狼さんの眼鏡~Wild in Blood番外編~

まりの

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8:マルカちゃん最凶伝説

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 さあ、いよいよ困った事になったわよ~。
 ただでさえ良からぬ噂がたってるというのに、その上凶悪H・Kを一撃でのしたという不本意な武勇伝まで加わって……これは事実ではあるのだが……ものすごい私の人物像が出来上がってしまった。
 こうなると、耳が良くなくたって聞こえてくるわよ。『マルカちゃん最強にして最凶伝説』が。
「研究室から出て来ないのは、あまりに強すぎて死者を出さないために隠されてるからなんだって」
「よく生きてるな、ディーン……羨ましいと思ってたけど、凄く可哀想になってきたぞ」
「きっとあの大人しそうな見た目に騙されて、付き合ったのはいいけど、命の危険を感じて恐ろしくて別れられないのよ。気の毒に……」
 みんな言いたい放題だわね。
 横を見ると、その気の毒な男がお腹を抱えて必死に笑いを堪えていた。
 これ以上一緒にいると本当に彼を殺してしまいかねないので、医局に置いて来ようとも思ったのに、例のSな先生に強制お持ち帰りさせられた。最後まで責任をとりなさいと。私はともかく、持ち帰られる方の気持ちにもなってやってくれ……。
 で、またも渋々な感じでデート(?)の再開だ。
 怪我人を連れて歩くのも体に障るし、今日の彼の運の悪さはどうも最高潮なので、開き直りついでに中央ロビーの隅っこにあるソファに並んで座っているのだが……人通り多いわ。
「笑い事じゃないですよ」
「だって……面白すぎて。ああ、腹痛い。人の噂ってこんなに膨らむんだと思うと……」
「他人事だと思って」
「他人事じゃないさ。俺だって相当色々と言われてるぞ。女に守ってもらった不甲斐ない奴だとか、実は物凄い女ったらしだとか。一部当たってるから仕方ないけど」
「当たってるって、女ったらしなんですか?」
「……噛んでほしい? 痛いぞ」
「じょ、冗談です」
 牙を見せないで~。さすがにそれは怖い。でもちょっと噛まれたいかもぉ~。甘噛みぐらいで。
 あの場合仕方がなかったとはいえ、男が女に助けられるっていうのは面白い事では無いわよね。余計に怪我を悪化させた上に、そんな汚名まで着せてしまったのだ。もし、彼があの時気がつかなかったら、ガラスの破片で怪我をしてたし、見えないのに必死で私を庇ってくれたことを皆知らないから。眼鏡があったら、きっとこんな事にはならなかったのに。
「ま、実際君は命の恩人だから。もし見えていても、俺は一撃でのしたり出来ないしね」
「……それは強烈な皮肉なんでしょうね」
「いや、本心だよ。どう? 自分の能力が役立たずじゃないってわかっただろ?」
「それはね。少しですけど。でもそのせいでまたもとんでもない噂が……ううっ」
「気にするなって。明日になれば変な噂は消える」
「え?」
「ちゃんと考えがあるから。心配するな」
 自信ありげに言うからには、彼には何かいい作戦があるんだろう。私には何も思いつかないので任せるしかない。
 でも……なんかちょっと胸の奥でちくんとするものがあった。
 何だろう? この感じ……。
「でもまだ今日は終わってないよ。最後まで責任を取ってくれるんだろ? 俺の眼鏡さん」
「もちろんです。あの怖いお医者さんに逆らえませんし、なにより全て私の責任ですので。それに手ぶらで研究室にも戻れそうにないし」
「ああ、そうそう。それだけど、もし今データを持ってるなら読み上げてくれてもいいよ。異常箇所の特定くらいなら手伝えるかもしれないよ。どうせヒマだし」
「持ってますけど……読み上げるって……恐ろしいデータ量ですが?」
「A・Hとはいえ人間だから染色体数は23×2だし、それに何が組み合わされてるかにもよるけど哺乳類だったらいくら多くても100×2ぐらいだろ? トリミングされてるからそこまでもないし。その中の構成データまで読むなら、う~ん……余計な部分を省けばざっと六十億くらい?」
「……気が遠くなります。私の舌が持ちません」
「じゃあ、基本染色体情報だけ。関係なさそうって所は省けば? シークエンシング済んでるとこ」
「それでも相当ですよ? ってかどうやって特定するんです? 比較データもメモも何も無しで……ってか、そもそも見えないんでしたね」
「頭の中でマップを作ればいいじゃないか。で、覚えている基本データを重ね合わせて検証する」
「へっ??」
 ……何を言ってるんだこの人は。さっきベンチで頭も打ったかな。
「いいから。じゃあ、まず検体の外的情報を。そうでないと染色体数すらわからない」
 とりあえずポケットから見せるはずだった小型パッドを出した。本当に読むの?
「完全人型のイヌ科のA・Hです。性別はXYなんで男性です。外的差異はほとんど無いようです」
「それだけ?」
「はあ、一応G・A・N・Pの隊員の誰からしいのですが人物の特定はプライバシー保護の観点から明かされてません」
「まあいいや。イヌなら76だな。外的差異がないならもう少し少ないから……わからないところはそうだな、その他(others)のOでいい。じゃあ、ヒト1番から」
 そして人間の形をしたコンピューターとの長い長い戦いが始まった……。

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