魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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1巻

1-1

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   第一章 王立幼稚園設立


「ちぇんちぇ~あげう~」

 三歳になったばかりのあっ君が、うまく回らない舌で先生と言って駆け寄ってくる。
 ちっちゃな手がぎゅっと強く握りしめた花は、くてっとお辞儀じぎしていた。
 お世辞にも綺麗とは言いがたいけれど、まだお友達とおもちゃの貸し借りもできないのに、私にくれるなんて。その気持ちが嬉しいから、私にとっては世界で一番素敵なお花。

「お花、かわいいね。ありがとう」

 にぱーっと笑顔を見せて走っていく、あっ君の小さな背中を見送る。すると、今度は別の二人の手がエプロンを引っ張る。

「ゆうき、おちっこ」
「みゆもっ!」
「わあ、急ごう!」

 歩いていて間に合わないと困るので、二人を両脇に抱えてトイレに走る。

「すごいね、ちゃんと言えるようになったね」
「えへへ、出ちゃったけど……」

 ハイ、ゆうき君は間に合いませんでした。
 お着替えをさせながら、「でもちゃんと言えて、えらかったね」といっぱいいっぱいほめる。
 いっぱいほめたら、次は今よりもっとできるようになるから。


 私はしんどうここ、二十一歳。幼稚園の新米先生です。


 幼稚園の先生はとっても忙しくて、責任もストレスもハンパない、大変な仕事だよ。汚いこともいっぱいあるし、力仕事もある。その上、子どもはそう簡単に言うことを聞いてくれない。毎日家に帰ったら、何もしたくなくなるほどくったくた。
 でも子どもが大好きだから、私は幸せ。
 ぷくぷくほっぺに、小さな手足。声も仕草も、何もかもがかわいい。
 だけど実は、昔は子どもが苦手だった。子どもは平気で虫を握ったり、よだれでぐっちゃぐちゃにした食べ物を無理やり人にあーんって食べさせようとしたりする。それに、気に入らないことがあったらわんわん泣くし、賢くないし、同じことばかりするから。
 私のそんな考えは、高校時代、幼稚園へ職業体験に行ったことで変わった。
 はじめはやる気なんてなくて、あい笑いでやりすごそうと思っていた。そんな中、先生に頼まれて、子ども用の小さなトイレにペーパーを交換に行ったとき ――

「おねえさんせんせ、それちょーだい」

 捨てようとしたトイレットペーパーのしん。それを欲しがる子に二つ渡したら、喜んで大事そうに持っていった。
 次の日、その子は私のもとへやってきて、綺麗な色紙を貼りつけたペーパーの芯を見せてくれた。二つ並んだ芯は、首から下げられるようになっている。ヒモは、先生にくっつけてもらったんだろう。どうやら双眼鏡のつもりらしい。

「これねー、なんでもみえるんだよ!」

 得意気とくいげに覗きこんで、説明をはじめた。

「ほら! きょうりゅうみえた」

 見えるわけないじゃないか。そう思ったけど、その子はとても嬉しそうに言う。そしたら他の子もやってきて、一緒に夢中になりだした。

「おひめさまもいるよぉ」
「でんしゃー!」

 ……たかがトイレットペーパーの芯で、どうしてここまで盛り上がれるのだろう。そう思っていた私に、子ども達はきらきらした目で、いろんなお話をしてくれた。とっても真剣に、でもニコニコ笑顔で。
 私は気がついた。
 この子達には、本当にいろんなものが見えているんだ。子どもってすごい。賢くないわけじゃなくて、想像力と可能性のかたまりなんだ。子ども達は、これから何にでもなれる、小さな小さな魔法の種。大人になると忘れてしまう大事なものを、いっぱい持ってる。
 それを大事に守ってあげられる、大きく伸ばしてあげられる、そんな大人になりたい。
 そう思ったことをきっかけに、私は幼稚園の先生を目指した。
 幼稚園教諭の免許を取るために、短大に入って勉強をがんばった。ピアノは苦手だったけど、教育実習で子ども達と一緒に唄う先輩先生達の姿を見て、自分も先生達のようになりたい一心で必死に覚えた。絵も勉強し、毎日走って体もきたえた。
 そして幼稚園教諭の免許を得て、晴れて今年の春に幼稚園の補助役の先生として採用された。これから経験を積んでいき、いつかは担任を持って立派な先生になるんだ!
 働きはじめて間もないけれど、子ども達の成長をそばで見ていられる幼稚園の先生になれて、本当によかったと思う。お歌に体操、かけっこ、お絵かき。子ども達はいろんな苦手を克服して、いろんな得意を伸ばしていく。そのお手伝いができて嬉しいし、笑顔や泣き顔に囲まれて毎日が刺激的だ。お仕事は大変でも、子ども達に学ぶことばかりで、楽しいことのほうが多い。
 うん、これは私にとって天職。これから、体は小さいけど大きな可能性を秘めた宝物達にずっと寄り添う、スペシャリストになるのだ! 
 そう決意したというのに。


 仕事帰り、私は案外あっさり死にました。
 自宅を目前にして、車道に飛び出した子どもをかばって、トラックにはねられたのだ。
 まあ、私らしいさいと言ったら、そうだよね。うん。
 でももう、あっ君やみゆちゃん達と会えなくなる……。薄れゆく意識の中で、私はそれが悲しかった。

「何か気の毒ではないですか?」
「まあ、人間ってもろいからなぁ……」

 そんな声が聞こえた気がするが……知らない。


     ◇ ◆ ◇


 あれ?
 死んだと思ったんだけど……。私、生きてるようだね。

「うまくいっているとよいのだが」
「復元は完璧かんぺきなはずです」

 人の声がする。お医者さんかな? かなり盛大に血が出て、がいこつもヤバかったと思ったけど、私って丈夫だったのねぇ。
 不思議と、痛いところもない。目は開けられるかな?
 ぱち。
 おお、普通に開いた。でもまぶしい~!
 もう一度閉じてまた開くと、誰かと目が合った。

「目が覚めたかな?」
「……多分私、まだ寝てると思います」

 うん、私はまだ寝ている。夢の中にいるのだ。だって、目の前に見たこともないほどのとんでもなく男前な顔があるなんて、現実でありえないもの。

「話の受け答えができるということは、目が覚めていると思うのだが」

 男前の彼がツッコミを入れてくる。変な夢だ。それともやっぱり私は死んでいて、ここは天国なんだろうか。

「まあまあ。この状況に驚いておいでなのですよね?」

 そう言いながらもう一人が手を伸ばし、私の体を起こしてくれた。
 ううっ、こっちも見たことないくらい綺麗な人。天使様?
 最初に見た人は、ものすごく長いツヤツヤの黒髪に黒い瞳。ちょっと冷たい感じがするが、とてもカッコいいお兄さんだ。歳は二十代半ばってところだろうか。切れ長の目が印象的。
 体を起こしてくれた人は、ややウェーブのかかった銀色の髪に緑の瞳をした、優しげな細身の美人さん。こちらも膝くらいまでありそうな、ものすごく長い髪で色白。声は低いし長身だから、女の人ではなさそう。
 二人ともそれぞれ日本では見ない服を着ている。刺繍ししゅうやビーズがいっぱいついた、豪華な丈の長い上着にズボン。宝石のアクセサリーもつけている。銀髪の人のおでこで光る飾りの輪なんて、お伽話とぎばなしに出てきそうな感じ。どこかの民族衣装だろうか? もしくは、某歌劇団の男役の人が舞台で着てるような服。
 ふとあたりを見回してみると、明かりがついているけれど暗めの部屋だ。インテリアは黒を基調とした濃い色で統一され、私が横たわっているふかふかのベッドのシーツも黒。壁際には、不思議な形をしたびんつぼみたいなものが並べられてる。
 とりあえず、病院でも天国でもなさそうなことだけはわかった。

「ここ……どこ?」
「ここは私の城の医務室だ。まずはあなたにお礼を申し上げたい。息子を助けてくれて、本当に感謝する」

 黒髪のお兄さんが言った。
 息子? えっと、ひょっとして車にかれそうになってた……。って、ええ? このお兄さん子持ちなんだ! そっちのほうがびっくりだよっ。
 でもよかった、あの子は無事だったんだね。

「よかった。お子さんにけがはありませんでしたか?」
「おかげさまで。しかしあなたを大変な目にわせてしまった」

 黒髪のお兄さんがすまなさそうに言った。

「いや、でもけがもなく生きてるみたいですし?」

 そう言うと、二人は顔を見合わせて複雑な表情をした。笑ってるような、困ってるような。

「言いにくいのだが……人間の進藤心菜さんは、亡くなった」
「はいぃ?」

 私、生きておりますが……?
 何を言ってるんだろう、この黒髪のカッコいいお兄さんは。

「申し遅れた。私は一応、この国の王をやっているレンドラルド。わけあって真名まなは名乗れないが、お許し願いたい」
「王様? この国?」

 何のことかさっぱりわかりません。そんな私の顔を見て、横で聞いていたもう一人の銀髪の人が、微笑んで口を開いた。

「順を追って説明いたしましょう。わたくしは魔王様にお仕えする、この国の宰相ウリエノイル。ここは魔界とでも申しましょうか、あなたの知っている世界とは、違う次元にございます」
「魔王? 魔界?」
「このドドイル王国は魔族の国。こちらはそのおさであられるので、魔王ということです」
「はぁ……」

 やっぱりおっしゃってる意味がさっぱりわかりません。

「先日、魔王様のご子息のユーリ様が、ご機嫌を損ねられて大泣きされたときのことでした。異界との間に生じた穴からユーリ様が飛び出されたのですが、ちょうどそこへあなたの世界の乗り物が来まして、後はご存じの通り」
「私がかばって、かわりにトラックにかれたと」
「そういうことでございますね」

 ……頭がくらくらしてきた。

「で? それなのになぜ、私は生きているのでしょうか?」
「責任を感じられた魔王様が、こちらの世界にお連れになったのです。魔力で体を再生し、欠けた部分を足して、完全に復元なさいました。不自由はないと思います」

 銀髪さんはさわやかに笑っていますが、とんでもなく恐ろしいことを言われた気がする……。欠けた部分って。ちょっと取れてたってことですね。手足の一本くらいは。

「あのような鉄の箱にぶつかったくらいでは、ユーリ様はけが一つなさらないでしょうが、乗り物は大破するでしょう。運転手の命をお救いいただき、本当にありがとうございました」

 また、あまり知りたくないことを聞いたな。子どもを助けた気でいたけど、私は余計なお世話で死んだってことですか? 私を轢いた運転手さんに申し訳ない。

「もう向こうの世界との穴はふさぎましたし、あちらではあなたの葬儀も済んだようです。なので、元の世界にお帰りいただくわけにはまいりません」

 何も言葉が出なかった。

「まあ、この魔界、ドドイル王国もよいところですよ。こちらで長い人生を楽しんでください」

 …………これ、現実なんですか?
 私の夢は立派な幼稚園の先生になること。ずっと子ども達に囲まれて、幼児教育にたずさわっていくつもりだったのに。
 魔界って何ですか? 魔王って何よ? そんなの、どこのファンタジーの話ですか?
 でも私は今、こうして生きてるし、ほっぺをつねったら痛い。目の前にいる人達だって、息もまばたきもしている。

「にわかには信じがたいと思うが、これは現実なのだ」

 レンなんちゃらという黒髪の王様の静かな声が、遠く聞こえた。

「ううっ……」

 現実。これは現実なの? 私のお葬式も済んだって……お父さんとお母さんは悲しんだだろうか。泣かせてしまっただろうか。すごくすごく、親不孝じゃないの。それに友達や同僚の先生達、子ども達にも、もう会えないんだ。
 急に怖くなってさびしくなって、私は悲しみに打ちひしがれる。
 と、そのとき ――

「おとうたまっ!」

 愛らしい声とともに、バーンと大きな音を立てて扉が開いた。
 てけてけと走ってきて、王様に飛びついた小さな人影。

「ユーリ、お姉さんがお目覚めだよ。お前からもよくお礼を言いなさい」

 お父さんによく似た、短い黒髪の男の子。そうだ、さいに見たのはこんな子だった。

「ねーたん、ありあと」

 ……かわいい。無茶苦茶むちゃくちゃ、かわいい。

「その……失礼を承知であなたのことを少し調べさせてもらったのだが、たくさんの子どもの世話をするのが仕事だったようだね?」

 随分ずいぶんと腰の低い王様だな。魔王様だとウリなんとかさんが言っていたけど。子どもを抱き上げる様子は優しそうだ。

「はい。幼稚園という小さな子ども達の教育をするところに勤めてました」
「子どもが好きなのかな? えっとシンドウ……」
「ココナです。はい、大好きです!」

 この質問には即答できる。はりきって言うと、魔王様がうなずきながら提案してきた。

「ココナさん。もしよかったら、この城でこの子の面倒をみてもらえないだろうか」

 うおおっ! ナニそれ!

「三食お部屋つきということで。ついでにおやつもおつけしますよ?」

 ウリなんとかさんのフォロー。どうも魔王様は言葉が少ない人のようだ。
 ……いろいろと気にかかることはあるけれど、もうよいじゃないか。
 人間の世界の進藤心菜は……幼稚園の心菜先生はもういないのだ。
 家族にすまないと思う気持ちはすぐには消えないと思うけど、それでも私はここにいる。魔界だろうと何だろうと、生きてやろうじゃないか! 異常に切り替えが早いのが私のいいところだ。
 ここでも子どもにたずさわる仕事ができるなら、夢が叶うかもしれないじゃないか!
 魔王様の腕の中にいる男の子を見ると、少し笑ってくれる。かわいい……!

「抱っこさせてもらってもいいですか?」
「ユーリ」

 魔王様にうながされて、私に伸びてくる、ふくふくとした小さな小さな手。
 抱きしめると、子ども特有の甘酸あまずっぱい匂いがした。軽くて柔らかい体に、頬に触れる髪の感触。人間の子と同じ。

「私はココナです。お名前は言えますか? いくつですか?」
「ユーリれす。こにょまえ、しゃんしゃいになりまちた!」

 かわいらしい声で、元気よくご挨拶あいさつしてくれたユーリちゃん。
 三歳になったばかりということは、私が幼稚園で見ていた年少さんの子ども達と同い年。

「ユーリちゃん、これからよろしくお願いします」
「よろちくおねあいちましゅ!」

 ニッコリ笑ったユーリちゃんに、心を鷲掴わしづかみにされた。本当にかわいい!


「体を再生してくださって、ありがとうございました。これからお世話になります」

 二人を見ると、そろってうなずいてくれる。
 こうして、私の魔界生活がはじまった。


 ――だが、現実は甘いものではなかったようで。
 だってここは魔界だよ、魔界。生まれ育った人間の世界とは、まったく違うところ。
 なぜ言葉が通じるのかはいてみたら流されてしまったので、後で説明してもらうとして。
 白いご飯がなかろうと枕が変わろうと寝られる、こだわりのない……いやいや順応性に自信がある私だが、さすがに勝手が違いすぎる。そのせいで泣いている暇さえなかったのは、ある意味幸いだったのかもしれない。

「城の外は危険なので、お一人では出ないでくださいね」

 ユーリちゃんのお世話係になると決まった後、宰相閣下らしいウリなんとかさんが優しくいろいろと教えてくださった。ここ、ドドイル王国は魔界の中心なのだという。魔界を取りまとめる役割をにない、他の国とは一線をかくしている。
 超男前でぼんのうな若いパパに見える王様は、魔族のおさであるだけでなく、この世界の全てをつかさどる『魔王』で、それはそれはえらいお方なのだ。その一人息子ということは、ユーリちゃんはただの王子様でなく『次期魔王』という大事なお世継よつぎ。
 その魔王様のお城は、すなわち魔界の心臓とも言える場所である。何ともすごいところに住むことになったものだ。
 このお城はとーっても大きい。全貌ぜんぼうを見ようとすると空高くまで飛ばないといけないらしいので、絵でイメージを見せてもらった。とがった屋根のとうがいくつも集まった、立派で変わっている建物。どことなく西洋のお城や教会にも似てるけど、こちらはもっと禍々まがまがしい感じがする。多分、黒い壁と、窓枠や手すりを彩る紫色が原因だろうな……
 そしてお城は、高い高い山のてっぺんにあるのだとか。廊下に飾られていた絵で見る限り、中国の水墨画にありそうな、ほぼ垂直な断崖絶壁だんがいぜっぺきの山。山の中腹には雲がかかってる。ふもとには森があり、その外側に町が広がってるんだって。
 ドーナツみたいに山を囲んでいる森には、人や魔物を食べる魔界の木が生えているらしい。それを聞いて、怖いので外に出るのは後日にとお願いした。魔界についての説明を聞いた後は、広い城を見て回る。全ての部屋を見るのには何日もかかるとかで、普段使う部屋だけを案内してもらった。
 それでも、人間界との違いは充分すぎるほどよくわかった。
 まず、人の見た目が違う。魔王様や宰相様、ユーリちゃんは人間と変わらない姿だけど、これはとても強い魔力を持った最高位の魔族だけなんだそうだ。魔族はたくさんの種族に分かれていて、ほとんどは、けものに近かったり、植物みたいだったり、すっごく大きかったり小さかったりと様々な姿をしているのだという。
 ちなみに魔族とは、豊かな知性と言葉を持った、文化的で長命な種族の総称。魔物とは、弱いながらも魔力はあるが、知性を持たない動物や植物を指すのだとか。その中間に、短命で知性を持つ魔人というのもいるらしい。うーん、早くも頭がこんがらがってきたよ。
 必死に情報を整理しながら歩いていたとき、かたかたという音がしたので振り返ると……

「ごきげんよう」
「ひっ!」

 骸骨がいこつがぁー歩いてるー! 陽気な声で挨拶あいさつして会釈えしゃくしたー!

「彼はスケルトンです。勤勉な種族で、城にもたくさん勤めております。とてもあいがよいのですよ」

 ちょっと驚いてしまったけど、骨格標本が話してると思えば、ややかわいく感じてきた。
 次にすれ違った猫獣人ねこじゅうじんさんには、獣耳けものみみ尻尾しっぽがついていた。ほぼ人型でかわいい。その他にも小柄でとがった耳に緑っぽいお肌をしたゴブリンさん、何となく豚っぽいオークさん。顔がウサギっぽくて飛び跳ねてるグレムリンさん、日本でもお馴染なじみのカッパさんなど、お城勤めの方達はバリエーションが豊かで、廊下を歩いているだけで飛び上がることの連続だった。
 日本ではあまり感じなかったけど、地球でも肌や髪や目の色は様々だった。ここではその差が大きいだけで、人間と同じなんだよね……納得するには、少し時間がかかりそう。でも、みんなフレンドリーで、思った以上に早く仲よくなれた。
 他にも、人間界とは違って電気やガス、科学技術はない。その代わり、魔物の力を使って生活してるのだという。照明は魔物の光る眼だったり、お掃除ロボットならぬお掃除魔物が廊下をってたりと、まあ本当に変わってる。いちいち驚いては飛び上がる私に、宰相閣下は丁寧に一つ一つ説明してくれた。
 何となくわかったのは、魔界は機械に頼らなくてもエコで便利ということだ。

「それにしても、このお城は造りが大きいですね。皆さんそんなに大きくないのに」

 天井の高さや廊下の幅、ドアの大きさなどが日本の建物の三倍くらいはある気がする。途中見たソファーで、よじ登らないといけないほど大きなものもあった。気になっていてみると、宰相閣下は微笑んで、意味深にこう言うだけだった。

「それがなぜなのかは、おいおいわかりますよ」
「はあ……」

 何か理由はあるみたいだが、今訊くことではないのかと、それ以上は問わなかった。
 そして初日に最も衝撃的で難関だったのは……

「あ、あのっ、ウリっ……宰相閣下」
「ウリエノイルです。ココナさんはわたくしより立場が上でいらっしゃいますので、敬語でなく普通にしゃべっていただいたほうがよいですね」

 立場が上? どういうことかはイマイチわからないが、この人は歳も近そうだし、親切で愛想がよく、喋りやすそう。ぜひ仲よくしておきたいところだ。それにしても、舌をみそうな名前だなあ。ここはアレだね、幼稚園でもそうだったように、愛称で呼ばせていただこう。

「ウリちゃんでいいですか? 親しみをこめて」
「親しみをこめてですか。よいですね、嬉しいです」

 というわけで以後、ウリちゃんと呼ぶことになりました。

「では、ウリちゃん。すごく訊きづらいのだけど、トイレはどちら?」

 男性に訊くのは恥ずかしかったものの、実は先ほどから我慢していたのだ。
 そして案内されたのは小さな個室。花が飾られた手洗い場もあって、小綺麗ですよ。

「普通だね。よかった」

 清潔そうな、見慣れた洋式トイレ。だけど、なんか、がさごそって音が……
 一度個室を出て、廊下で待っていてくれるウリちゃんにく。

「あの……何か音が聞こえたのですが?」
「魔物でしょう。便器の下で魔物が排泄物はいせつぶつを浄化し、綺麗な水だけが還元される仕組みですので」
「ということは、下に何かいる?」
「はい。ま、落ちない限り安全ですので。怖かったら、ご一緒しましょうか?」

 ご一緒って、さりげなくものすごいことを言いましたね! ご一緒したくないです!

「いえ、結構です」

 鍵をかけて入りましたとも。
 ……無事に用を足したよ、耳をふさいで。日本のトイレでも浄化槽じょうかそうにいるバクテリアが水を綺麗にするわけだから、それがちょっと大きいだけだと自分に言い聞かせて。下にいる魔物さんには目がないらしく、覗き見はしないとのことで少し安心……できないけどね!
 その後、手洗い場で蛇口をひねって、また飛び上がった。じゃーっと出てきたのは、真っ赤な液体! 血? 血なの!?

「ひぃいいいっ!」

 個室を飛び出して、ウリちゃんに飛びついた。

「あっ、あのっ! 水道からあ、あ、あかっ、赤いいいいいっ、赤いのがっ!」
「水は赤いものですよ?」

 至極しごく当たり前という感じで答えられた。水なのか、あれは。
 水は赤、空は紫。それが魔界の常識なのだそうだ。人間界とは何かと色が違う世界なんだね。
 城の案内がひと通り終わると、ウリちゃんは私をある部屋に案内した。

「どうぞこちらをお使いください」

 私の自由にしていいという部屋は、驚くほど広かった。短大に入るときに実家を出て、以来ワンルームマンションに住んでいたが、その三倍はありそうだ。それに豪華。奥のベッドには、ピンクのヒラヒラカーテンのかかった天蓋てんがいがついてますけど! 壁一面のクローゼット、本棚にデスク、ドレッサーとか見えますけど! いいんですか、こんな立派なお部屋を使っても……訊こうと思っていると、ウリちゃんが口を開いた。

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