ある日、僕は全知全能になった。

暁月ライト

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全知全能と死の恐怖

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 あぁ、最低な気分だ。茜さんは凄い血を吐いてるし、体に穴も開いてる。壁際には男の子が倒れてるし、白い女の子は首を掴まれて持ち上げられてる。他にも、黒い服の人達が血を流して沢山地面に倒れてる。どうやら、一人残らず死んでるらしい。
 それに、今この自称吸血鬼さんは茜さんを殺そうとしてたし……やばい、今更吐きそうだ。

「……ホント、最悪だよ」

 僕は茜さんに近付き、その背にそっと触れた。因みに、声は変えているので僕だとは分からない筈だ。

「『リュヴィヤの山より、神威を以て慈悲を為す』」

 全知全能の力で助けたら何だ今のってなりそうだし、魔術を使おう。そういえば最初に血を消したのは全知全能でやっちゃった気もするけど……まぁ、多分大丈夫でしょ。緊急時だし、誰も覚えてない。

「『医神の慈悲ティラ・ナウン』」

 茜さんの体に、背から黄金色の波動が広がっていき、その体に行き渡る。すると、全ての傷は塞がり、全ての不調が消えていった。

「何だ、これ……!?」

 茜さんは目を見開いて立ち上がり、それから直ぐに自称吸血鬼を睨み付けた。その手には、炎の鞭が握られていた。しっかり使われてるなぁ……。

「ッ、動かないで下さいねぇ!? 動けば、光様の身に危害を加えますよッ!?」

「『物体を取り寄せるレム・アトラヒット』」

 僕が手を伸ばすとそこに魔法陣が現れ、吸血鬼に首を掴まれていた女の子が魔法陣の下に転送された。

「なッ!?」

「え、な……私、何で?!」

「ッ、兎に角もう人質は居ねえってこったなッ!」

 茜さんが一歩踏み出し、炎の鞭を振るった。すると、それは無数に枝分かれして吸血鬼の逃げ道を無くすようにして迫る。
 え、なんかすごい。僕よりも滅茶苦茶上手く扱ってるんだけど。

「くッ!」

 吸血鬼はその身を霧に変え、その場から退いた。凄い、自称じゃなくて本当に吸血鬼なんだ……この世界、実は何でも居るなぁ。

 しかし……これ、どういう状況なんだろう。

 吸血鬼に、茜さんに……この女の子も魔術士なのかな? まぁ、何より先にこの状況をどうにかする必要があるだろう。

「『魂縛の鎖カテナ・リガ・アニマ』」

 僕は右腕を伸ばし、その先から魔法陣を展開して青く透き通る鎖を放った。それは霧となって天井付近に浮かんでいた吸血鬼を捉え、その魂を捕まえた。

「がッ!?」

 吸血鬼の姿がそこに現れ、鎖に引きずられて地面に叩き落される。茜さんを殺そうとしていたんだ。それに、柚乃も拉致されてる。その理由とか、この状況についてとか、色々聞き出させて貰おうか。

「さて、話を――――」

 僕がそう言葉にすると同時に、振るわれた炎の鞭が吸血鬼の全身に巻き付き、目を焼くような眩い光と共に青白い雷撃が吸血鬼を焼き尽くした。

「え、え……」

「灰すら、残しません……!」

 そして、地面に散らばった黒い灰に白い女の子が近付くと、白い光を浴びせてその灰を完全に消し飛ばした。

「……し、死んだ?」

「あぁ、バッチリ殺せたぜ。だが、礼は後でさせてくれ」

 茜さんはそう言うと、廃工場から出た場所で激しく戦っているおじさんと人狼的な奴のところに炎の鞭を持って飛んでいった。

「人が……」

 いや、人じゃないのか? 吸血鬼……人……僕のせいで、死んだ?

「ぅ、うぇ……」

 ヤバい。吐きそうだ。クソ、精々僕はどこかの誘拐犯から妹を助けに来るだけの筈だったのに。何でこんな魔術士だか吸血鬼だかの戦場に巻き込まれて、こんな思いをさせられているのか。魔術を使った戦いはしてみたいとは思っていたけど、こんな血生臭い殺し合いなんてお呼びじゃない。

「あぁ、もう全部忘れたい……」

 ただ、全知全能に頼って殺しの一端を担った記憶を消し去るというのは人間としてどうかって話だ。自分の責任を、さっぱり忘れて放棄するなんてしたくない。

「あの、大丈夫ですか……? 見えない方」

「ん……まぁ、人が死んだりする場面に出くわすのは初めてでさ。しかも、あの吸血鬼は半分くらい僕が殺したようなもんだよ」

「いいえ、吸血鬼を殺したのは私です。貴方は、ただ私達の命を救って下さっただけですから」

「……ありがとう。でも、気を遣わなくても良いよ」

 白い女の子は優しい言葉で僕の心を案じてくれているようだが、これは結局のところ自分で向き合わなければいけない話だ。他人の言葉に甘えて忘れるのは、無価値だ。

「僕は帰るよ」

 人狼と激しく戦っているおじさんの下に駆け付けた茜さんが、人狼の喉元を炎の鞭で貫いているのが見えた。きっと、心配は無いだろう。

「助けて頂き、本当にありがとうございました! あの、お礼を……」

「あー、また会った時にね」

 僕は感謝の言葉を掛けてくれる女の子に見えない姿のまま手を振り、妹の下に転移した。

 そこには、柚乃と水色髪の少女。そして、二人を囲うような水色の結界が展開されていた。

「この子は、家に帰しておくよ」

「えッ!?」

 結界を擦り抜け、水色髪の少女の耳元で囁いた後、僕は柚乃の肩にそっと手を触れて共に家の前まで転移した。


 家の前に、柚乃と僕が現れる。でも、柚乃には僕の姿は見えていないし、ここで見せる気も無い。

「わっ!? へ? え、私……何で、ここに……?」

 柚乃は混乱した後、震える手で玄関の扉に触れた。僕は親切に鍵を開錠し、トイレの中に転移で戻る。

「……あれ、柚乃?」

「お、お兄ちゃん……!」

 一応流してからトイレを出ると、柚乃が涙を流しながら僕に抱き着いて来た。柚乃の身体からは、震えと体温だけが伝わって来る。

「怖かった……怖かったよ……!」

「うん。そうだね」

 分かるよ。僕も、まだ少し手が震えてるから。
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