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Perfume4. セラピストの不幸と歴史の秘密。
55. アマツバメが運ぶ手紙。
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ヒサシの葬式でヒカルは喪主を務め、思っていたよりも淡々とその儀式は進んだ。
皆が他人の様子を伺いながら細かくしたお香、抹香《まっこう》を眉間に何度か寄せ、香炉にまぶす。何度眉間に寄せるか、これは場合により異なるため、自信を持って焼香する者は少ない。
小さい頃は抹香を七味唐辛子、香炉を豆腐だと思ってたな。
そんなことを考えているうちに、ヒサシは墓の中へと入ってしまった。四角柱形のありきたりな墓に入ってはもう、そこにいるのがヒサシなのか誰なのかなど確認しようがない。墓標に刻まれた“広瀬家”という苗字と、墓誌に刻まれた“久史”という名前のみがこの石をヒサシたらしめている。
未だ寒さ残る春だというのに、人々が入れ替わり立ち替わり彼に水をかける。墓石から滴る水を見ていると、ヒサシが育てていた植物たちを思い出す。
予約した食事処で、人々はヒカルに様々な言葉を掛けた。それはもちろんヒサシの偉大さを褒め称えたり、その偉大な彼の訃報を悲しむものであったが、その中にはもはや定型文となりつつある言葉も含まれていた。ヒカルが一番心を打たれたのは以前命を救われたという子供の、
「お医者さん、大好きだったの。だからね、死んじゃったのがすっごくすっごく悲しいの」
という言葉である。何の捻りもなく、もし大人が発したとしたら眉をひそめてしまうような言葉ではあるものの、彼のあまりにも純粋な瞳を見ると思わず涙が零れそうになった。
非常に豪華な食事であったが、ヒカルはほとんどその味を覚えていない。しかし、唐揚げを頬張った子供の幸せそうな表情は強く記憶に残った。
葬儀の日はクリニックを休業にしたが、翌日からは日常が訪れる。見慣れた通院患者も含めて多くの患者たちの診察をしていくうち、ヒカルの頭はヒサシのことを上手く処理しようとするのを感じた。抱いていた悲しみを丸めて出来た隙間に、患者のことやアロマのことを次々詰め込んでいくようなそんな感覚。
その様子を見ていたマコトは、彼にとってセラピストは“天職”なのだと思った。仕事中、それ以外のことを考えないのは当然、しかしそれにしても彼が元気を取り戻す勢いは尋常ではなかった。患者の回復とともに彼も回復しているようだった。
開院待ちの患者や予約して来院した患者の診察が終わり、少し時間的な余裕が出来てくる昼時、ヒカルとマコトは窓を横切る立派な鳥を見た。鳥は何度か右へ左へと飛んで減速し、クリニックの前に止まる。
マコトは初めて見る鳥を恐れて見て見ぬふりをしたが、ヒカルはそれが何かを知っていた。
アマツバメ。国際便として用いられる鳥である。水平飛行においてはハヤブサよりも速いと言われ、この鳥の利用には少ないとは言えぬ追加料金が掛かるが、そのぶん国を跨いだ素早い連絡が可能になる。
緑がかった翼と丸みを帯びた身体を持つその鳥は、外に出てきたヒカルをじっと見つめていた。尻尾にそっと触れても翼をぴくりとも動かさない。くちばしを撫でるとようやく翼を広げ、音もなく飛び去った。まるで自らが国際便という誇らしい役割を与えられていることを自覚しているようだった。
いつだかマコトに言われた通り、目につきやすい受付台の近くに置いて再び診察室に戻った。
それからおよそ十分。窓の外をまた鳥が物凄い速さで横切った。
しかし減速のため何度も窓を横切るうちに、その鳥はアマツバメではなくハヤブサであるとヒカルとマコトはわかった。
先ほどヒカルが取りに行ったこともあり、マコトが彼より先にと焦りながら外へ出ると、そこにはもはや見慣れたミカゲのハヤブサがいた。アマツバメとは異なってばたばたと騒がしく動いていて、その騒がしさはミカゲを彷彿とさせる。
受け取った手紙をどこに置こうかと受付台の上で手を彷徨わせていると、先にヒカルが置いたであろう封筒を見つけ、
「言った通りに出来てるじゃん」
と微笑みながら思わず声に出してしまった。受付にいたアヤノが、
「どうしました?」
と不思議そうに尋ねたが、ひらひらと手を振って、彼も診察室へ戻っていった。
昼食のとき二つの封筒を開けた。
アマツバメが運んできたのはペドロの手紙、ハヤブサが運んできたのはやはりミカゲの手紙。
エイゴが並んだ手紙をヒカルが読み上げる。
「明日頼まれていた文献を持ってニッポンに行きます。夜六時にそちらの空港に着いて、空港近くのホテルで待っているのでお時間の合うときに来てください」
いくらアマツバメが速いと言えども、ニッポンと伯剌西爾の連絡には相当な時間がかかる。それゆえに連絡を何度も交わすことが出来ないため、国を跨ぐ場合はペドロがしたように曖昧な約束をすることが多いのだ。
連絡手段が動物しかないことはやはり非常に不便であった。それを皆が分かっていながらもそれ以外の手段を生み出さない現状は、もはやヒカルたち一国民ではどうにもできない事情があることはなんとなく皆が察していた。
続いてマコトがミカゲの手紙を読み上げる。
「今日の夜、そっち行くから待っとき! 先生のことを聞いて、うちの院長がいろんなもの持たせてくれたよ」
その後に続く、
『ほんでマコトくんは今夜も夕食一緒に食べような』
という私信はあえて読み上げなかった。
二日続く訪問。そしてペドロが運んでくる文献。疑問がすべて晴れるのではないか、という期待がマコトの胸に満ちていた。
皆が他人の様子を伺いながら細かくしたお香、抹香《まっこう》を眉間に何度か寄せ、香炉にまぶす。何度眉間に寄せるか、これは場合により異なるため、自信を持って焼香する者は少ない。
小さい頃は抹香を七味唐辛子、香炉を豆腐だと思ってたな。
そんなことを考えているうちに、ヒサシは墓の中へと入ってしまった。四角柱形のありきたりな墓に入ってはもう、そこにいるのがヒサシなのか誰なのかなど確認しようがない。墓標に刻まれた“広瀬家”という苗字と、墓誌に刻まれた“久史”という名前のみがこの石をヒサシたらしめている。
未だ寒さ残る春だというのに、人々が入れ替わり立ち替わり彼に水をかける。墓石から滴る水を見ていると、ヒサシが育てていた植物たちを思い出す。
予約した食事処で、人々はヒカルに様々な言葉を掛けた。それはもちろんヒサシの偉大さを褒め称えたり、その偉大な彼の訃報を悲しむものであったが、その中にはもはや定型文となりつつある言葉も含まれていた。ヒカルが一番心を打たれたのは以前命を救われたという子供の、
「お医者さん、大好きだったの。だからね、死んじゃったのがすっごくすっごく悲しいの」
という言葉である。何の捻りもなく、もし大人が発したとしたら眉をひそめてしまうような言葉ではあるものの、彼のあまりにも純粋な瞳を見ると思わず涙が零れそうになった。
非常に豪華な食事であったが、ヒカルはほとんどその味を覚えていない。しかし、唐揚げを頬張った子供の幸せそうな表情は強く記憶に残った。
葬儀の日はクリニックを休業にしたが、翌日からは日常が訪れる。見慣れた通院患者も含めて多くの患者たちの診察をしていくうち、ヒカルの頭はヒサシのことを上手く処理しようとするのを感じた。抱いていた悲しみを丸めて出来た隙間に、患者のことやアロマのことを次々詰め込んでいくようなそんな感覚。
その様子を見ていたマコトは、彼にとってセラピストは“天職”なのだと思った。仕事中、それ以外のことを考えないのは当然、しかしそれにしても彼が元気を取り戻す勢いは尋常ではなかった。患者の回復とともに彼も回復しているようだった。
開院待ちの患者や予約して来院した患者の診察が終わり、少し時間的な余裕が出来てくる昼時、ヒカルとマコトは窓を横切る立派な鳥を見た。鳥は何度か右へ左へと飛んで減速し、クリニックの前に止まる。
マコトは初めて見る鳥を恐れて見て見ぬふりをしたが、ヒカルはそれが何かを知っていた。
アマツバメ。国際便として用いられる鳥である。水平飛行においてはハヤブサよりも速いと言われ、この鳥の利用には少ないとは言えぬ追加料金が掛かるが、そのぶん国を跨いだ素早い連絡が可能になる。
緑がかった翼と丸みを帯びた身体を持つその鳥は、外に出てきたヒカルをじっと見つめていた。尻尾にそっと触れても翼をぴくりとも動かさない。くちばしを撫でるとようやく翼を広げ、音もなく飛び去った。まるで自らが国際便という誇らしい役割を与えられていることを自覚しているようだった。
いつだかマコトに言われた通り、目につきやすい受付台の近くに置いて再び診察室に戻った。
それからおよそ十分。窓の外をまた鳥が物凄い速さで横切った。
しかし減速のため何度も窓を横切るうちに、その鳥はアマツバメではなくハヤブサであるとヒカルとマコトはわかった。
先ほどヒカルが取りに行ったこともあり、マコトが彼より先にと焦りながら外へ出ると、そこにはもはや見慣れたミカゲのハヤブサがいた。アマツバメとは異なってばたばたと騒がしく動いていて、その騒がしさはミカゲを彷彿とさせる。
受け取った手紙をどこに置こうかと受付台の上で手を彷徨わせていると、先にヒカルが置いたであろう封筒を見つけ、
「言った通りに出来てるじゃん」
と微笑みながら思わず声に出してしまった。受付にいたアヤノが、
「どうしました?」
と不思議そうに尋ねたが、ひらひらと手を振って、彼も診察室へ戻っていった。
昼食のとき二つの封筒を開けた。
アマツバメが運んできたのはペドロの手紙、ハヤブサが運んできたのはやはりミカゲの手紙。
エイゴが並んだ手紙をヒカルが読み上げる。
「明日頼まれていた文献を持ってニッポンに行きます。夜六時にそちらの空港に着いて、空港近くのホテルで待っているのでお時間の合うときに来てください」
いくらアマツバメが速いと言えども、ニッポンと伯剌西爾の連絡には相当な時間がかかる。それゆえに連絡を何度も交わすことが出来ないため、国を跨ぐ場合はペドロがしたように曖昧な約束をすることが多いのだ。
連絡手段が動物しかないことはやはり非常に不便であった。それを皆が分かっていながらもそれ以外の手段を生み出さない現状は、もはやヒカルたち一国民ではどうにもできない事情があることはなんとなく皆が察していた。
続いてマコトがミカゲの手紙を読み上げる。
「今日の夜、そっち行くから待っとき! 先生のことを聞いて、うちの院長がいろんなもの持たせてくれたよ」
その後に続く、
『ほんでマコトくんは今夜も夕食一緒に食べような』
という私信はあえて読み上げなかった。
二日続く訪問。そしてペドロが運んでくる文献。疑問がすべて晴れるのではないか、という期待がマコトの胸に満ちていた。
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