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第27話「空白の日々」
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その夜、亜由美は警察に連絡した。
「信幸が来ました。接近禁止命令違反です」
「分かりました。捜索します」
でも、信幸は見つからなかった。
家にもいない。
事務所にもいない。
まるで、消えてしまったかのように。
一週間が経った。
亜由美は、毎日、信幸のことを考えていた。
あの時、引き止めるべきだったのだろうか。
それとも、あれでよかったのだろうか。
答えは、出なかった。
店の鏡は、まだ割れたままだった。
亜由美は、それを直す気にならなかった。
割れた鏡を見るたびに、信幸のことを思い出す。
あの、絶望した顔を。
二週間が経った。
ある日、亜由美の携帯に、非通知の電話がかかってきた。
「はい」
「篠塚さん」
聞き慣れない声だった。
「どちら様ですか」
「吉村の、母です」
亜由美の心臓が、跳ねた。
「信幸の?」
「はい」
電話の向こうで、女性が泣いていた。
「息子が、入院しました」
「え?」
「自殺未遂で」
亜由美の頭が、真っ白になった。
「嘘」
「本当です」
女性の声は、震えていた。
「睡眠薬を、大量に」
「今、どこに」
「青山総合病院です」
「今から、行きます」
「でも」
「行きます」
亜由美は、電話を切った。
そして、大家さんに晴夏を預けて、病院へ向かった。
病院に着くと、受付で信幸の名前を告げた。
「面会は、ご家族のみです」
「でも、私」
「申し訳ありません」
亜由美は、諦めかけた。
その時、後ろから声がかかった。
「あなたが、篠塚さん?」
振り返ると、初老の女性が立っていた。
「はい」
「私が、信幸の母です」
女性は、疲れた顔をしていた。
「会ってくださって、ありがとうございます」
「いえ」
「こちらへ」
女性は、亜由美を病室へ案内した。
信幸は、ベッドに横たわっていた。
点滴につながれ、意識はない。
亜由美は、その姿を見て、涙が溢れた。
「信幸」
そばに駆け寄ろうとした。
でも、母親が止めた。
「今は、眠っています」
「いつから」
「三日前に、発見されました」
母親は、椅子に座った。
「自宅で、睡眠薬を大量に飲んで」
「そんな」
「幸い、隣人が気づいて、救急車を」
母親は、涙を拭った。
「命は、取り留めました」
「よかった」
亜由美も、椅子に座った。
「本当に、よかった」
母親は、亜由美を見た。
「あなたのせいでは、ありません」
「え?」
「息子が、こうなったのは」
母親は、首を横に振った。
「息子の、問題です」
「でも」
「いえ」
母親は、微笑んだ。
「息子は、昔から、一つのことに執着しやすい子でした」
「そうなんですか」
「はい。勉強、スポーツ、そして仕事」
母親は、信幸を見つめた。
「全てに、全力で。でも、それが時に、行き過ぎる」
「私への、執着も」
「はい」
母親は、頷いた。
「あなたを、愛しすぎたんです」
亜由美は、信幸の顔を見つめた。
眠っている顔は、穏やかだった。
まるで、子供のような。
「私、どうすればよかったんでしょう」
「分かりません」
母親は、正直に答えた。
「でも、あなたは、悪くない」
「でも、信幸を苦しめた」
「それは、お互い様です」
母親は、立ち上がった。
「少し、二人にしておきます」
「いいんですか」
「はい。あなたが、息子にとって、大切な人だから」
母親は、病室を出た。
亜由美は、信幸のそばに座った。
そして、信幸の手を取った。
冷たい手。
「信幸」
亜由美は、涙を流した。
「ごめんなさい」
何が、ごめんなさい、なのか。
自分でも、分からなかった。
ただ、謝りたかった。
「もう、苦しまないで」
そう、願った。
「信幸が来ました。接近禁止命令違反です」
「分かりました。捜索します」
でも、信幸は見つからなかった。
家にもいない。
事務所にもいない。
まるで、消えてしまったかのように。
一週間が経った。
亜由美は、毎日、信幸のことを考えていた。
あの時、引き止めるべきだったのだろうか。
それとも、あれでよかったのだろうか。
答えは、出なかった。
店の鏡は、まだ割れたままだった。
亜由美は、それを直す気にならなかった。
割れた鏡を見るたびに、信幸のことを思い出す。
あの、絶望した顔を。
二週間が経った。
ある日、亜由美の携帯に、非通知の電話がかかってきた。
「はい」
「篠塚さん」
聞き慣れない声だった。
「どちら様ですか」
「吉村の、母です」
亜由美の心臓が、跳ねた。
「信幸の?」
「はい」
電話の向こうで、女性が泣いていた。
「息子が、入院しました」
「え?」
「自殺未遂で」
亜由美の頭が、真っ白になった。
「嘘」
「本当です」
女性の声は、震えていた。
「睡眠薬を、大量に」
「今、どこに」
「青山総合病院です」
「今から、行きます」
「でも」
「行きます」
亜由美は、電話を切った。
そして、大家さんに晴夏を預けて、病院へ向かった。
病院に着くと、受付で信幸の名前を告げた。
「面会は、ご家族のみです」
「でも、私」
「申し訳ありません」
亜由美は、諦めかけた。
その時、後ろから声がかかった。
「あなたが、篠塚さん?」
振り返ると、初老の女性が立っていた。
「はい」
「私が、信幸の母です」
女性は、疲れた顔をしていた。
「会ってくださって、ありがとうございます」
「いえ」
「こちらへ」
女性は、亜由美を病室へ案内した。
信幸は、ベッドに横たわっていた。
点滴につながれ、意識はない。
亜由美は、その姿を見て、涙が溢れた。
「信幸」
そばに駆け寄ろうとした。
でも、母親が止めた。
「今は、眠っています」
「いつから」
「三日前に、発見されました」
母親は、椅子に座った。
「自宅で、睡眠薬を大量に飲んで」
「そんな」
「幸い、隣人が気づいて、救急車を」
母親は、涙を拭った。
「命は、取り留めました」
「よかった」
亜由美も、椅子に座った。
「本当に、よかった」
母親は、亜由美を見た。
「あなたのせいでは、ありません」
「え?」
「息子が、こうなったのは」
母親は、首を横に振った。
「息子の、問題です」
「でも」
「いえ」
母親は、微笑んだ。
「息子は、昔から、一つのことに執着しやすい子でした」
「そうなんですか」
「はい。勉強、スポーツ、そして仕事」
母親は、信幸を見つめた。
「全てに、全力で。でも、それが時に、行き過ぎる」
「私への、執着も」
「はい」
母親は、頷いた。
「あなたを、愛しすぎたんです」
亜由美は、信幸の顔を見つめた。
眠っている顔は、穏やかだった。
まるで、子供のような。
「私、どうすればよかったんでしょう」
「分かりません」
母親は、正直に答えた。
「でも、あなたは、悪くない」
「でも、信幸を苦しめた」
「それは、お互い様です」
母親は、立ち上がった。
「少し、二人にしておきます」
「いいんですか」
「はい。あなたが、息子にとって、大切な人だから」
母親は、病室を出た。
亜由美は、信幸のそばに座った。
そして、信幸の手を取った。
冷たい手。
「信幸」
亜由美は、涙を流した。
「ごめんなさい」
何が、ごめんなさい、なのか。
自分でも、分からなかった。
ただ、謝りたかった。
「もう、苦しまないで」
そう、願った。
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