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星龍の章 第一部
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しおりを挟む「カイには何も言わなかったが、この首の印の意味は知ってる。危険な事も。
何によって起爆するかまではわからないが、俺はお誘い頂いても理想郷になど行く気も無いし、またそんなものがこの世にあるとも思わない。
よく考えてみて、方舟から出た竜の正体は薄々わかった。喩えでなく人名だと気が付いたから。
どのような形で外へ出て来たのか知らないが、並大抵の相手じゃない。確かに彼ならA・Hにとっての理想郷を築くかもしれない。だが理想などというものは人に与えられるものじゃない。こんな印一つで人の運命を変えるなど可笑しな事だ。人それぞれ目指すところは違うのだから。たとえ争いも差別もないところでも、それは楽園とは呼べないと思う。
……正直、自分の子供が本当に上手く育つとは思ってなかったから最初は混乱したが、今は一度でいい、この手で子供を抱いてみたいと思う。ルーの卵子とはいえ、遺伝子上はフェイと俺の子と同じだから。これが今の一番の願い。
その願いが叶ったら、もう一度ミカのところに行って真実を確かめようと思う。もしも俺の考えが正しければ、十年近く前に自分が蒔いてしまった種だ。この手で刈り取らなければいけない。
なぜ、せめて三年前にケリをつけておかなかったのかが悔やまれるが、それでは子供に会う機会も無かっただろう。本当に運命とは皮肉なものだと思う。
今度はもう帰れない。でももう一つだけ願いがある。
フェイ、泣かないでくれ。今度は頭、撫でてやれないから。
それからカイと仲良くな。きっと彼なら、こんなにお前を悲しませてばかりだった男より、絶対に大事にしてくれるから。お前の事、好きみたいだぞ。ちょっと悔しいけど彼になら許せるかな。一人の女として幸せになって欲しい。
本当に勝手でごめん。でも、ありがとう。一緒にいる時が一番幸せだったよ」
ぷつっと、音声は切れた。
やっぱり、死ぬ気だったんだな。良かったよ、これが本当の遺言にならなくて。
「……ディーン……」
フェイの目に涙が浮かんだ。
「泣かないでくれって言ってただろ?」
「うん……うん……」
「行ってしまわなかったから、生きてるんだから。一緒にいる時が幸せなら、これからも。だから泣かないで」
「うん……」
抱きしめるとフェイの手もオレの背中に回った。細くて柔らかくて温かい、こんなに愛おしいものを置いて行く覚悟って相当だったろうな。本人にしてみたら、ここまで覚悟を決めてたのに不本意かもしれないけど、やっぱり生きててくれただけで良かったって思う。
想いも何もかも忘れてしまっても、まだ傍にいられるよ。触れる事も、笑顔を見ることも出来るよ。本当に死んでしまったら、どんなに願ってもきっとフェイは二度と立ち直れなかったと思うよ。それはオレにとっても一番辛い事だから――――。
「……カイ、僕の事好き?」
「うん。大好き」
「僕も……スキ」
その日、本部には還らなかった。えっと……その後ちょっと盛り上がってしまって。
フェイが本心からオレを求めたのかどうかはわからない。何かを忘れたくて、何かを振り切るための儀式だったのかもしれない。それでもいい、触れ合った肌からこの想いは届いただろ? 壊れるほど抱きしめたその間だけでも、心も体も全部繋がりあえたよな?
テディベアだけが見ている真っ白な部屋で。
「こら、育児放棄してんじゃないわよ」
早朝こっそり帰って医局の女医さんに叱られた……つ~か何? その笑顔。余計怖いよ。
「ま、若いんだし、たまにはこういう日もあってもいいとは思うけどね。うふふふ」
ひょ、ひょっとしてバレバレですかっ? そんなにわかりますか? どんだけ察しがいいんだよ、このおばさんは!
「デリアにお礼言っときなさいよ。昨夜二人の面倒をみてくれてたんだから」
「ええっ? あの人が? ルイ達怖がってませんでした?」
うう、あの手で……子供を? ドリルに丸ノコだぞっ?
「すっかり人気者よ。あんたと一緒で子供ウケいいのよ、彼女は」
こりゃ意外。そーっと病室を覗くと、ベッドで身を寄せ合うように眠ってるルイとディーンをDrアルブレヒトが見つめていた。その横顔は聖母の様だ。半分だけ。
「その、ありがとうございました」
「いいんですのよ。見てください、可愛いですわね。こんな天使のような笑顔や寝顔を見せていただけるだけで私、幸せですの」
この人……すごくいい人かも。きっと何の先入観も無い子供にはわかるんだ。
しっかし、眠ってる二人、本当の親子なのに兄弟みたい。天使の寝顔だね、ホント。
ほら、こうやって願いは叶ってるよ。関係も形も変わっちゃったけど、きっと良かったんだよ、これで。
……生きててくれてありがとう。
で、だ。
全てを引き受けると心に決めた以上は、オレは事態を何とかしなきゃいけないわけで。
解除コードとやらの答えは半分しかわからないし、そもそも何のためのコードなのかもわからない。それに、音声ファイルの中の言葉にも、気になる事も幾つかあったしな。
フェイに端末を持たしておくとまた先日の様に狙われるかもしれないので、オレが預かっておくことにした。とりあえず気になる事だけメモにまとめてみる。
1、方舟から出た竜の正体
これについては、ロンの事というより彼の体に移植された脳の元の人物という事だろう。竜は人名である、職業上ラテン語を使うことがある、ディーンと十年前に何かあった……そんな手掛かりが得られた。ロンというのは確かに竜という意味だと本部長も言っていたが、彼はロンを知らなかったわけだし、考えすぎかとも思うが、フェイに知られないようわざとその名を出さなかったみたいに聞えたのだ。となると、他の人物で、名前が竜に縁ある人物、尚且つフェイにも関係のある人物だという絞込みが可能。
2、三年前にケリをつけるチャンスがあった
これは1とだぶる部分はあるが、三年前とはあの印の現れた夜に聞いた、闇市場の親玉に囚われた時のことだろう。その時にすでに会っている事になる。ミカさんに真実を確めると言ってた辺りがそれを肯定してる。だが、もしそこで終わっていたらルイが存在しなかったという事も言ってた。その辺が鍵かも。
3、第二解除コードの続き
ファイルが壊れていたのはわざとでは無く、偶然のミスか運が悪かったんだろう。とりあえず『alternationは交互性。それぞれの名を一文字』まではわかってるから、この後を考える必要がある。子の父と母、これは『Deen』『Lue』であるが、もう一人ってのは誰? それを交互に並べ替えればいいんだな。
4、最終解除コード
これについては全く手掛かりも無く、思いつきもしない。もう少し考えてみる。逆さの王冠はともかく、会った事も無いミカさんに私は何って言われても困るな。
5、そもそも何を解除するコードなのか
これも今のところほぼ手掛かり無し。ロンが自分の理想を完成させるのに絶対に必要だと言った以外は。逆に考えれば、これが無いので何かを解除できずにロンが困ってるという事。誰かが目論みを阻止するために、何かにロックをかけた?
6、ロンから誰に脳を移植しなおす気だったか
どうもロンの体は、イマイチ脳の主には合わなかったらしい。ちょこっと気になる事も言ってた。『狼の血が邪魔を』って。1、2が判ればおのずとここも答えが出る気がする。あと、Drアルブレヒトが健康な体だったから断ったとも言ってた。彼女にもう少し詳しく訊いてみれば少しは手掛かりになるかも?
……とまあ、考えなきゃいけない事はこんなにある。前途多難だなぁ……。
記憶と今あるデータを組み合わせて、この頭をフル活動させなきゃな。
だが、もしも全ての謎が解けたらその後は?
オレは……。
まあいいか、もう思い残すことも無いしさ。
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