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第26話「鏡の割れる音」
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接近禁止命令が出てから、一週間。
信幸の姿は、見なくなった。
亜由美は、ようやく安心できた。
晴夏も、少しずつ笑顔を取り戻していた。
「ママ、もう大丈夫?」
「うん。もう大丈夫よ」
亜由美は、晴夏を抱きしめた。
「これからは、二人で頑張ろうね」
「うん!」
日常が、戻ってきた。
そう思っていた。
ある夜。
店を閉めようとしていた時、扉が開いた。
信幸だった。
「来ちゃった」
亜由美の心臓が、止まりそうになった。
「なぜ、ここに」
「あなたに、会いたくて」
信幸は、ふらふらと店に入ってきた。
「接近禁止命令が出てるのよ」
「知ってます」
信幸は、虚ろな笑みを浮かべた。
「でも、もう、どうでもいいんです」
「どうでもいい?」
「はい。あなたに会えないなら、生きてる意味がない」
信幸の目は、焦点が合っていなかった。
「だから、最後に、あなたに会いたかった」
「最後?」
亜由美は、嫌な予感がした。
「信幸、何を言ってるの」
「さようなら、って」
信幸は、亜由美に近づいた。
「これが、最後です」
「待って」
亜由美は、後ずさった。
「落ち着いて」
「落ち着いてます」
信幸は、セット面の前に立った。
そして、鏡を見つめた。
「この鏡で、何度、あなたを見たでしょう」
「信幸」
「あなたの手が、僕に触れるたびに、生きてると実感できた」
信幸の手が、鏡に触れた。
「でも、もう、それもない」
「信幸、やめて」
「あなたは、僕の人生を変えた」
信幸は、振り返った。
「だから、責任を取ってください」
「責任?」
「はい」
信幸の目には、狂気があった。
「僕を、愛してください」
「それは、できない」
「できないなら」
信幸は、拳を握りしめた。
「この鏡も、必要ない」
そして、鏡に拳を叩きつけた。
ガシャン、という音。
鏡が、割れた。
破片が、床に飛び散る。
「信幸!」
亜由美は、駆け寄った。
信幸の手から、血が流れていた。
「何してるの!」
「痛くないです」
信幸は、血の流れる手を見つめた。
「もう、何も感じない」
「救急車を」
「いりません」
信幸は、亜由美の手を掴んだ。
血が、亜由美の手にも付いた。
「あなたさえいれば、他には何もいらなかった」
「信幸、お願い」
「でも、あなたは僕を拒絶した」
信幸の声が、震えていた。
「だから、僕はもう」
「やめて、そんなこと言わないで」
亜由美は、涙を流した。
「あなたは、生きなきゃいけない」
「どうして?」
「どうしてって」
「あなたがいないのに、どうして生きなきゃいけないんですか」
信幸の目から、涙が溢れた。
「教えてください」
亜由美は、言葉が出なかった。
そして、信幸は亜由美の手を離した。
「さようなら」
そう言って、店を出ようとした。
でも、亜由美は信幸の腕を掴んだ。
「待って」
「なぜ、引き止めるんですか」
「分からない」
亜由美は、正直に言った。
「でも、あなたに死んでほしくない」
「どうして?」
「どうしてって」
亜由美は、自分の心に問いかけた。
どうして?
嫌いになったはずなのに。
怖かったはずなのに。
でも、死んでほしくない。
それは、なぜ?
「まだ、愛してるから?」
信幸が、尋ねた。
亜由美は、答えられなかった。
愛してる?
もう、分からなかった。
「答えてください」
「分からない」
亜由美は、泣きながら言った。
「でも、あなたに消えてほしくない」
信幸は、亜由美を見つめた。
そして、静かに言った。
「それは、優しさですか。それとも、愛ですか」
「分からない」
「分からないなら」
信幸は、亜由美の手を振り払った。
「僕は、行きます」
「待って、信幸!」
でも、信幸は店を出た。
血の足跡を残して。
亜由美は、その場に座り込んだ。
床には、割れた鏡。
そこに映る自分の顔は、歪んでいた。
涙で、何も見えなかった。
信幸の姿は、見なくなった。
亜由美は、ようやく安心できた。
晴夏も、少しずつ笑顔を取り戻していた。
「ママ、もう大丈夫?」
「うん。もう大丈夫よ」
亜由美は、晴夏を抱きしめた。
「これからは、二人で頑張ろうね」
「うん!」
日常が、戻ってきた。
そう思っていた。
ある夜。
店を閉めようとしていた時、扉が開いた。
信幸だった。
「来ちゃった」
亜由美の心臓が、止まりそうになった。
「なぜ、ここに」
「あなたに、会いたくて」
信幸は、ふらふらと店に入ってきた。
「接近禁止命令が出てるのよ」
「知ってます」
信幸は、虚ろな笑みを浮かべた。
「でも、もう、どうでもいいんです」
「どうでもいい?」
「はい。あなたに会えないなら、生きてる意味がない」
信幸の目は、焦点が合っていなかった。
「だから、最後に、あなたに会いたかった」
「最後?」
亜由美は、嫌な予感がした。
「信幸、何を言ってるの」
「さようなら、って」
信幸は、亜由美に近づいた。
「これが、最後です」
「待って」
亜由美は、後ずさった。
「落ち着いて」
「落ち着いてます」
信幸は、セット面の前に立った。
そして、鏡を見つめた。
「この鏡で、何度、あなたを見たでしょう」
「信幸」
「あなたの手が、僕に触れるたびに、生きてると実感できた」
信幸の手が、鏡に触れた。
「でも、もう、それもない」
「信幸、やめて」
「あなたは、僕の人生を変えた」
信幸は、振り返った。
「だから、責任を取ってください」
「責任?」
「はい」
信幸の目には、狂気があった。
「僕を、愛してください」
「それは、できない」
「できないなら」
信幸は、拳を握りしめた。
「この鏡も、必要ない」
そして、鏡に拳を叩きつけた。
ガシャン、という音。
鏡が、割れた。
破片が、床に飛び散る。
「信幸!」
亜由美は、駆け寄った。
信幸の手から、血が流れていた。
「何してるの!」
「痛くないです」
信幸は、血の流れる手を見つめた。
「もう、何も感じない」
「救急車を」
「いりません」
信幸は、亜由美の手を掴んだ。
血が、亜由美の手にも付いた。
「あなたさえいれば、他には何もいらなかった」
「信幸、お願い」
「でも、あなたは僕を拒絶した」
信幸の声が、震えていた。
「だから、僕はもう」
「やめて、そんなこと言わないで」
亜由美は、涙を流した。
「あなたは、生きなきゃいけない」
「どうして?」
「どうしてって」
「あなたがいないのに、どうして生きなきゃいけないんですか」
信幸の目から、涙が溢れた。
「教えてください」
亜由美は、言葉が出なかった。
そして、信幸は亜由美の手を離した。
「さようなら」
そう言って、店を出ようとした。
でも、亜由美は信幸の腕を掴んだ。
「待って」
「なぜ、引き止めるんですか」
「分からない」
亜由美は、正直に言った。
「でも、あなたに死んでほしくない」
「どうして?」
「どうしてって」
亜由美は、自分の心に問いかけた。
どうして?
嫌いになったはずなのに。
怖かったはずなのに。
でも、死んでほしくない。
それは、なぜ?
「まだ、愛してるから?」
信幸が、尋ねた。
亜由美は、答えられなかった。
愛してる?
もう、分からなかった。
「答えてください」
「分からない」
亜由美は、泣きながら言った。
「でも、あなたに消えてほしくない」
信幸は、亜由美を見つめた。
そして、静かに言った。
「それは、優しさですか。それとも、愛ですか」
「分からない」
「分からないなら」
信幸は、亜由美の手を振り払った。
「僕は、行きます」
「待って、信幸!」
でも、信幸は店を出た。
血の足跡を残して。
亜由美は、その場に座り込んだ。
床には、割れた鏡。
そこに映る自分の顔は、歪んでいた。
涙で、何も見えなかった。
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