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第三章 声なき声
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1
翌日の放課後、美鈴は2年B組の教室に一人で残った。
窓際の最後列。その空席を見つめる。
夕日が差し込む教室。静寂の中で、美鈴は深呼吸をした。
「田中さん」
声をかけてみる。誰も答えない。
「田中透さん。もし聞こえているなら、返事をしてください」
沈黙。
しかし、その時――。
教室の空気が、微かに震えた。
「……せんせい」
美鈴は息を呑んだ。か細い、遠くから聞こえるような声。
「いるのね。田中さん」
「……みえるんですか」
「見えない。でも、聞こえる」
長い沈黙の後、声が続いた。
「……ありがとうございます」
「何があったの? あなたは、なぜ誰にも見えないの?」
「……わかりません。1年前から、少しずつ消えていったんです」
2
透の話は、途切れ途切れだった。まるで電波の悪いラジオのように、声が途切れ、消え、また微かに聞こえてくる。
「最初は写真に映らなくなりました。家族写真を撮っても、僕だけが写らない。両親は不思議がっていましたが、カメラの故障だと思っていました」
「それから?」
「次に、人の記憶から薄れていきました。友達が僕の顔を思い出せなくなった。名前は覚えているのに、顔が思い出せない。やがて、声も、存在そのものも」
「でも、あなたは確かに存在している」
「はい。僕は、ここにいます。毎日学校に来て、授業を受けて、帰る。でも誰も、僕を見ることができない」
美鈴は胸が締め付けられる思いがした。
「田中透子さんという人を知っている?」
長い沈黙。
「……姉です」
やはり。美鈴の予感は当たっていた。
「10年前、姉はこの学校で死にました。自殺だと言われています。でも、僕は信じられなかった」
「それで、この学校に?」
「真相を知りたかった。姉に何があったのか。なぜ誰も姉のことを覚えていなかったのか」
「でも、この学校に入学した途端、あなたも同じ目に遭った」
「……はい」
3
美鈴は図書館で見つけた記事のことを透に話した。
「クラス全員が加害者だったのに、誰もいじめた記憶がない。それは、彼らが嘘をついていたわけじゃないと思う」
「……どういうことですか」
「この学校には、何かがある。集団の無意識が、見たくないものを消去する力。あなたのお姉さんは、生きながらにして、クラスメイトの認識から消されていった」
透は何も答えなかった。
「誰もいじめた自覚がない。なぜなら、彼らにとって、あなたのお姉さんは『最初からいなかった』から。無視したのではなく、見えなかった。認識できなかった」
「それは……いじめより、残酷ですね」
「ええ。憎しみや悪意があれば、まだ存在を認められている。でも、完全に存在しないことにされる。それは――」
「生きながら、死んでいるのと同じです」
透の声は、諦めに満ちていた。
「先生、もういいんです。僕のことは放っておいてください」
「どうして?」
「先生も、消されてしまいます」
翌日の放課後、美鈴は2年B組の教室に一人で残った。
窓際の最後列。その空席を見つめる。
夕日が差し込む教室。静寂の中で、美鈴は深呼吸をした。
「田中さん」
声をかけてみる。誰も答えない。
「田中透さん。もし聞こえているなら、返事をしてください」
沈黙。
しかし、その時――。
教室の空気が、微かに震えた。
「……せんせい」
美鈴は息を呑んだ。か細い、遠くから聞こえるような声。
「いるのね。田中さん」
「……みえるんですか」
「見えない。でも、聞こえる」
長い沈黙の後、声が続いた。
「……ありがとうございます」
「何があったの? あなたは、なぜ誰にも見えないの?」
「……わかりません。1年前から、少しずつ消えていったんです」
2
透の話は、途切れ途切れだった。まるで電波の悪いラジオのように、声が途切れ、消え、また微かに聞こえてくる。
「最初は写真に映らなくなりました。家族写真を撮っても、僕だけが写らない。両親は不思議がっていましたが、カメラの故障だと思っていました」
「それから?」
「次に、人の記憶から薄れていきました。友達が僕の顔を思い出せなくなった。名前は覚えているのに、顔が思い出せない。やがて、声も、存在そのものも」
「でも、あなたは確かに存在している」
「はい。僕は、ここにいます。毎日学校に来て、授業を受けて、帰る。でも誰も、僕を見ることができない」
美鈴は胸が締め付けられる思いがした。
「田中透子さんという人を知っている?」
長い沈黙。
「……姉です」
やはり。美鈴の予感は当たっていた。
「10年前、姉はこの学校で死にました。自殺だと言われています。でも、僕は信じられなかった」
「それで、この学校に?」
「真相を知りたかった。姉に何があったのか。なぜ誰も姉のことを覚えていなかったのか」
「でも、この学校に入学した途端、あなたも同じ目に遭った」
「……はい」
3
美鈴は図書館で見つけた記事のことを透に話した。
「クラス全員が加害者だったのに、誰もいじめた記憶がない。それは、彼らが嘘をついていたわけじゃないと思う」
「……どういうことですか」
「この学校には、何かがある。集団の無意識が、見たくないものを消去する力。あなたのお姉さんは、生きながらにして、クラスメイトの認識から消されていった」
透は何も答えなかった。
「誰もいじめた自覚がない。なぜなら、彼らにとって、あなたのお姉さんは『最初からいなかった』から。無視したのではなく、見えなかった。認識できなかった」
「それは……いじめより、残酷ですね」
「ええ。憎しみや悪意があれば、まだ存在を認められている。でも、完全に存在しないことにされる。それは――」
「生きながら、死んでいるのと同じです」
透の声は、諦めに満ちていた。
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「どうして?」
「先生も、消されてしまいます」
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