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35.

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 本当に作曲がしやすい時代になったものだ。
 私はパソコンに音符を打ち込みながらしみじみと思う。
 最近かなり“絶対”音感になってきた自分の音感を頼りに地味な作業を繰り返す。
 思い描いた音を探し出すことはできるのだが、その音符を上手く並べることができない。
そういうときは最近私のために作曲ソフトの使い方の本を読んで勉強してくれている母を呼ぶ。

「この音?」
「ううん、もう少し上……そう、それ。その音、今は四分音符だから八分音符に変えて、さっきの音にくっつけて並べて」
「これを、こうして、ここで、こう?」

 再生ボタン代わりのスペースキーを押すと、私の脳内だけで鳴っていた音楽が見事にパソコンから流れ出す。

「うん、ありがとう」

 もう私の中で音楽は完璧に作られていた。
あとはこのソフトを使ってそれをデータという形に変えるだけという段階だ。
 このごろは母も一緒に1日のほとんどをこのソフトに費やしてくれている。
どんどん音楽が組み立てられていき、楽器を増やすたびに音の厚みが出てくるのが面白くて仕方ない。
 最も盛り上がる部分には、あの日聞いたシャッター音をそのまま取り込んでいた。
家にある父のカメラの音を録音したものを使っているのだが、とても良いアクセントになっていると思う。
 ただあの日のシャッター音を思い出すと、ついあの日の清也との会話まで記憶から引っ張り出してしまう。
引っ張り出すごとに私の胸は苦しさを訴えるのだった。

 打ち込みを始めてから半月で、およそ4分間の曲が完成した。
 私が思い描いた通りのこの曲をついに人に聞かせられると思うとわくわくが止まらなかった。
 打ち込んでくれていた母は「元気になれる曲ね」と言い、夜に小腹を満たすお菓子を部屋に持ってきてくれていた父は「なんだか切ない曲だな」と言った。
 あまりに対照的な意見に、私は戸惑う。
私としては期待に胸を膨らませるような印象でこの曲を作ったので私も両親とは違った印象を持っていたことになる。
 あの日以来ほぼ連絡を取っていなかった清也にも音源を送ってみると、思ったより早く返信が来た。
「今抱いてる感情がさらに大きく揺さぶられるような曲だね」とのことだった。

「みんな印象が違う曲、か……」

 みんなに印象を聞いたことで、この曲のそういった多面性に気が付いた。
多面性を感じる曲、というのはそう多くない。
これはきっとこの曲の大きな特徴になる。
 そう思い、“人の感情を写す曲”という意味を込めて、今まで名前を持たなかったこの曲に“mirror”と名付けることにした。
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