ネオ大江戸銀行

北大路京介

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AIvs笑顔

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ネオ大江戸銀行の融資審査部には、ひときわ冷たい空気が流れる一角がある。榊原が座るそのデスクの周囲だけ、湿度が数パーセント低いのではないかと行員たちの間で噂されていた。

彼女の前に、本多が血色の良い顔を突き出した。手には一軒のパン屋『ブーランジェリー・ルナ』の融資継続依頼書が握られている。

「榊原さん、見てください。この店主の近影を。この慈愛に満ちた、初日の出のような笑顔を。彼がパンを捏ねるだけで、地域の幸福度は間違いなく上昇しているんです」

本多は、店主が粉まみれで笑う写真を榊原の鼻先に突きつけた。榊原は視線を動かさず、手元のタブレットに表示された最新の審査AI"ジャッジメント"の冷徹なグラフを指し示した。

「本多さん。AIはこの店を、小麦粉を炭化させて負債に変える装置だと定義しました。店主の笑顔の輝度と返済能力には相関関係はありません。倒産確率は九十九・九パーセントです」

榊原の返答は剃刀のように鋭かったが、彼女の指先がある一点で止まった。モニターに映る「ブーランジェリー・ルナ」の決済履歴。そこには、味が不評で石のように硬いパンを、毎日決まった時間に買いに来る「三人の客」の記録があった。

「本多さん、この店には客が三人しかいない。それも毎日、同じ種類の、食べ物とも呼べない硬いパンを一つずつ。これを見てあなたはどう思いますか?」

「それは……店主の笑顔というスパイスが、味覚の限界を超えさせている証拠では!」

本多の熱弁を、榊原は冷淡な一言で切り捨てた。

「違います。この三人の歩容認証と購買サイクルを照合した結果、彼らは政財界の黒幕たちの影武者です。彼らにとって、この店はパン屋ではない。誰にも怪しまれずに、噛み砕けないパンを咀嚼するふりをして、喉元で機密を囁き合う『密談の場』として機能している。店主の笑顔は、その沈黙を守るための完璧な掩体(えんたい)というわけです」

本多は言葉を失った。自分が守ろうとしていた「温かい笑顔」が、実は国家を揺るがす裏情報の防波堤だったという事実に、背筋が凍るのを感じた。

「いいですか、本多さん。数字が描く真実には、常に誰かの意志が介在しています。この店を潰せば、当行は政界の有力者たちから恨みを買うことになる。それはAIには計算できない、きわめて非論理的な自殺行為です」

榊原は無表情のまま受話器を取り、融資の承認ボタンを押し込んだ。

「本部。ルナへの融資を継続します。理由は『地域経済における特殊な情報ハブとしての価値』を認めたため。本多さん、あなたの無知な情熱が、結果的に銀行を破滅から救いました。それについては感謝します。ですが、その浮かれた歌声だけは今すぐ止めてください」

本多は呆然としながらも、すぐにまた過剰な笑顔を張り付けた。

「さすが榊原さん。僕の直感とあなたの冷徹な分析が合わされば、この銀行に不可能はありませんね!」

彼女は返事もせず、すでに次の企業の査定に入っていた。ネオ大江戸銀行のロビーには、不気味な行歌が流れ始め、本多は震える喉で、誰よりも激しく、そして救いようのない音程で歌い始めた。

次は、その影武者たちが店に残していった「パンに隠された暗号」を、榊原が淡々と解読していくシーンをご覧になりますか?
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