僕に翼があったなら

まりの

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巣立ち

お兄ちゃん魔法にかかる

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「捕まえるって……」
 何だか怖い言葉だ。動物が他の種類を捕まえる時。それは食べるため。
 僕の顔に怯えが出ていたのだろうか。お姫様は慌てて首を振った。
「別に傷つけたり、殺したりしたいわけじゃないのよ。勿論食べないわよ。とても大事にするわ。お城で飼いたいだけなの」
「飼う……」
 飼う。それは誰かの物になるっていう事。
 好きな時に好きな所へ自由に空を飛ぶのが鳥なのに。誰のものにもならないのが鳥なのに。お城で飼うなんて……。
「海の向こうの国々は魔物が原因でちょっと前まで戦争をしてたの。それを鎮めたある国のお姫様と騎士は、馬でなく大きな聖鳥の背に乗っていたのですって。それを聞いたお父様が『それイイね!』って言い出して」
 お姫様のお父さんという事は……王様か。
 戦争って言うのは沢山の人が戦う事だ。いっぱい人が死ぬの。見た事が無いはずなのに、聞いただけで嫌な気持ちになる言葉。
「野生の大翼鳥はこのトトイの崖にしか巣を作らない。騎士の聖鳥もここの生まれだと聞いたわ。海を飛んで渡れるほど強い生命力を持った生き物。それにこんなに綺麗」
 もう一度お姫様はルイドの羽根を撫でた。気持ち良さそうに目を閉じてるルイドには、人間の言葉がわかってない。
「……大人になった鳥は人のいう事なんか聞かないと思うよ」
「わかってる。だから本当は雛が欲しかったの。でも大翼鳥の巣は人が行ける場所じゃない。それにとても子供を可愛がるから攫うなんて出来無いわ。それはあなたが一番良く知ってるでしょ?」
 餌を獲りに行く短い間しか、お母さんは僕達から離れなかった。咥えて、抱きしめて、ずっと体をくっつけて。全身で愛してくれた。他のお母さん鳥も同じだと思う。雛がいなくなったりしたらきっと死ぬほど探し回って、攫った者を殺してしまうだろう。小さな雛が捕られなくて良かった……。
「だから困ってたの。弓で射るのも傷つけてしまうから嫌だし、どうやって捕まえようって。近づきさえ出来れば私が何とか出来るのだけど」
 じわじわと不安になって来た。頭の中で何かが叫んでる。
 ――――逃げろ。
「ルイド、すぐに逃げて」
「……」
 あれ? ルイドの返事が無い。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
 目を閉じたままのルイドはしらんぷりしてる。何だか様子がおかしい。
「ルイドに何かしたの?」
「ちょっと魅了の魔法を。飛んでいかれたら嫌だから」
「魔法……?」
 よくわからないけど、お姫様はいい人じゃ無いかもしれない。怖い。
「ルイド、ルイド? お兄ちゃんってば!」
 白い体を揺すって一生懸命呼びかけると、目がちらとこっちを見た。その目は眠いみたいにぼんやりしてて、いつもの輝きは無い。
「シス……俺、何かおかしい……」
「ルイド?」
 ついにルイドは足を畳んでお腹を地面に着けてしまった。
「元に戻してよ! お兄ちゃんを捕まえないで。巣立ったばかりなんだよ? やっと一人で飛べるようになったんだよ?」
 お姫様にお願いしても、小さく首を振っただけで目を逸らされた。
「リンドさん、お姫様に言って!」
「……悪いな。王様の命令は絶対なんだ」
 ううっ、ものすごく悲しくなってきた。涙出ちゃう。泣いちゃいけないのに。僕、オスなのに。
「な、泣くなよ。獲って食うワケじゃないし、王都もいいところだぞ? 王様に飼われたら食べ物にも困らないし、怖い獣に襲われる事も無い。温かいいい小屋だってもらえるぞ?」
 そうかもしれないけど、納得は出来なかった。もっと深い所で、それはいけない事なんだってわかるんだ。本能で。
「リンドさんもお姫様もキライ! 人間なんて大嫌いっ!」
 今すぐ走ってどこかに行っちゃいたかったけど、ルイドをこのままにしておけない。ルイドは僕を心配して来てくれたのに。だから、叫ぶしか出来なかった。
「シス……」
 リンドさんが僕の方に手を伸ばしたけど逃げた。本当はぎゅってして欲しかったかもしれない。そしたら少しは落ち着けたかもしれないのに……。
「お前も人間だろ?」
「……僕は……」
 僕は自分が大嫌いって言った人間……。
 その時、僕の頭にはっきりした記憶が蘇った。

「ぴーちゃん。おはよう」
「ピーチャン、オハヨ」
 銀色の鳥籠。中にいるのは小さなぴーちゃん。
 首を右に左に傾げるのが本当に可愛くて、籠から出すと手に飛び乗って、僕を真似て言葉まで喋るんだ。
 まだ羽根も揃ってない雛から育てたインコ。黄色い顔と緑のお腹の色が鮮やかで、ピンと伸びた尾羽は黒く光ってた。
 僕はとても大事にしてた。でもある時、耳を齧られて痛くて驚いた隙に、開いたままだった窓から飛んで行ってしまった。
 餌のとり方も知らない、人が世話をしてやらないと生きていけないはずなのに。猫になんか簡単に獲られてしまうのに。
 ぴーちゃんはいつも窓の外の空を見てた。狭い籠の中から。空を映すガラスにぶつかって怪我をした事もあった。
 僕は大事に飼っていたつもりだったけど、ぴーちゃんは嫌だったのかもしれない。せっかく翼があるのに自由に飛べないなんて。
 ずっと自由に憧れて、空に憧れて……。
 何日かして、庭の隅で冷たくなったぴーちゃんを見つけた時、僕は泣いた。悲しかっただけじゃない。もし籠の鳥でなかったら、もっと自由に飛べたのに……そう思って。
 僕は鳥を人の都合良く飼っていた側の人間なんだ。

 ルイドは籠の鳥じゃない。広い空を飛べて、ちゃんと自分で餌も獲れる。自由であるはずなんだ。誰かに飼われていいものじゃないんだ。
 ルイドだけじゃない。お母さんも、他の鳥も。
「飼うのは……ダメ。人間も鳥も対等なんだよ。誰かのモノになっていいわけないんだよ」
 僕は一生懸命言ったつもりだった。わかってくれるといい。それがわからないなら、本当に人間なんて嫌だと思う。
「じゃあ、こういうのはどう? お兄さんの魔法を解いてあげる。他の鳥を捕まえもしない。代りにあなたを連れて王都に帰るの。勿論飼ったりはしないわ。でもあなたは人間だもの。同じ仲間の元で暮らす方がいいでしょ」
 お姫様がにっこり笑って言った。わあ、話がわかるかも。
「姫様……」
 リンドさんは何か言いたげだったが、お姫様がそれを止めた。
「だから、お兄さんにそう言ってあげなさい」
 僕は嬉しくて何度も頷いた。

 頭のいいお姫様に、まんまと乗せられた事に気がついたのは、かなり経ってからだった。
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