自愛の薔薇には棘がある

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5・恋の自覚ノンストップ

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 占いから一週間、僕は清水さんを食事に誘った。
 家に泊めてくれたお礼をすぐにしたかったが、彼も忙しかったり、僕が用事があったりとタイミングが合わなかった。今回は偶然にも都合がついた。
 仕事終わりに待ち合わせをし、二人で明るい通りを歩く。
 清水さんが教えてくれた店は落ち着いた雰囲気で、料理も美味しい。値段も高くないので、よく利用するらしい。
 僕はメニュー表を眺め、清水さんは店員さんに今日のオススメを聞いている。
 僕はオムライス、清水さんはカルボナーラ。それぞれ注文し、ドリンクバーで飲み物を取ってきた。
 席について、僕達は互いに今日までにあった出来事を話し合った。

「伊織さん、この前、友達とカラオケ行ったんですよ」
「へぇ、いいですね。楽しそう」
「それでですね、その子が俺との写真を彼女に送ったら、浮気と勘違いされて修羅場になっちゃいましたよ」
「あはは! いやぁ絶対勘違いしますって。清水さん完璧ですもん」
「ふふ、笑い事じゃありませんよ。大変だったんですから」

 他愛もない会話を繰り返し、僕は少しだけホッとしていた。
 普通に話せている。

「清水さん、彼女とかいないんですか?」
「いませんよ。伊織さんは?」
「僕も」

 二人して良い人の影もないけれど、別に悲観的にはなっていない。
 
「今度のクリスマス、予定無ければ一緒にケーキでも如何ですか?」
「え? いいんですか?」
「勿論。伊織さんさえ良ければ」
「……是非」

 清水さんはニッコリと微笑み、僕も釣られて気の緩んだ顔で笑ってしまった。
 楽しい時間はあっという間で、いつの間にかデザートまで平らげて解散になった。
 
「では、清水さん。お気を付けて」
「はい。ご馳走様でした。ありがとうございました」
「いえ、いつもお世話になってるのは僕の方ですから」

 僕は徒歩で帰れる距離の為、店の前で清水さんと別れた。
 クリスマスのお誘い。すっごくワクワクしてる。二ヶ月も先の事だけど、また一緒に過ごせる。
 僕は浮かれた気分のまま、帰路を歩いた。お酒も少し入ってるから気分もふわふわしている。

「……ん?」

 歩いている最中、僕は妙な気配を感じた。
 視線が向けられているような、そんな感覚。
 辺りを見回しても、特に怪しい人物はいない。

「(……気の所為かもしれないけど、走って帰ろう)」

 僕は猛ダッシュでその日帰宅した。
 そして次の日……筋肉痛になった。

※※※

 約束をしてから、僕は毎日浮かれていた。
 痴漢に水を差されてもめげずに頑張れる。

「最近、伊織ソワソワしてないか?」
「え? ふふ、わかる?」
「判子があっちゃこっちゃ向いて踊ってる」
「ごめんなさい」

 佐々木さんに指摘される程には浮き足立っていた。

「……伊織、お前最近おかしいぞ?」
「え? そ、そう?」
「なんか、デート前の女の子みたい」
「なんで女の子なんだよ。男じゃないの?」
「いや、女々しいって意味じゃなくて、恋する乙女みたいな感じがするってこと」
「恋?」

 言われて、思い出してしまった。
 仕舞い込んでいた考えを無意識に直視させられる。
 
「(……恋……なんて、そんな)」

 引き出しに入れていたパンが、久しぶりに見たらカビていたとか……そんな可愛いもんじゃない。
 胸の引き出しにしまっていた何かよくわからない感情が、いつの間にか膨れ上がっていて、つっかえて引き出しに戻す事が出来ない。

「(清水さんが僕の事を大事にしてくれるのは……気がかりな友達だからだよね……?)」

 優しくしてくれたからって、コロッと恋に落ちたわけでもない。
 
「伊織……マジで?」
「…………マジ、かも」

 けれど、抱えた胸の内にある事実は隠しようが無くなっていた。自覚してしまうと、もうダメだ。
 今までのように普通に接する事は出来なくなってしまう。

「(お、落ち着け……落ち着け、僕)」

 清水さんは僕にとって恩人で、大切な友人だ。
 こんな気持ちで接するのは、ダメだ。失礼だ。

「(でも……なんで、こんなに惹かれてるんだろう)」

 自覚したならしたで、疑問が出てくる。
 恋心の根っこの部分。
 それが何なのかわからなかった。

「俺、伊織が失恋したら慰める準備はしとくからな」
「ま、まだフラれた訳じゃないし!」
「お! ムキになるって事は、マジでガチじゃん」
「っ~~」

 佐々木さんに背を叩かれながら、僕は自分の気持ちの置き場をどうしようか考えていた。
 溢れ出てしまった所為で頭に浮かぶのは清水さんの事ばかり。
 彼の声が聞きたい。笑顔が見たい。また素顔が見たい。……触れられたい。

「(重症過ぎるよぉ……!)」

 清水さんの事を考えると、顔が熱くなって心臓がバクバクと脈打つ。

「(ガチで恋してんだな……僕)」

 急激に世界の色が変わっていく感覚がする。
 僕の中で、彼の存在がどんどん大きくなっていく。自覚したら怖いぐらい主張してくるじゃん恋心。寝る前に寄ってくる蚊並に無視出来ない。

「伊織、伊織、もう定時だぞ。残業すんの?」
「ふぇ? あ、帰る帰る」
「心ここにあらずでよく仕事出来んな」
「誤タイプは何度かしちゃって、部長に指摘されはしたよ」

 僕はパソコンをシャットダウンして、帰り支度を始めた。
 今日も、会えるといいな。
 あんなに気が重かった駅までの道が軽い軽い!

「(あれ? 思ったより、恋って悪い事じゃないかも!)」

 ちょっと前向きになってきた。
 電車に乗って、相変わらずの帰宅ラッシュに揉まれる。
 通勤鞄を抱き締めながら、僕は窓の外を眺めていた。

『スリ……』
「(……ああ、クソ……僕の心情が変わっても僕の体が変わったわけじゃない)」

 心の中で悪態を吐きながら、手の甲でお尻を撫でられる感触に耐える。

『スリ……スリィ……』
「っ……」

 ずっとお尻に触れられている。
 早く駅について欲しい。いつも以上に長く感じる。

『スリリ……ムニ』

 意思を持って尻を掴まれた。僕は息を飲み、ギュッと目を瞑った。
 揉みしだかれる手の動きが不快だ。僕は拳を握り、耐える。

「っ……んっ……んぅ」

 吐き気からくる嗚咽を堪えながら、終わりをジッと待つ。
 
『ムギュ』
「んぁ!?」

 急に強く鷲掴まれ、僕は変な声を上げてしまう。
 
「(ああ……死にたい)」

 自分の上擦った声の恥ずかしさから顔を真っ赤にして俯いていると、突然背後から声が聞こえてきた。

「すみません。次の駅、降りましょうか。お兄さん」
「……え?」

 振り返ると、そこには僕のお尻を好き勝手していた痴漢の腕を捻り上げている彼がいた。

「駅員さんに突き出すので、一緒に来て下さい。伊織さん」
「……は? え、ぇぇ? スーツ?」
「な、何をするんだ君は!」

 清水さん、いつものレディースコーデではなく、会社に着ていくようなスーツ姿だった。
 ……え? どういうこと?

「さ、行きますよ」
「ちょ、ちょっと待って」
「待たないです」

 痴漢の手を掴んだまま、清水さんは電車の扉が開いた瞬間ズンズン進んでいく。
 僕の腕も優しく引っ張られるが、痴漢のお兄さんが喚いて煩い。

「離せ! なんだお前は!」
「うるさいですよ」
「知らん! 俺は関係ない!」
「……ふぅーん」

 清水さんはため息を吐くようにそう呟き、足を止めた。
 そして、僕の手を放すと痴漢の手首を逆に握ってそのまま捩じ上げた。

「痛い! いだだだだだだ!」
「貴方がこの人のお尻、ずっと触ってたの見てましたけど?」
「はあ!? 何言ってんだお前! 証拠でもあるのか! 大体、そいつは男だろうが! 男のケツなんざ誰が触るかよ!」
「へぇ~……そうですか。あ、駅員さーん」
「へ! わわわわ! あっあーーまたですか!」

 清水さんと痴漢の状況に慌てながらも僕の顔を見て納得したらしい。
 もう何回目かわからないけど、大体の加害者は冤罪を訴えるので捩じ伏せる証拠提示も慣れたものだ。
 清水さんは駅員と警察に痴漢を引き渡すと、僕と一緒にホームに戻った。

「大丈夫でしたか? 伊織さん」
「は、はい……いつも、ありがとうございます」

 スーツ……え? スーツなんて会社で嫌ってほど見慣れてるのに、清水さんだと全然違って見える。
 かっこいい。すごい似合ってる。

「(……ヤバい、コレが恋か。なんでも、煌びやかに見えて、全部肯定しちゃいそうだ)」

 僕は胸の高鳴りを抑えられなかった。

「なん、なんで、今日はスーツなんですか?」
「ああ、今日はお世話になっている人達に挨拶周りをしてましてね。女装で行くわけにはいかないので、スーツで一日」
「……に、似合ってます」
「本当ですか? いやぁ、ズボン履いて外に出るの久しぶりで、なんか落ち着かないんですよ」

 はい! 僕も落ち着きません!
 なんでこんなに輝いて見えるんだ! 王子様かよ!

「(……僕の事、助けてくれるからあながち間違いでもないのか……)」

 いや、違う。それはヒーローであって、王子様ではない。
 清水さんは恩人であって、麗しい王子様ってわけじゃない!
 なんで乙女思考してるんだ僕は!

「伊織さん、気分悪いですか? 顔が赤いですよ?」
「へ!? あ、そうかも……しれない、です」
「じゃあ、少し休んでから行きましょうか」
「……すみません」

 僕は清水さんに連れられて、駅のベンチに座った。
 隣に座って、僕の背を撫でてくれる清水さん。僕はドキドキしながら、彼に身を任せていた。

「(ああ……彼の善意に僕はつけ込んで、独りよがり……最低だ)」

 心配してくれてるのに……なんともないのに、僕は彼の優しさ欲しさに……はぁぁ、僕ってこんな卑怯なヤツなのか。

「清水さん、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか? じゃ、行きましょうか」

 電車に乗って、いつもの帰宅道。
 いつもと違うのは、僕の心情と清水さんの服装ぐらいだ。それだけなのに、世界はまるで違っていた。
 この調子でクリスマスなんて迎えたら、僕……どうなっちゃうんだろう。

※※※

 クリスマスまで二週間を切った頃。

「伊織さん、寒くないですか?」
「大丈夫ですよ。清水さんはスカートだと通気性良さそうに見えますけど、寒くないんですか?」
「寒かったらあっためてくれます?」
「あ、はい。微力ながら、頑張ります」
「真面目~」

 冗談を言い合えるぐらいの仲になった僕らは、清水さんの自宅近くの洋菓子店にクリスマス用のケーキの下見兼予約に向かっていた。
 
「クリスマスケーキなんて何年振りだろう……ふふ、サンタさん乗ってるのにしましょうよ」
「伊織さん結構デコレーションケーキ好きですか?」
「好きです。見てて飽きないし、楽しいじゃないですか」

 店内に入ると、ショーケースの中に色とりどりのケーキが並んでいた。
定番のショートケーキ、チョコ、モンブラン、チーズ、フルーツタルトにシュークリーム。
 季節限定の苺のロールケーキにアップルパイまであって、見ているだけで楽しくなってくる。
 今回目的のクリスマスケーキの見本が何個か出ている。

「(苺、チョコ、フルーツ、レアチーズ、生キャラメル……すごいな、今はこんなにあるんだ)」

 どれも砂糖菓子のサンタさんとトナカイ、プレゼント、チョコプレートが乗っている。

「あ、サンタさん雪積もってて可愛い」
「……かわ、可愛い、ですね」
「どれにしますか?」
「そうですね……具沢山で食い出のありそうなフルーツはどうですか?」
「選び方が男子。僕もそれがいいです」

 見た目より量を大事にする男二人。
 クリスマスフルーツケーキを予約して、お店を後にする。

「楽しみですね。プレゼント、何がいいですか?」
「伊織さんからのプレゼントならなんでも嬉しいですよ」
「……そういうこと言わないで下さい。コスメでも良いですよ」
「いいんですか!!?」
「勿論」

 詳しくはないけど、化粧水とか美容液を贈るのはアリらしいからそれで良いかな。けど、そういうのは清水さんの肌質もあるから勝手には買えない。
 
「メイクアップレボリューションのアイラブチョコレートが欲しいです! カラーはローズゴールドかピンクフィズが良いです!」
「??????」

 チョコレート大好きみたいな単語しか聞き取れなかった。
 
「……?? う~ん、と……??」
「……く、ふふ……すみません。後でメッセージ送ります」
「オネガイシナス」
「……ぷっ、くく……」

 僕がキョトンとしてたのが面白かったらしい。
 クスクス笑う清水さんにつられて、僕も笑ってしまった。

「そのチョコレートメイクアップのローズピンクでいいかな?」
「ブッははは! 全部混ざってる!」
「あれれ??」

 おかしいなぁ……?
 けど、清水さんが楽しそうでなによりだ。

「伊織さんは何が欲しいですか?」
「僕……は」

 清水さんと一緒にクリスマスを過ごせるだけで幸せだ。
 だから、これ以上何かしてもらうのは申し訳ない気がする。僕ばっか得している。
 でも、清水さんのプレゼントは欲しい!!

「……なんでもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。俺も全速力なんで」
「じゃ、じゃあ……爪の、あの、塗るやつ」
「え? マニュキュアですか?」
「透明なの」
「クリアネイルジェル!」

 パァッと清水さんの顔が明るくなる。
 爪は綺麗にしていて損は無いし、清潔感あるし、何より清水さんと何かお揃いにしたい。

「(それに、塗る手本を頼めば清水さんが僕の手を、握ってくれたりなんて考えちゃったりしちゃったりしてさぁ!)」

 一人で内心気持ち悪い盛り上がり方をしながら、ニヤけを我慢していると清水さんは何気なく僕の手を取った。

「……伊織さんの指、俺に比べて骨張ってなくて細いですよね」
「そ、そうですか? まぁ、清水さんの手が大きいだけじゃないですか?」
「そんな事ありませんよ。ほら、こうして比べると全然違う」

 手を合わせると、自分の手の丸っこさが際立つ。
 男らしい骨張った手と厚い掌に鼓動が大きくなっていく。

「包めちゃいますね」
『キュッ』
「へぁ……お、大通りで男同士でこんな事してたら目立ちますよ?」
「大丈夫ですよ」
「……まぁ、清水さんの見た目なら大丈夫でしょうけど」

 恋人繋ぎみたいに指を絡めて、ギュッと力を入れられる。
 バクッと心臓が喉までせり上がってきたんじゃないかと思うぐらい胸が苦しい。

「(ああ、もう……好き過ぎてヤバい)」
「……伊織さんって」
「はい?」
「ぁ……いえ、なんでもないです」
「?」

 言いかけて止めるのは珍しい。
 少し不思議だったけれど、彼が何事も無かったかのように振る舞うので僕はそれ以上追及する事は無かった。
 
「それでは、今日はこのへんで」
「はい。お気をつけて」
「ありがとうございます。また」

 やっぱり一緒に過ごす時間はあっという間だ。
 寂しいけど、クリスマス当日になればきっと楽しい。そう自分に言い聞かせて、帰路についた。

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