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8:三つ葉のクローバー

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 あれからまた一段と勉強に励んだ。
 愛の形がやっとなんとなくわかってきたが、自分の抱えているモノが全然わからない。これじゃあ、愛なんて一生理解出来ないんじゃないか。早く、それを知りたいのに。
 そもそも、コレが愛なのかも不明瞭だ。

「三葉様」
「ぅひゃ! はい!」
「急にお声かけして、申し訳ありません」
「士郎さん、いえ、すみません。俺も気付かなくて……どうしました?」
「少し手伝っていただきたい事が……」

 珍しく士郎さんからお手伝いの申請があった。
 その内容は、庭の草抜きだった。

「年々腰が辛くて、難儀していたのです。助かります」

 業者を入れる程の広さでも無いから、手作業で草抜きをしていたらしい。
 役に立てるなら嬉しい。軍手をして、雑草を片っ端から抜いていく。
 懐かしい。昔にも雇われ先で広い庭の草抜きをしていた。

『プチプチ……』
「あ」

 白い花とクローバーが群生している。抜きにくいんだよなコレ。
 俺は徐に、群生しているクローバーの端っこを指先でなぞる。
 四つ葉はこういう端で増えるらしい。

「(……誰に教わったんだっけ?)」
『プチ』

 四つ葉は見つからず、無意味に三つ葉を摘む。指先でくるくる回しながら眺めていると何か懐かしさが込み上げてくる。
 なんだっけ。なんだったか。

「三葉さん?」
「!」

 後ろから軍手を着用しながらこちらへやってくる龍太さんがいた。
 
「ぼーっとして、どうしました?」
「……」

 スッと俺の隣にしゃがみ込む龍太さん。俺の指先に摘まれた三葉に気付いてフッと笑った。

「三つ葉のクローバーですね」
『それは、三つ葉のクローバーって言うんだよ』

 記憶の中にある誰かの声と姿が重なった。昔、こんな風に隣で一緒に三葉のクローバーを見ていた。
 
「あっ」

 そうだ。そうだった。思い出した。
 雇われ先の家に遊びに来た子どもに、草抜き中に話しかけられたんだ。
 俺の摘んだ三葉を見て、得意げにそれが三つ葉のクローバーだって教えてくれた子がいた。
 四つ葉のクローバーの事も、教えてもらった。どう探すかも。
 俺の反応が良かったからか、ペラペラと気前良く、よくわからない蘊蓄も言っていた。
 三つ葉は、俺の名前と同じだと伝えたら、子どもはニコニコして良い名前だと言ってくれた。
 辛い日々の中に埋もれていた、平穏な記憶。不釣り合いな程、優しい記憶。

「……龍太さん」
「はい」
「…………三つ葉のクローバーには、なんて意味がありましたっけ?」
「……愛、信仰。それと」

 教えてくれたのは、貴方でしたよね。

「私を思い出してください。ですっけ?」
「!」

 意味を聞いて、俺はその子に三つ葉を渡したんだった。優しくてお喋りなその子の記憶に残りたかった。何も残せない俺の細やかな抵抗を……ずっとずっと大切にしてくれてたんだ。
 当人である俺が忘れてたのに、龍太さんは俺の願い通り、今まで覚えててくれた。

「三葉さん……」
「ぃ、あ、あーー……その、ごめんなさい。自分から言っておいて、肝心の俺が貴方を忘れていました」
「思い出しくれただけで、私は嬉しいですよ」

 二人で草むしりを終えてから、士郎さんの淹れてくれた冷たいお茶を飲んで一息吐く。
 午前のリモートワークを終えた龍太さんは、時間があるようで俺の隣でソワソワしていた。
 思い出したからと言って、自分の中に変化が起きたわけじゃない。

「(……そうか……大きくなったな。お互い)」

 なんだか、俺も落ち着かない。何から話したらいいか。
 俺は言葉を探して、黙り込む。
 
「…………」
「…………」
「……オホン、龍太様。私は席を外しますので、ごゆるりと」
「あ、うん。悪いな」

 士郎さんが気を遣って、テラスで俺と龍太さんを二人きりにしてくれた。

「……み、三葉さん。その、私、初めて貴方を見た時、胸がドキドキしました。俗に言うαとΩの“運命”かとも思いましたが、ただ恋に落ちただけでした」
「恋へ落ちる要素皆無でしょ。寧ろ、小汚い姿に皆小石を投げたり、あっちに行けと言うもんでしょ」
「でも、一目惚れだったんです……」

 恥じらいながら頬を赤らめる龍太さん。それを横目で見て少し笑いそうになる。

「本当に奇妙な人ですね。けど、俺を覚えててくれたのは、純粋に嬉しいです。こんな穏やかな日々の中に連れ出してくれたのも、とてもありがたい事です」

 緑の多い庭。小鳥の囀りと風の音。
 夢のような平穏な生活。龍太さんの隣が心地いい。こんな日々がいつまでも続けばいい。その日々の中には、龍太さんも居て欲しい。ただ、側に居て欲しい。

「(……あれ?)」

 俺、今……同じ事考えたのか?

「…………」
「三葉さん?」

 龍太さんが、俺に言ってくれた。ただ、共に居たい。側に居て欲しい。
 そうか。これは、俺を側に置く価値があるとかそんなんじゃなかったんだ。
 龍太さんがαじゃなくても、貧乏であったとしても、龍太さんが龍太さんであるならば、それだけで、側に居たい、居て欲しい理由にはなりうるんだな。
 
「はは、そんな見つめられると、穴が開きそうなんですけど」

 龍太さんの、俺を見る目が、俺を慈しむように優しくて温かくて、心地良くて、好きだと思った。

「(……好き)」

 そんな想いが、ストンと胸の中に収まった気がする。
 ああ、そうだ。俺はこの人が『好き』だ。好きなんだ。

「……龍太さん」
「はい」
「好きです」
「えっ、あ」
「俺、龍太さんが好きです。やっとわかりました」

 机の上に置かれていた龍太さんの手にソッと自分の手を重ねて指を絡める。

「好きです」
「え! え!? あ、あの、み、三葉さん!」

 熱い。顔が熱い。耳どころか、首まで紅くなる程恥ずかしい。
 けど、漸くわかった俺の中の気持ち。それをちゃんと龍太さんに伝えておかなきゃならない。

「龍太さんの側に居たいです。居て欲しいです。ただ、一緒に……こうやって、穏やかな日々を……過ごしたい、です」

 どうしよう、上手く言葉が見つからない。もっと、しっかり伝えたいのに。ちゃんと、もっともっと、詳細に……

「貴方を…………あい、して……ます」

 口から零れた言葉は、とてもか細く情けない声量だったが、俺の気持ちの詳細が詰まっていた。伝えるだけで、こんなにも胸が熱くなる。

「三葉さん……それは……」

 俺を見る龍太さんの目が涙の膜で揺れ動く。絡めた手が少し震えていた。

「愛してる……きっと、この気持ちは、そういう事だと、思います。だから、俺の、貴方と過ごしたい理由は……きっと愛ってやつだと思います」
『……ボロ』
「あ」
『ボロボロボロ……』

 龍太さんの瞳から、大粒の涙が滝のように溢れ出した。

「なんで泣くんですか!?」
「み、三葉さんが好きって、愛してるって、言ってくれて……俺、嬉しくて」

 椅子を寄せて、泣き止まない龍太さんの涙を拭く。

「……でも、なんで急にわかったんですか? 思い出した事はあまり影響無かったみたいですけど」

 龍太さんが不思議そうに尋ねる。確かに、俺も急な告白だったなとは思う。

「……龍太さんが前に言ってくれた、ただ側に居て欲しいって意味が、わかったんです。俺も、ただ側に居て欲しいって、龍太さんと同じ気持ちになったから、わかりました」
「み"っ、三葉さん!」

 龍太さんの恋心の模倣と言われればそれまでかもしれないけれど、この胸の高鳴りは俺のものだ。俺が感じた俺の感情だ。
 涙でグズグズになってる顔へキスを贈る。

「しょっぱい」
「ふ、ふふ、ふははは……しょっぱい」

 いつも通りだけど、いつもより温かい龍太さんとのキス、しょっぱくて笑えてきた。とても幸せな気分だった。
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