私のレンズに写るものは 〜視覚障害を持つ少女〜

梅屋さくら

文字の大きさ
19 / 41

19. 〜光穂〜

しおりを挟む
 理人が一緒に清也の家まで付き添ってくれた。

「ここだよ。じゃあ、いってらっしゃい」

 彼はそれだけ言って私の肩をぽんぽんとしてから去っていった。
ありがとう、と伝える前に遠くへ行ってしまった。
 手に提げている、理人が選んで買ってくれたプリンやゼリーやスポーツドリンクが入ったビニール袋ががさがさと騒がしい。
そして、私の心臓の音も騒がしい。
 コンコン。
 ノックして少し経って、「はーい」という声がこちらに近付いてくる。
 ガチャっと開いたドア、サンダルのような軽い足音。

「光穂ちゃん?」
「突然ごめんなさい、理人から風邪だって聞いて来ちゃいました。お邪魔して良いですか?」

 私としてはかなり積極的に頑張ったと思うのだが、清也はうーんと唸って、頭をぽりぽりと掻く。

「ありがたいけどうつしたくないしなあ」
「でもやっぱり風邪のとき1人だと大変なことも多いですよね?」

 私はここで積極的にいってみる。
 するとまた彼は頭を掻いて、今度はドアを手で押さえたまま一歩下がった。

「じゃあ、いらっしゃい」

 嬉しくて思わず笑顔になった。

「お邪魔します!」

 初めて入った清也の部屋は彼の匂いに満ちていてなんだかすごくどきどきした。
 腕を引かれてソファに座り、私は買ってきたものを差し出した。
清也はベッドに座ったようで、ぎしぎしと軋む音が聞こえる。

「ありがとう。次の撮影の件だけど……1週間先延ばしして良いかな」

 私はもちろん承諾の返事をして、彼に横になるよう促した。
もう熱は平熱に近いが、どうも体がだるくて立っているのがつらい、と彼は言っていた。

 少し経つと静かな寝息が聞こえてきた。
とても穏やかで、聞いているこちらも眠くなる。
 そうだ、と思い立ち、バッグに入れてきたタオルを取り出した。
そして手探りで水道を探し、タオルを濡らす。
 寝息の方に近寄ってタオルを清也の額にそっと乗せると彼はふふっと微笑んだような声を出した。
それが笑ったのかただ息が漏れたのかはわからないが、清也が近くにいることをより強く感じて嬉しかった。
 私はそれから、先ほど座ったソファに戻って清也の寝息に耳を立てた。
 この穏やかな心地よい時間から曲のイメージがどんどん膨れ上がってくる。

「るるる……るる……」

 なるべく起こさないように歌うつもりが、気持ちが良くていつも家でするように歌った。
 すると突然、清也が声を発した。

「綺麗な声、だね」

 その言葉には笑みが含まれていて、優しくて温かい声だった。

「すみません、起こしちゃって」
「いや素敵な歌で目覚めて幸せな気分だよ。作曲のほうはどう?」

 ここで私は作曲に行き詰まっていることを話した。
初めての挑戦で不安であることも。
 すると清也はベッドから体を起こして私の頭にその大きな手をぽんと乗せた。
そして手をゆっくりと動かして私の髪にそっと触れるように撫でた。

「誰だって最初は不安だと思う。だけど俺は今の歌声聞いて、光穂ちゃんの作った曲を聴いてみたいと思った」

 彼の手が止まり、部屋の中が静けさに包まれた。

「だから俺のために曲を作ってくれないかな?」

 そのとき、私は心の声を聞いた。
 ああ、私、清也さんのこと好きなんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

聖女は秘密の皇帝に抱かれる

アルケミスト
恋愛
 神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。 『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。  行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、  痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。  戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。  快楽に溺れてはだめ。  そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。  果たして次期皇帝は誰なのか?  ツェリルは無事聖女になることはできるのか?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...