ある日、僕は全知全能になった。

暁月ライト

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全知全能でも眠い時は眠い

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 飯を食い、風呂に入り、床に就いた僕は、ぐるぐると延々と考えを巡らせていた。それは勿論、全知全能の力についてのことだ。

「うーん……」

 簡単に言えば、安全装置を付けるかどうかだ。もし、仮に僕の能力で僕にとって不都合な事故が起きる時、それを無効化する。若しくは巻き戻すような機構。それを付けるかどうか、またどういうものにするかで僕は迷っていた。

 メリットは、単純だ。事故が無くなる。安全に、僕は全知全能の力を振るうことが出来る。

 問題点は、その僕にとって不都合な出来事っていうのをどう定義するか、だ。事故が起きた後の僕にとってなのか、はたまたこの機構を作る際の僕が基準になるのか、事故が起きる直前の僕なのか。
 一番は直前の僕だと思うけど、お酒を呑んだりしておかしくなっていれば、その時の僕にとっては不都合と感じられないような不都合があるかも知れない。また、いつもなら不都合じゃないのにその時の僕にだけは不都合だったせいで致命的なキャンセルが起きる可能性もある。
 好きな人なんて居ない以上は有り得ないけど、告白して振られたショックでその日に世界を破壊したりとか、後になってみれば不都合なことは結構ある筈だ。

 それに、何より恐ろしいのは僕が気付いていない罠があるかも知れないということだ。僕の知能は、はっきり言って凡人だ。それは分かっているし、悔しいとも思わない。平均的な人間であることは、普通のことだからだ。

 でも、その凡人の知能ではこの全知全能の力を扱い切れない。完全に安全に扱える訳が無い。だから、この機構を付けようと思っていたけれど……この機構を信頼し、胡坐をかいて好き放題に能力を使っていれば、僕はきっと恐ろしいことになると思う。

 今思いついたことだけど、能力に溺れた僕は、もう僕じゃなくなっているかも知れない。酒池肉林の王となり、邪知暴虐の限りを尽くす怪物と化している可能性も、まぁ無きにしも非ずな訳だ。

 僕はナルシストという程では無いけど、自分が嫌いじゃない。平凡で、ある程度善良で、そこそこ礼儀正しい自分のことを気に入っている。全知全能の力によって自分の精神性が変容してしまうことを、僕は恐れていた。

 ……とは言え、だ。安全装置はやっぱり必要だろう。はっきり言って、全知全能の力を手放すとか使わないなんて選択肢はない訳だ。だって、僕も人間だから。全知全能でも神様じゃないから、凄い力はやっぱり使いたくなる。

「……良し」

 僕は、明日の予定を密かに決めた。友達に相談しよう。意外かも知れないが、僕には友達がいる。普通に居る。舐めるなよ。勿論、能力のことを話す訳じゃない。ただ、もし力があったらどうする? って、そうやって尋ねるだけだ。

「寝よう」

 考えは纏まった。僕は目を瞑り、暗い世界で思考を消し去った。



 ♢



 クソ眠れなかった。結局、僕は夜の間、ずっと考え事を止められず、夢想やら妄想やらを浮かべては消していた。
 目を覚ました僕はトイレを済ませ、洗面所に向かい、妹とすれ違いながら歯磨きを手に取った。妹も眠そうで、会話は無かった。そのまま歯磨きを済ませ、顔を洗った僕だが眠気は冷めなかった。

「おはよう」

 僕は今日も眠気眼を擦って、リビングに居たお母さんに挨拶した。うちでは、基本的に朝食がある。とは言え、軽いものだ。サンドイッチやらパンやらおにぎりやら、それに大体スープも作っている。飲みたかったら飲んで良いよといつも母は言う。

「おはよう。パンとスープ、好きに取りなさい」

 クッションに沈んでテレビを見ている母は、動く気配は無い。いつも通りだ。キッチンにはパンが皿の上に並んで置かれていた。朝はいつもこのシステムで、作った後のお母さんはいつもテレビを見て放置している。その皿から二つパンを取り、皿の上に移した僕は、コップに水を注いでから皿と一緒にリビングに持って行った。

「珍しい。スープ飲まないの?」

「んー、昨日あんまり眠れなくてさ。スープまで飲む気力が残ってない」

 それでもパンを二つ取ったのは、リップサービスのようなものだ。今日のパンは作ったものみたいだから、流石に一つ取っただけじゃ傷付かれるだろう。

「牛乳いる?」

「いや」

 僕は短く首を振り、水をごくりと飲んだ。漸く、喉が潤った。それからパンをぼーっと貪っていると、二階から妹が下りて来た。

「おはよ、ママ。お兄ちゃん」

「おはよ」

「おはよう。パンとスープ、あるからね」

 未だ眠そうな妹は、寝惚けていて昔の呼び方になっていた。疲れている時や眠い時は、元の呼び方に戻るのが常だった。つまり、兄貴というのは意識的に呼んでいるだろう。まぁ、知ってたけど。

「あ、美味しそう」

 自然と妹の口から出た言葉だが、普段なら言わないだろう。好きとか可愛いとかかっこいいとか、そういうのを口に出せないお年頃だからだ。でも、今は寝惚けているせいでそういう気を張っているのが無いらしい。どうせ、昨日も夜遅くまでスマホを弄っていたんだろう。

「おはよ。あれ、お父さんは?」

 二階から現れた姉が、真っ先にそう言った。寝惚けていた愚鈍な弟妹は気付かなかったが、そういえばお父さんが居ない。このくらいの時間にはいつも出社の準備で忙しなくしている筈だが。

末治すえじさん、昨日は会社でそのまま寝たって……はぁ」

 その溜息に複雑な感情が籠められていることを僕は察したが、何も言うことは無くパンを飲み込んだ。

「ごちそうさま。今日は帰ってくるの?」

「らしいけどねぇ」

 僕はへぇ、と興味無さそうに呟いて二階の部屋に戻った。今から着替えて、学校用のリュックを背負ってからって学校まで歩いて行く必要がある。僕は、それが億劫で仕方なかった。

「…………」

 悩んだ末に、僕は一つのことを決めた。全知全能によって着替えを済ませ、リュックをからった僕は家族に軽い挨拶をしてから家を出て……そのまま、路地裏に消えたのだ。

「全知全能、質問だ」

 僕は、全知全能へと質問をした。僕が力によって学校のトイレの中に転移したとして、僕が何かしらの不都合を背負ったり、後悔することは無いのか。

 ――――あります。転移直後、貴方はついにここまでやってしまったという気になるでしょう。それから、一日を通してそわそわとした不安感に襲われます。

 要約すると、全知全能は僕にこう答えた。実際は何というか、説明が難しい感じで答えが返ってきているのだが。

「……うーん」

 僕は折角外まで普通に出て来たので、仕方なくそのまま歩いて行くことにした。
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