筋、シャープな顎のライン、全体的に中性的な印象を受けるけど、喉仏や肩幅でやっぱり男の人なんだと実感する。
「…………んぅ」
じっと観察していると、視線を感じたのかゆっくりと瞼が開かれた。
至近距離で目が合い、お互い無言になる。
数秒後、ハッと息を飲んだ彼は飛び起きた。
「あ、わっ、えっと、俺です!」
「わかってますよ」
一瞬誰だか分からず取り乱した事は伏せておく。
しかし、全身見たら線は細いけど完璧に男性だ。
「なんだか新鮮……男の人だ」
「元々男ですよ」
「そうなんですけど、ちゃんと見たのは初めてだったので」
ベッドで向き合う清水さんの全身をまじまじと眺めていたら、一点に目が釘付けになってしまった。
「あっ……」
「?」
寝巻きのズボンを押し上げているソレに頬が熱くなる。
「あ、あの……」
「……ッッすみません!! 生理現象です!!」
猛ダッシュでトイレへ駆け込んだ清水さん。
残された僕は火照る頬を冷ましながら、フッと違和感を覚えた。
「(……気持ち悪いとか、怖いとか……一切感じなかった。性的興奮じゃなくてただの朝勃ち。なにより相手は清水さんだから、嫌悪が無いのは当たり前かもしれないな……)」
気を遣わせてしまった。
僕も起き上がって洗面所を借りる。顔を洗って目をしっかり覚ます。
「……はぁ」
「ああ、清水さん。おはようございます」
「おはよう、ございます」
トイレから出てきた清水さんに気にしていないとアピールする。
これ以上、気を遣わせるわけにはいかない。
「泊めていただき、ありがとうございます。僕のスーツ、ハンガーにかけてもらってたみたいで……」
「あ、ああ、いえ。皺になるといけないと思ったので。朝ご飯、トーストで良いですか?」
「いや、時間が……そろそろ出勤しないと。よく寝たから」
「そうですか……」
借りた寝巻きを脱いでスーツを着込んでいく。
「……パンツ、新しいの買って返します」
「いいですよ。貰ってください」
「はぁ……清水さんに甘えてばっかで、自分が情け無いです。僕の方がしっかりしてないといけないのに……」
僕の方が年上だし、社会人としても先輩なのに。
「良いじゃないですか。そんな時もありますよ。俺は、伊織さんに甘えられるのも頼られるのも嬉しいです。また、嫌な事あったら俺んちを避難所にしてください」
「清水さん……」
「なんなら今度、合鍵渡しますけど?」
「そこまではいいです!」
「はは、そうですかぁ。行ってらっしゃい」
そんなやり取りをして清水さん宅を後にした。
今日は痴漢に遭わず爽やかな気持ちで出社出来た。
今度、何かお礼しよう。
※※※
社員食堂にて。
「あ、佐々木さん。昨日はどうもお手数をおかけしました。こちら、つまらないものですが、良かったら」
「おお、こりゃご丁寧に。わざわざありがとな。帰り大丈夫だったか?」
「……あー……」
「お前さぁ……一回お祓い行った方がいいんじゃねえの?」
真顔で心配された。
最早、憑き物レベルで痴漢を引き寄せてる。清水さんのお陰で気を持ち直せたけど、佐々木さんの言う通り、お祓いを一度真剣に考えた方が良いかも。
僕は唸りながら近場の払い屋や占い師を調べたが、金額が高過ぎて速攻諦めた。
昼休みを終えて、仕事に戻ってからはそんな事も忘れて定時になんとか間に合う形でキリを付けた。
「お先に失礼します」
「お疲れ様でした」
同僚達に軽く挨拶をし、帰路につくが駅へ向かう足取りは重い。
「はぁ……」
清水さんと無事に合流出来るか、わからない。昨日があんなに酷い日だったんだから今日くらい平穏に過ごさせてくれ。
「そこの兄ちゃん」
「…………」
「そこの……はぁ……ド変態ホイホイ」
「あ?」
「自覚ありか……」
なんとなく呼ばれた気がして、声がした方を見ると建物と建物の間で露店を開いている老人がいた。
白髪頭に長い髭を蓄えている。
僕と目が合った彼は、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。
「……人の顔見て、なんですか」
「いや、よくそれで今まで無事に生きて来れたのぅと感心していたところじゃ」
「無事じゃないっての」
僕の返しを無視して、彼は僕をジッと見つめる。
その視線に耐えられず目を逸らすと、彼の口元が小さく弧を描いた。
「ちょいと寄ってかんか? 五〇〇円じゃ」
「……本当に?」
「マジマジ」
こんな交通量の多い場所で、詐欺は無いだろうけど、胡散臭い。
でも、五〇〇円か。
占いとか、そういう類いだろうけど、まぁ、いっか。
「じゃ、先払いします」
「話しがくだらなかったらすぐさま去る気じゃな? まぁ、それで良い」
「?」
「お兄さん、痴漢……よく遭うじゃろ」
「は!?」
見ず知らずの、初対面のお爺さんにズバリ言い当てられ、僕は思わず後ずさった。
そんな僕の反応を楽しんでいるのか、彼はカラカラと笑う。
「アンタは棘の無い薔薇じゃ。魅せられて触りたがる者が多い」
「……なんで、そんなの、どうやって」
「私は目が悪い所為か、人と捉え方が違うようで、なんとなーくその者の気の流れが見える。……まぁ、この力のおかげで食いっぱぐれる事はないがな」
申し訳無いが、僕は目が悪いらしい彼への警戒心が解けず、そのまま立ち去ろうとした。が、彼が言葉を続けた事で足を止めた。
「お兄さんに棘の持ち方を教えてやろう」
「棘? それって、痴漢対策って事?」
「興味あるなら、しっかり聞いとくれ」
立ち去りかけたが、僕は再びお爺さんに向かい合った。
「まず、お兄さんはコンプレックスの煮凝りじゃ」
「めっちゃ言うじゃん」
「そこをまず受け入れるところから始め、次に大事な人を作ると良い」
「大事な人?」
「親友や恋人、人生の推し……あたりかのぉ」
今のところピンと来ないが、内容は理解出来ている。
「以上」
「……ん? 待ってください。コンプレックス受け入れて、大事な人を作れ……それだけですか??」
「それだけじゃよ。アンタは自分が思っとるより愛情深い男じゃ。それを棘にするステップは二つで充分」
……僕はさっき『それだけ?』って言ってしまったが、お爺さんの言うステップ①もステップ②も、難関問題だ。
コンプレックスとか、変質者を寄せるこの身体を受け入れろなんて無茶な話だ。
「引き止めて悪かったのぉ。話しは終いじゃ」
「……なんで、僕に声をかけたんですか?」
「前から見かけはしとったんじゃが、最近妙な気の下膨れが見える。厄介なのに絡まれとると感じて老婆心でな」
厄介なの……朝に来るヤバいストーカー痴漢の事かもしれない。
「……ありがとうございます。参考にします」
「ああ。お気を付けて」
お爺さんと別れてから、僕は駅へ向かい電車へ乗った。
お爺さんの言ったステップの事が頭の中をぐるぐると巡る。
完全に真に受けてしまっているが、痴漢や変質者に怯えず暮らせるなら僕は藁にも縋る思いだ。
しかし、やはり難問には違いない。
「あ、清水さん」
「伊織さん、今日は大丈夫そうですね。良かった」
「……あ」
ステップの順番を入れ替えても問題はきっと無いはず。
今、清水さんが一番大事な人に近しい。
「? 伊織さん、どうしました?」
「(けど、僕が一方的に想いを寄せて良いんだろうか? 相手にも大事だと想ってもらわないと……)」
「……伊織さん」
清水さんの声にハッとする。
考え事をしていて、周りの音をシャットアウトしていた。
そして、目の前には心配そうな表情をした清水さん。
そういえば、前に聞きそびれた話があったのを思い出した。
「清水さん……」
「ぁはい」
「どうして、そんなに僕の事大切にしてくれるんですか?」
「!」
ギョッと目が見開かれる。
その様子に僕の方が驚いたが、彼はすぐに苦笑を浮かべた。
困ったような、でもどこか嬉しそうな笑顔。
「……俺が、そうしたいからです」
「え?」
「ちゃんとした理由を言わなきゃダメですか……?」
いつもの凛とした女性の姿は無く、今は年相応の男性に見える。
僕よりもずっと頼り甲斐のある彼だけど、こんな風に照れる事もあるんだ。
僕と彼はお互いに見つめ合いながら黙り込んだ。
電車の揺れに合わせて身体が触れ合う。
清水さんの手が握り棒を掴む僕の手に重なった。
彼の手は大きく、指が長い。
ゴツゴツした大きな手が優しく包み込むように僕の手を包む。
最近冷え込んで、手先が冷えているのもあって彼の体温をより鮮明に感じ、ドキドキすると同時に安心感を覚えた。
僕はフッと、ある事が頭を過った。
「(清水さんなら……触られても、嫌じゃない。むしろ、もっと触って欲しい、かも)」
すごい羅列が脳内に浮かんでは消えていった。
自分の考えた事を自覚するなり、僕は慌てて首を横に振る。
「伊織さん、大丈夫ですか? 何かありました?」
「ぁ、こっちの話……」
清水さんに心配をかけてしまった。
彼は優しいから、きっと僕の様子が変だったら気にしてしまうだろう。
僕の思考がおかしな方向へ行きかけた時、ちょうど清水さんの目的の駅に到着した。
触れていた手が離れていくのが、こんなにも寂しく感じるなんて……。
「(僕、もしかして……いや、まさか……ね?)」
帰宅してから、僕はベッドの上で悶々と過ごしていた。
大事な人……清水さんと親友になれると思ってた。けど、僕のこの感情の形は親友に当て嵌まらない気がする。
別の意味で特別な……そんな感じがしてならない。
この気持ちが、恋愛感情かどうかわからない。
もし、仮に、本当にこれが恋だとしても相手は同性だ。女装が趣味なだけで、清水さんは男性なんだ。
やっぱり、ダメだ。いくらなんでも、それは……迷惑を通り越して、恩を仇で返す事になる。
「(きっと、気の迷いだ。お爺さんの言葉を真に受け過ぎてる……)」
この気持ちは忘れよう。
それがお互いの為だ。
驚いて声を上げかけたが、清水さんの家にいる事を思い出して何とか悲鳴を飲み込む。
「(すっぴん……初めて見た……)」
僕は、いつもの女装姿しか知らなかった。
短い黒髪、細い眉と目元、スッと通った鼻筋、シャープな顎のライン、全体的に中性的な印象を受けるけど、喉仏や肩幅でやっぱり男の人なんだと実感する。
「…………んぅ」
じっと観察していると、視線を感じたのかゆっくりと瞼が開かれた。
至近距離で目が合い、お互い無言になる。
数秒後、ハッと息を飲んだ彼は飛び起きた。
「あ、わっ、えっと、俺です!」
「わかってますよ」
一瞬誰だか分からず取り乱した事は伏せておく。
しかし、全身見たら線は細いけど完璧に男性だ。
「なんだか新鮮……男の人だ」
「元々男ですよ」
「そうなんですけど、ちゃんと見たのは初めてだったので」
ベッドで向き合う清水さんの全身をまじまじと眺めていたら、一点に目が釘付けになってしまった。
「あっ……」
「?」
寝巻きのズボンを押し上げているソレに頬が熱くなる。
「あ、あの……」
「……ッッすみません!! 生理現象です!!」
猛ダッシュでトイレへ駆け込んだ清水さん。
残された僕は火照る頬を冷ましながら、フッと違和感を覚えた。
「(……気持ち悪いとか、怖いとか……一切感じなかった。性的興奮じゃなくてただの朝勃ち。なにより相手は清水さんだから、嫌悪が無いのは当たり前かもしれないな……)」
気を遣わせてしまった。
僕も起き上がって洗面所を借りる。顔を洗って目をしっかり覚ます。
「……はぁ」
「ああ、清水さん。おはようございます」
「おはよう、ございます」
トイレから出てきた清水さんに気にしていないとアピールする。
これ以上、気を遣わせるわけにはいかない。
「泊めていただき、ありがとうございます。僕のスーツ、ハンガーにかけてもらってたみたいで……」
「あ、ああ、いえ。皺になるといけないと思ったので。朝ご飯、トーストで良いですか?」
「いや、時間が……そろそろ出勤しないと。よく寝たから」
「そうですか……」
借りた寝巻きを脱いでスーツを着込んでいく。
「……パンツ、新しいの買って返します」
「いいですよ。貰ってください」
「はぁ……清水さんに甘えてばっかで、自分が情け無いです。僕の方がしっかりしてないといけないのに……」
僕の方が年上だし、社会人としても先輩なのに。
「良いじゃないですか。そんな時もありますよ。俺は、伊織さんに甘えられるのも頼られるのも嬉しいです。また、嫌な事あったら俺んちを避難所にしてください」
「清水さん……」
「なんなら今度、合鍵渡しますけど?」
「そこまではいいです!」
「はは、そうですかぁ。行ってらっしゃい」
そんなやり取りをして清水さん宅を後にした。
今日は痴漢に遭わず爽やかな気持ちで出社出来た。
今度、何かお礼しよう。
※※※
社員食堂にて。
「あ、佐々木さん。昨日はどうもお手数をおかけしました。こちら、つまらないものですが、良かったら」
「おお、こりゃご丁寧に。わざわざありがとな。帰り大丈夫だったか?」
「……あー……」
「お前さぁ……一回お祓い行った方がいいんじゃねえの?」
真顔で心配された。
最早、憑き物レベルで痴漢を引き寄せてる。清水さんのお陰で気を持ち直せたけど、佐々木さんの言う通り、お祓いを一度真剣に考えた方が良いかも。
僕は唸りながら近場の払い屋や占い師を調べたが、金額が高過ぎて速攻諦めた。
昼休みを終えて、仕事に戻ってからはそんな事も忘れて定時になんとか間に合う形でキリを付けた。
「お先に失礼します」
「お疲れ様でした」
同僚達に軽く挨拶をし、帰路につくが駅へ向かう足取りは重い。
「はぁ……」
清水さんと無事に合流出来るか、わからない。昨日があんなに酷い日だったんだから今日くらい平穏に過ごさせてくれ。
「そこの兄ちゃん」
「…………」
「そこの……はぁ……ド変態ホイホイ」
「あ?」
「自覚ありか……」
なんとなく呼ばれた気がして、声がした方を見ると建物と建物の間で露店を開いている老人がいた。
白髪頭に長い髭を蓄えている。
僕と目が合った彼は、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。
「……人の顔見て、なんですか」
「いや、よくそれで今まで無事に生きて来れたのぅと感心していたところじゃ」
「無事じゃないっての」
僕の返しを無視して、彼は僕をジッと見つめる。
その視線に耐えられず目を逸らすと、彼の口元が小さく弧を描いた。
「ちょいと寄ってかんか? 五〇〇円じゃ」
「……本当に?」
「マジマジ」
こんな交通量の多い場所で、詐欺は無いだろうけど、胡散臭い。
でも、五〇〇円か。
占いとか、そういう類いだろうけど、まぁ、いっか。
「じゃ、先払いします」
「話しがくだらなかったらすぐさま去る気じゃな? まぁ、それで良い」
「?」
「お兄さん、痴漢……よく遭うじゃろ」
「は!?」
見ず知らずの、初対面のお爺さんにズバリ言い当てられ、僕は思わず後ずさった。
そんな僕の反応を楽しんでいるのか、彼はカラカラと笑う。
「アンタは棘の無い薔薇じゃ。魅せられて触りたがる者が多い」
「……なんで、そんなの、どうやって」
「私は目が悪い所為か、人と捉え方が違うようで、なんとなーくその者の気の流れが見える。……まぁ、この力のおかげで食いっぱぐれる事はないがな」
申し訳無いが、僕は目が悪いらしい彼への警戒心が解けず、そのまま立ち去ろうとした。が、彼が言葉を続けた事で足を止めた。
「お兄さんに棘の持ち方を教えてやろう」
「棘? それって、痴漢対策って事?」
「興味あるなら、しっかり聞いとくれ」
立ち去りかけたが、僕は再びお爺さんに向かい合った。
「まず、お兄さんはコンプレックスの煮凝りじゃ」
「めっちゃ言うじゃん」
「そこをまず受け入れるところから始め、次に大事な人を作ると良い」
「大事な人?」
「親友や恋人、人生の推し……あたりかのぉ」
今のところピンと来ないが、内容は理解出来ている。
「以上」
「……ん? 待ってください。コンプレックス受け入れて、大事な人を作れ……それだけですか??」
「それだけじゃよ。アンタは自分が思っとるより愛情深い男じゃ。それを棘にするステップは二つで充分」
……僕はさっき『それだけ?』って言ってしまったが、お爺さんの言うステップ①もステップ②も、難関問題だ。
コンプレックスとか、変質者を寄せるこの身体を受け入れろなんて無茶な話だ。
「引き止めて悪かったのぉ。話しは終いじゃ」
「……なんで、僕に声をかけたんですか?」
「前から見かけはしとったんじゃが、最近妙な気の下膨れが見える。厄介なのに絡まれとると感じて老婆心でな」
厄介なの……朝に来るヤバいストーカー痴漢の事かもしれない。
「……ありがとうございます。参考にします」
「ああ。お気を付けて」
お爺さんと別れてから、僕は駅へ向かい電車へ乗った。
お爺さんの言ったステップの事が頭の中をぐるぐると巡る。
完全に真に受けてしまっているが、痴漢や変質者に怯えず暮らせるなら僕は藁にも縋る思いだ。
しかし、やはり難問には違いない。
「あ、清水さん」
「伊織さん、今日は大丈夫そうですね。良かった」
「……あ」
ステップの順番を入れ替えても問題はきっと無いはず。
今、清水さんが一番大事な人に近しい。
「? 伊織さん、どうしました?」
「(けど、僕が一方的に想いを寄せて良いんだろうか? 相手にも大事だと想ってもらわないと……)」
「……伊織さん」
清水さんの声にハッとする。
考え事をしていて、周りの音をシャットアウトしていた。
そして、目の前には心配そうな表情をした清水さん。
そういえば、前に聞きそびれた話があったのを思い出した。
「清水さん……」
「ぁはい」
「どうして、そんなに僕の事大切にしてくれるんですか?」
「!」
ギョッと目が見開かれる。
その様子に僕の方が驚いたが、彼はすぐに苦笑を浮かべた。
困ったような、でもどこか嬉しそうな笑顔。
「……俺が、そうしたいからです」
「え?」
「ちゃんとした理由を言わなきゃダメですか……?」
いつもの凛とした女性の姿は無く、今は年相応の男性に見える。
僕よりもずっと頼り甲斐のある彼だけど、こんな風に照れる事もあるんだ。
僕と彼はお互いに見つめ合いながら黙り込んだ。
電車の揺れに合わせて身体が触れ合う。
清水さんの手が握り棒を掴む僕の手に重なった。
彼の手は大きく、指が長い。
ゴツゴツした大きな手が優しく包み込むように僕の手を包む。
最近冷え込んで、手先が冷えているのもあって彼の体温をより鮮明に感じ、ドキドキすると同時に安心感を覚えた。
僕はフッと、ある事が頭を過った。
「(清水さんなら……触られても、嫌じゃない。むしろ、もっと触って欲しい、かも)」
すごい羅列が脳内に浮かんでは消えていった。
自分の考えた事を自覚するなり、僕は慌てて首を横に振る。
「伊織さん、大丈夫ですか? 何かありました?」
「ぁ、こっちの話……」
清水さんに心配をかけてしまった。
彼は優しいから、きっと僕の様子が変だったら気にしてしまうだろう。
僕の思考がおかしな方向へ行きかけた時、ちょうど清水さんの目的の駅に到着した。
触れていた手が離れていくのが、こんなにも寂しく感じるなんて……。
「(僕、もしかして……いや、まさか……ね?)」
帰宅してから、僕はベッドの上で悶々と過ごしていた。
大事な人……清水さんと親友になれると思ってた。けど、僕のこの感情の形は親友に当て嵌まらない気がする。
別の意味で特別な……そんな感じがしてならない。
この気持ちが、恋愛感情かどうかわからない。
もし、仮に、本当にこれが恋だとしても相手は同性だ。女装が趣味なだけで、清水さんは男性なんだ。
やっぱり、ダメだ。いくらなんでも、それは……迷惑を通り越して、恩を仇で返す事になる。
「(きっと、気の迷いだ。お爺さんの言葉を真に受け過ぎてる……)」
この気持ちは忘れよう。
それがお互いの為だ。
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