私のレンズに写るものは 〜視覚障害を持つ少女〜

梅屋さくら

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 ざわざわと騒がしい駅の構内。
手や足の裏に全神経を集中させて歩いていく。
暑さによって浮かんだ額の汗とは違う、嫌な汗が手に浮かんでいた。
カンカンと手が何かにあたる感覚をたどり、見失ったら握っているそれをワイパーみたいに動かしてまたカンカンとなる場所を探す。
 ——手に持っているのは白杖、辿っているのは点字ブロック。
これ使うのは久しぶりでまだ恐怖心が強い。

 普段通学には親が車で送ってくれるのだが、昨日車が壊れてしまったので今日はひとりで2駅だけ電車に乗って、駅から学校までを運行するバス停まで歩くことになったのだ。
学校に連絡をすれば先生が迎えに来てくれる。
しかし私はひとりでも白杖を使って歩ける姿を見せたくて連絡を拒んだのだ。

 朝早いから人通りが多くないこともあって、ぜんぜんひとりで歩くのも平気じゃない……

「きゃ……!」
「うわあすみません!」

 油断したからだ。
若い男性と思われる人にぶつかってしまった。
立ち上がろうとしたのだが、足首を捻ってしまったようで上手く力が入らない。
 ただでさえ1人で改札を通るのに苦戦したりしたので急がなければバスは間に合わない。

「ちょっとごめんね」

 まだ何も言っていないのにその男性は私を自分の背中に乗せた。
私よりずっと広い背中、太い腕……男の人、って感じの体。
でもなるべく肌には触れないようにしてくれている気遣いを感じる。

「学校はなんていうところ?」

 答えると地図アプリでさっと検索をして歩き出した。
 乗る予定だったバスのエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえる。
15分待てば次のバスが来ることを伝えるも、歩けば5分弱程度で着くからと言って男性は歩き続ける。

 なにかを話しかけるのも違う気がして心地良い揺れに身を任せていた。
私自身は動いていないのに、セミの声もあいまって暑さを強く感じた。
自然と浮かぶ汗を、男性の背中につけてしまうことのないように慌ててハンカチで拭った。

「たぶん学校着いたんだけど、保健室はどこかな。足が腫れる前に冷やさないと……」
「なにしてるの、みつひ」

 男性がびくりと体を震わせて後ろを振り返る様子が伝わってくる。
この機械の声……理人だ。
声色から感情を読み取ることはできないが、私の名前を打ち間違えているので焦ったのだろう。

「怪しい者じゃないよ、駅でぶつかって足を怪我させたようだから学校まで送ってきたんだ。……不安な様子だから一応これ、名刺」

 途中までスマホの音声入力機能を使って話す。
私にはわからないが、説明された後も理人は訝しげな顔をしていたのだろう。想像がつく。
理人は過保護だから。
 これ以上この男性に時間を取らせるのは申し訳ない。
そう思って私は彼の背中から降りた。
だいぶ足の痛みは引いた様子だ。

「すみません、送っていただいて。足は大丈夫です」
「本当に大丈夫ですか?」

 私が頷くと、

「じゃあ俺は帰るね。本当にごめんなさい。もし治療にお金がかかるようなら、向こうの彼に渡した名刺の連絡先に電話なりなんなりしてください」

 彼は去り際に私の肩をぽんぽんと叩いた。
私は声のした方に向かってお辞儀をする。

「本当に、大丈夫なの? 光穂」
「本当に本当に平気! 一応保健室には行くから」
「ならよかった。今日はなんの事情かわからないけど、車ないなら僕に連絡して」

 なんだか怒っているような雰囲気だ。
 私は苦笑しつつ、

「今度からそうする」

 とだけ言った。

 その後保健室に行くと保冷剤を足に巻いてくれた。
ひんやりとした保冷剤は、この暑い夏にはとても気持ち良かった。
 帰りは理人が教室の前で待っていて、一緒に車に乗り送ってもらった。

 絶対に親に心配される。
わかっていたから大した怪我ではなかったので親には今日の出来事は話さなかった。
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