私のレンズに写るものは 〜視覚障害を持つ少女〜

梅屋さくら

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8.

 今日はとある高校から新しい校内システムを導入したいという話を持ちかけられ、その会議のため高校に来ている。
この高校は以前送って行った女の子の高校だ。
もしかしてあの子にまた会えるのではないか……そんな期待を抱かずにはいられない。
現役高校生から見たら俺はただのおじさんでしかないだろう、と自分に突っ込みを入れ、苦笑する。

 久しぶりに見る“学校の玄関”に、自分の高校時代を思い起こさせられる。
なんだか砂利っぽい床、ひんやりした空気感、自然光に照らされて色褪せた校内新聞。
休日だが校内に生徒はいるようで、教室特有のガラガラという扉の音が聞こえる。
 玄関の先にぴしっと姿勢を正した女性教師がスーツを着て立っていた。
その顔を見て俺は右足と左腕を前に出したまま、3秒ほど沈黙した。

「あれ、清也さん?」
「まさかまたこんなところで会うなんてびっくりですね、瑞希さん」

 お互いにスーツに身を包み仕事モード。
この間とはまったく違う雰囲気で、あんなに話したというのにぎこちない空気が流れる。
 彼女に案内されるまま会議室に通され、そこにいた校長先生など偉そうな人たち3人に挨拶をした。
 向こうがシステムを積極的に導入しようとしてくれていたこともあり、会議はトントン拍子で進んで2時間程度で終わった。
 玄関まで見送ってくれたのだが、仕事モードということもあり瑞希とは目を合わせて会釈をするのみで学校から帰った。

 2階にある玄関から下に伸びる大階段。
ゆるやかに描くカーブ、1段飛ばしに置かれたパンジーの鉢、そして……段の半ばに1人で座っている少女。
風に肩につきそうな黒髪がなびいている。
パンジーを見ているわけでもないようだが、どこか1点をじっと見ているようだ。

「……あれ?」

 少し少女に意識を引っ張られながら横を通ろうとしたとき、彼女に見覚えを感じて振り返る。
 少女は、光穂といっただろうか、あのとき駅でぶつかってしまった全盲の子だった。
 階段の半ばで目を瞑っている。
 なにをしているのだろうと思わず目を離せずにいると、気配に気付いたのか、光穂もこちらに顔を向ける。

「久しぶり、俺、前駅で会ったんだけど覚えてる?」

 ここまで追いかけてきたのかと思われてはいけないので慌てて仕事で来たことを説明する。

「お久しぶりです、覚えていますよ」

 微笑んで、顔を斜めにして、その頬を風が撫でる。
思わずカメラを構えるほど絵になる姿だった。

「俺、写真家もしてるんだけど、ぜひ俺の写真のモデルをしてくれないかな。君に初めて会ったときから写真に映える見た目や輝きを持っていると思っていたんだ、本当だよ」

 彼女は困ったように目を俺とは違う方向に向けて、どこか悲しそうな顔を見せた。
ふっと小さく息を吐いてまたゆっくりと酸素を胸に入れてから声を発する。

「今も風の音をただ聴いていただけで視覚にはまったく頼らない生活をしています。私はカメラを意識することはできてもカメラ目線なんてできないんです。この目でカメラの前に立つ勇気は出ません、すみません」

 こんなに美しいのになんて自信なさげなのか。
この間駅で会ったときは良い返事をくれそうだったのに態度が変わってしまったのは不思議だったが、それを問い詰める資格もない。
でも、と彼女の魅力を語り出そうとしたとき、玄関の開く音とともに瑞希が走ってきた。

「すみません、お話したくて」
「では私はこれで」

 瑞希と入れ違いに、光穂はこちらに深くお辞儀をして玄関に向かって行った。
 その姿を目で追う俺の様子を伺うように瑞希は恐る恐る目線をこちらに向ける。

「光穂ちゃんと知り合いなんですか?」

 そこで俺は偶然駅で出会ったことと写真のモデルになって欲しいと思っていることを話した。

「まあこの学校の生徒はあまり写真が好きではないかもしれません。特に目に障害のある子は。写真を見られないし、目の違和感が周りから見てもわかってしまうから」
「でも俺は彼女が盲目であるということ自体でなく、彼女自身に魅力を感じたんです。前向きで意志の強そうな表情……ぜひとも写真に収めたい」

 不思議な沈黙が流れた。
 俺が光穂の魅力について語りすぎただろうか、引かれてしまっただろうか、と我に返って横を向いた。
瑞希はまっすぐ前を見て少し微笑んでいた。
夕陽が顔を照らしていてとても綺麗だった。

「そうなんですね。私、仕事戻りますね、引き止めちゃってすみませんでした」

 そう言って立ち上がってくるりと踵を返し、階段を上っていってしまった。
階段の1番上の段から、「モデルさせてくださいね!」と叫んで、すぐに校内へと入っていった。

 その後俺はコンビニでホットコーヒーを買って、それを飲みながら帰った。
誰もいない部屋に「ただいま」と呟いて、飲みきれなかったコーヒーをリビングの真ん中に置いてちびちびと飲んだ。
 パソコンを開いてメールを確認し、少しネットサーフィンをしてからキッチンに立つ。
俺の仕事終わりのルーティーンだ。
 キッチンからスマホの着信音が聴こえた。
じゃがいもを切る手を止め、さっと手を水で洗ってからスマホを手に取る。
 見たことのない番号、携帯番号だった。
警戒しながら通話ボタンを押し、耳に当てる。

「もしもし、突然すみません、宇賀《うが》です」

 それが光穂の苗字であることに少し経ってから気が付き、なんだかそわそわする。

「この間断った写真の件なんですけど、やっぱりお受けしたいなと思って電話しました」
「な、なんで突然……?」
「この間先生に私を撮りたい理由を語ってるのを聞いてしまって、こんなに私を必要としてくれるなら撮ってもらおうかなって思ったんです」

 俺は部屋で1人で大きなガッツポーズをした。

「嬉しい、本当にありがとう!」

 俺がつい大きな声で感謝を言うと、つられたのか光穂もどことなく嬉しそうな声で、

「いえ、よろしくお願いします」

 と言った。
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