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2:転機※

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 仕事終わりの私室にて、俺は代金に色を付けてもらった分を現金として受け取り、貯金箱に入れている。

『ゴト……』
「結構貯まった」

 貯金箱の重みが、俺の価値を証明してくれる。

「(……俺が女なら、Ωでも不妊治療が出来て……この金も、貯めるだけが目的じゃなくなるんだろうな)」

 Ωの不妊治療は、女性の方法しか確立されていない。Ω男性の不妊には、未だ明確な治療法は無く、発覚すれば欠陥品の烙印を押されたに等しい。
 子を産めないΩに世間は驚く程冷たい。発情期があって当たり前、子どもが出来て当たり前……それが出来なきゃΩに産まれた意味がない。
 大昔っから、ずっとそれだけは変わらない。
 だから、ココに居る不妊症のΩ女性は稼いだ金を使い、不妊症を治せれば、出て行く。
 それ以外にも、借金返済して金を貯めて表社会へ出て行く子もいる。
 運命の番と出会ったり、身請けされていく子も結構いる。
 増えたり減ったりする従業員の中で、俺は何年もココに居る。
 羨ましいと思った事もあったが、俺が誰かと番ったところで、なんにもなりゃしないし、表社会を知らない世間知らずが働いて生きていけるはずもない。
 結局、孤独死に向けて資金をコツコツ貯めていくしかない。
 それが……欠陥品Ωの人生だ。

『コンコンコン』
「どうぞ」
『ガチャ』
「あれ? 夏菜子ちゃん? どうしたの?」
「昼間はありがとう。コレ、お礼に」
「!」

 俺を訪ねてきたのは夏菜子ちゃんだった。昼間のお礼にと差し出されたのは、新品のヘアゴムだった。

「え? コレ、いいの?」
「うん。三葉ちゃん、よく千切れるって困ってたから」
「……ありがとう」

 体調が戻った夏菜子ちゃんは、ニコリと微笑んで部屋を出て行った。
 本当に助かる。後ろに束ねた髪は掴みやすいのかよく引っ張られるから、ゴムが千切れちゃうんだよな。
 有り難く使わせていただこう。





 そして、翌日。
 今日はハズレの日だった。

『バチュン! バチュン!!』
「ああッ、激し、あっぐぅ! やぁ!」

 腰を掴む手に、加減がない。痛みの方が強く感じる程打ち付けられ、無理やり犯されてるみたいな気分になってくる。
 
「ちんぽは大好きか? ええ?」
「ぁ、あッ! むら、たしゃ」

 常連客の中でトップレベルで胸糞悪い客が来た。二十代後半の村田さんは、不妊のΩである俺を見下して、ストレス発散に好き放題罵ってくる。性交も非常に一方的だ。
 いつもバックで俺の両腕を掴んで、身動きできないようにして、激しい腰遣いでガツガツ責められる。
 
「ちんぽ気持ちいいのかって、聞いてんだけど?」
「ぉ、お、ちんぽ、気持ちぃ……ですっ」

 歯向かわない従順な歳上の俺を嬲るのが好きらしい。
 キツい言葉責めが続く。

「ちんぽのことしか考えられない、ど淫乱かよ。セックス好きか?」
「あっ、うぁっ……好き、大好、き」
「なら、役立たずなΩマンコを犯してくれるお客様に感謝しないと、な」
「っ……んっん!」

 ぐいっと乱暴に髪を引っ張り上げられ、苦痛に俺は顔を顰める。
 村田さんがこうする時は、俺の口から肯定の言葉を聞きたい時だ。

「やく、たたず、な、おマンコを……あ、ん! あっ、ちんぽでっ、犯して下さり、あ、ありがとう、ございます」
「へへ、お前は本当に可愛いなぁ。うーん、謝罪も欲しい」
「へあ? ぁ…んくっ、ぁあっ、う、はぃ……ごめん、なしゃぃ」
「何が悪いかわかってんの?」
『ズバン!』
「おぐっ!」

 一度抜かれたモノを一気に突き立てられて、胃液が迫り上がる。
 なんとか飲み下して意識を繋ぎ止める。
 
「もういっぺん、よく考えて謝罪しろ」
『ズパン! ズパン!』
「あ、ぅ……ごめ、んっなさぃ、おちんぽ、好きすぎて、だらしない……ぉ……おマンコで、あッん! ごめん、なしゃい」

 自分で言ってて吐き気がする。ふざけるなと叫び出しそうな自分に蓋をして必死で取り繕う。生きるために。
 俺の謝罪に満足したのか掴まれていた髪は解放され、代わりに顎を掴み寄せられた。
 強引に顔を振り向かされ、村田さんと目線が合う。

「よく出来ました。ご褒美欲しいか?」
「ほしぃ、村田しゃん、ごほぉび、下さい」

 物欲しげな、媚びた顔で見つめるとニンマリ笑って、片手を振り上げた。

『スパァン』
「~~~~ッッ」

 尻に走った衝撃に、思わず背中を反らす。
 スパンキングはプレイの一環で暴力にはならない。これに於いては村田さんはめちゃくちゃ上手い。
 加減がわかっている。
 俺はわざといやらしい声を出して早く終われと願い続ける。

『スパァン! スパァン!』
「ひ、ぎっ、あっ! いっ、あ……んああッ!」
「は、すっげぇ締まる」

 村田さんは叩かれる度、ナカがキュンキュン収縮する感覚がお気に入りらしく、執拗なまでに尻を叩く。気持ちよくなってくれているなら別にいい。

「うっ……出る。ちゃんと受け止めろよ」
「あ、あぁ、ん……いっぱぃ、出して……くださぃ」
「んっ、くっ……!! 出すぞ! オナホマンコちゃんと引き締めろ!」
『ビュルッ』
「ぃ、うう……」

 ああ……やっと、終わった。
 村田さんは基本一回で満足している。金払いもいいし、色も結構付けてくれるからNG客に出来ずにいる。

「いてて……」

 尻が痛い。スパンキングではなく、雑な腰の打ち付けの痛みだ。
 痣にならなければいいけど。

「三葉~支配人が呼んでる~。服ちゃんと着て来いって~」
「はーい」

 なんだ? クレームでも入ったか?
 あーあ、めんどくさい。
 身嗜みを整えて、部屋を出て支配人室へ向かい、扉をノックする。

『コンコンコン』
「入れ」
「失礼しま……す?」

 ガラリと扉を開けた先には、背の高い身綺麗な青年が支配人と向かい合っていた。
 青みがかった黒髪の青年がこちらに気付いて振り向いた瞬間、妙な感じがした。
 
「貴方が……三葉さんですね?」
「ぁ、はい」
「三葉、こちら前に言っていた身請け話をお前に持ち掛けた方だ」
「は?」
「断られてしまったので、やはりちゃんと面と向かって話したいと思いまして」

 呼び出された内容は、身請けの話か。
 断ったのに乗り込んできてまで、俺に執着するのはなんだ?
 こちとら不妊のΩで男だぞ?
 感覚からして、相手はα様だ。

「私、こういうものでして」
「……どうも」

 名刺を差し出されたが何が書かれているのかわからない。俺は字があまり読めない。
 この歳で恥ずかしいが、絵本しか読めない。

「……ぇっと」
「あっ、三葉。五百蔵いおろい 龍太りゅうたさんだ」
「いぉろいさん」
「ふふ、龍太で良いですよ」

 龍太さんは、なんだか眩しい人だった。なんだか、視線を向けられるとお日様に当たったようにポカポカする。

「三葉さん。再度お願いにあがりました」
「ッ!?」

 俺の前で身を屈めて片膝を付き、スッと手を差し出してきた。

「私と結婚してください」
「…………けっこん?」

 少し考えた。この人はα様で、俺の立場じゃ逆立ちしたって不釣り合いな人なのに、俺を迎えにわざわざココへ来ている。
 まるで童話の中の王子様みたいに……え? マジで俺を迎えに? 

「三葉、三葉ー……返事は?」
「し、支配人、俺、どうしたら」

 俺が、この人の、手を取っていいのか?
 
「迷うって事は、選択肢にイエスがあるって事だ」
「!」

 ……言われてみれば、前の時は考える間も無く断ったけど……今は、俺を見つめる龍太さんから目が離せない。
 俺は、いつの間にか、差し出された手に自分の掌を重ねていた。
 途端に龍太さんは花が咲く様に笑って、俺の手を取って軽く口付ける。
 手の甲にそっと落とされた唇は柔らかくて、指先が震えた。

「よろ、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」

 どうやら、俺は孤独死コースに乗れなかったらしい。
 一生独りで生きていくと思ってた。特異な変人αに娶られて、この先どうなるんだろうか。痛いのは嫌だな。
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