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マフラーに鼻まで埋《うず》め、手をパンツのポケットに突っ込んで帰り道の方に体を向けると、カメラのレンズと目が合った。
立ち止まってそれをじっと見つめていると、気まずそうな表情を浮かべた瑞希がカメラからひょっこりと顔を覗かせた。
実は学校でこの演奏会が開かれる日時や場所の詳細を教えていたのだ。
僕はこの日を告白の日として選ぶことを予測していたのだが、瑞希もまた僕がわざわざ詳細を連絡したということはそういうことだろうと予測できたのではあるまいか。
「来ないのかと思いましたよ」
怯む瑞希に構わず僕はずんずんと彼女に近付く。
彼女は何も言わず微笑んだ。
きっと彼女の心には以前僕に寄りかかって泣き続けたあの日の出来事が引っかかっているのだろうと思うが、あえてそれには触れない。
先に出ていると言ったわりにすぐにドアから光穂たちが出てきた。
先に帰ると宣言して別れの挨拶までした手前ばつが悪く、僕はうつむいてホールの建物の縁を爪先でいじったり、送迎用の車が来るのを目で追いかけたりして、光穂たちとは距離を取る。
瑞希の様子を横目で見ていると、彼女は光穂の両親が駐車場のほうへ行った後2人に声をかけた。
そして「お幸せに」と言っているのが唇から読み取れ、光穂にナズナらしき花束を手渡す。
寄って寄って、というようなジェスチャーをしてカメラを構え、シャッターを切った。
清也と何言か言葉を交わし、はにかむような笑みを見せている瑞希に僕は無言で近付いて彼女の手首を握り、清也たちと引き離す方向に引っ張る。
慌てて僕の腕を掴まれていないほうの手で叩いたり、「突然どうしたの」と打ったりしていたが、僕は何も言わなかった。
それから5分ほど歩き家々が並ぶ道に入ると、もう彼女は何も抵抗しなくなっていた。
そこで僕は少し周りを確認して、やっと手を離す。
瑞希がなにかを言おうとする前に、僕は瑞希の頭を少々雑に撫でた。
さらさらの髪が心地良い。
すると彼女は口をつぐんで、今度は僕の頭を撫でた。
それは僕のよりずっと丁寧で、まるで髪を整えているかのようだった。
それからどちらかともなく手を離し、どちらかともなく手を繋ぐ。親子のような繋ぎ方で。
そして僕らは家までの歩くには長い道のりを、当然のように歩いて帰った。
「僕実はこの間、清也さんに恋愛相談されたんです」
瑞希はこちらに目を向けただけで何も言わない。
「それで、“光穂はオルゴールの音色と、クラシック音楽が好きですよ”って教えてあげました。僕優しくないですか?」
おどけて言ったが、彼女は柔らかい笑みを浮かべただけでそのまま手を1度解き、再び指を絡ませ直し、恋人繋ぎにした。
大人の女性特有のものなのか、彼女の指はとても細く、その肌はきめ細やかな感触がした。
しばらく無言で歩き、先に口を開いたのはまたしても僕だ。
「そういえばどうしてナズナを?」
ずっと気になっていたことだった。
ナズナはよく見ると綺麗で可憐な花だとは思うが、あまり華やかというイメージではない。
それをわざわざセレクトした理由に思い当たるものがなかった。
「ナズナは……音が出るの、知ってる? 茎のあのハート型みたいなところを少し剥いて揺らすと、チリンチリンって」
「へえ、知らなかった」
「だからあのお花は目だけじゃなくて耳でも楽しめるお花なの。光穂ちゃんにぴったりだと思わない?」
「たしかに良いセレクトですね」
あのナズナをチリンチリンと鳴らして楽しむ光穂を頭に浮かべた。
「本当に良いセレクトだと思います」
僕はまたそれを繰り返して、あとはほとんど何も話さずに家へと歩いた。
僕らは好きな人が別の人と付き合った直後だというのに、悲壮感というものはあまりなかった。
立ち止まってそれをじっと見つめていると、気まずそうな表情を浮かべた瑞希がカメラからひょっこりと顔を覗かせた。
実は学校でこの演奏会が開かれる日時や場所の詳細を教えていたのだ。
僕はこの日を告白の日として選ぶことを予測していたのだが、瑞希もまた僕がわざわざ詳細を連絡したということはそういうことだろうと予測できたのではあるまいか。
「来ないのかと思いましたよ」
怯む瑞希に構わず僕はずんずんと彼女に近付く。
彼女は何も言わず微笑んだ。
きっと彼女の心には以前僕に寄りかかって泣き続けたあの日の出来事が引っかかっているのだろうと思うが、あえてそれには触れない。
先に出ていると言ったわりにすぐにドアから光穂たちが出てきた。
先に帰ると宣言して別れの挨拶までした手前ばつが悪く、僕はうつむいてホールの建物の縁を爪先でいじったり、送迎用の車が来るのを目で追いかけたりして、光穂たちとは距離を取る。
瑞希の様子を横目で見ていると、彼女は光穂の両親が駐車場のほうへ行った後2人に声をかけた。
そして「お幸せに」と言っているのが唇から読み取れ、光穂にナズナらしき花束を手渡す。
寄って寄って、というようなジェスチャーをしてカメラを構え、シャッターを切った。
清也と何言か言葉を交わし、はにかむような笑みを見せている瑞希に僕は無言で近付いて彼女の手首を握り、清也たちと引き離す方向に引っ張る。
慌てて僕の腕を掴まれていないほうの手で叩いたり、「突然どうしたの」と打ったりしていたが、僕は何も言わなかった。
それから5分ほど歩き家々が並ぶ道に入ると、もう彼女は何も抵抗しなくなっていた。
そこで僕は少し周りを確認して、やっと手を離す。
瑞希がなにかを言おうとする前に、僕は瑞希の頭を少々雑に撫でた。
さらさらの髪が心地良い。
すると彼女は口をつぐんで、今度は僕の頭を撫でた。
それは僕のよりずっと丁寧で、まるで髪を整えているかのようだった。
それからどちらかともなく手を離し、どちらかともなく手を繋ぐ。親子のような繋ぎ方で。
そして僕らは家までの歩くには長い道のりを、当然のように歩いて帰った。
「僕実はこの間、清也さんに恋愛相談されたんです」
瑞希はこちらに目を向けただけで何も言わない。
「それで、“光穂はオルゴールの音色と、クラシック音楽が好きですよ”って教えてあげました。僕優しくないですか?」
おどけて言ったが、彼女は柔らかい笑みを浮かべただけでそのまま手を1度解き、再び指を絡ませ直し、恋人繋ぎにした。
大人の女性特有のものなのか、彼女の指はとても細く、その肌はきめ細やかな感触がした。
しばらく無言で歩き、先に口を開いたのはまたしても僕だ。
「そういえばどうしてナズナを?」
ずっと気になっていたことだった。
ナズナはよく見ると綺麗で可憐な花だとは思うが、あまり華やかというイメージではない。
それをわざわざセレクトした理由に思い当たるものがなかった。
「ナズナは……音が出るの、知ってる? 茎のあのハート型みたいなところを少し剥いて揺らすと、チリンチリンって」
「へえ、知らなかった」
「だからあのお花は目だけじゃなくて耳でも楽しめるお花なの。光穂ちゃんにぴったりだと思わない?」
「たしかに良いセレクトですね」
あのナズナをチリンチリンと鳴らして楽しむ光穂を頭に浮かべた。
「本当に良いセレクトだと思います」
僕はまたそれを繰り返して、あとはほとんど何も話さずに家へと歩いた。
僕らは好きな人が別の人と付き合った直後だというのに、悲壮感というものはあまりなかった。
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