ある日、僕は全知全能になった。

暁月ライト

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全知全能と問答

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 濃い紫色の奔流。それは、確実に僕を殺す為の技だった。いや、殺した筈の技だった。僕が今も生きてるのは、バリアがあるからってだけだ。

「ッ」

「治……!?」

 僅かな動揺をその目に浮かべる男と、隠す気も無い驚愕を見せるレティシア。だけど、僕はそんなことよりも聞かなきゃならないことがあった。

「君は、誰なの?」

「先にその質問をしたのは俺の筈だな」

 角と翼の生えた灰色の肌の男は、目を細めてそう言った。

「……宇尾根治」

「聞かない名だな」

 フンと男は笑い、それから僕を足元から観察するように見た。

「……碌に魔力も感じない。マトモに鍛えられてすら居ない。何だ、お前は?」

「次に答えるのは、君の番だよ」

 僕の言葉に、男はにやりと笑った。

「分からないのか?」

 男の体から濃密な魔力が沸き上がり、それは伸ばされた片腕に集中した。

「主導権を握っているのは、俺だ」

「ッ!」

 魔術ですら無い、ただの魔力の奔流が……レティシアへと襲い掛かった。目を見開くレティシアだが、その体はもう動かない。

「なんで……」

 だから、魔力の奔流は消え去った。跡形もなく、どこへでもなく。

「ッ!?」

「消えた……」

「なんで、殺そうとするんだよ」

 頭の中に沸いた苛立ちに、僕は男を睨み付けていた。

「……そうだな。質問に答えてやろう」

 男は、動揺を隠すように小さく息をすると、僕に指先を向けた。

「お前が、そこの女が、人間で……」

 そして、その指先を男は自分に向ける。

「この俺が、魔族だからだ。さっきの質問と合わせて答えられる、良い回答だろう?」

「いいや……」

 男の言葉に、僕は首を振った。

「答えになってないね。魔族だからって、人を襲う理由にはならないよ」

「は?」

「……」

 男は素っ頓狂な声を上げ、眉を顰めて僕を見た。

「魔族にだって、良い奴は居るんでしょ。僕は、知ってるんだ。だから、君が魔族であることは、人を襲う理由じゃない」

「……良い奴? 何だ、それは?」

 男はフッと嘲笑うと、レティシアに指先を向けた。

「生きとし生ける者は、弱者を犠牲にしている。常に、死ぬまでだ。それがこの世界の不変の理だ。俺達は、皆がそれに則っている。享受している。比べて、人間は惰弱さを持っている。お前が言う良い奴というのも、きっとそれだろう?」

「……」

 男の言葉に、僕は目を細めた。

「確かに、全ての生き物は誰かを犠牲にして生きてる。だけど、生きる為のそれと君のそれは違うだろ」

「何が違う? 食らうことだけが生きることか? 死なないことだけが生か? ならば、帰ってお前は寝ていれば良い。死にそうになれば雨水でも啜って、鼠でも捕まえて、無気力に生きていろ。それで、満足なのだろう」

 男の言葉に、僕は言い返せなかった。言葉に詰まり、僕は考え込んだ。

「……ククッ、違うよな? 俺達はそこいらの動物とは頭の出来が違う。生きる中で楽しみを見出し、目標を持ち、快楽を求める。それが俺達だろう? 人と言えど、魔族とそこは変わらない」

「……だとしても、人間の殆どは無駄に誰かを痛めつけることを良しとしない」

「だから、何だ?」

「ッ!」

 きっと、心からの言葉であろうその返しに僕は息を呑んだ。

「人間の価値観を俺に説いて、どうしようと言う。俺は確かに人と魔族が共通することについて話した筈だ。でなければ、意味が無いからな。魔物に人を食うな襲うなと言ったところで意味は無いだろう。同じことだ。価値観の異なる部分の話をしたところで、何の意味もありはしない」

「……」

「教えてやろう。魔族とはな、他者を蹴落とし、痛めつけることで生きていくのだ。生きる為には、強く無ければいけない。だから、弱者は支配されるか、滅びるだけだ。俺達の大陸ではな」

「そんなの……」

 僕の言葉を、男は遮った。

「間違っている、か? そうだろうな、お前達の世界ではきっとそうだ。だが、俺達の世界では違う。ここに来てやはり思ったが、この大陸はぬる過ぎる。街の中で寝て起きてを繰り返しているだけで、死ぬことなどよっぽど無いのだろう。俺達は違う。いつ大地が割れ、海が狂うかも分からない、そんな世界で生きている」

 確かに、聞いた通りだ。全知全能も、その環境故に血生臭い倫理観が出来上がっていると言っていた。

「違う世界で生まれた俺達は、異なる価値観を持っている。それは当然のことだ。だから、俺は俺の価値観に従って……今から、お前とそこの女を甚振り、痛めつけ、俺に与えた不快を何十倍にして返して、それから殺してやる」

「ッ!」

「嫌ならば、お前の価値観を通したければ……お前は、俺を殺すしか無いな?」

 息を呑んだ僕に、男はにやりと笑って言った。

「お前が他者を傷付けるのに怯えていることには気付いている。弱者の心だ。どうしようもない程のな。だから、得体の知れない力を使うお前にも俺は一切負ける気がしない。……さて」

 男の姿が、僕の目の前から消える。気付けば男はレティシアの背後に立っており、その体を掴み上げていた。

「ッ」

「俺を殺さなければ、この女は苦痛の中で死ぬぞ? 犯され、甚振られ、そうだな……全身の傷口から虫を入れて殺そう」

 僕は、無意識に手を伸ばしていた。

「ぐッ!?」

「ッ!」

 男の体が、壁際まで吹き飛んだ。叩き付けられた男の体は壁の中に埋まり、その衝撃に男は目を見開く。だが、男は直ぐに壁の中から抜け出そうとして……

「再展開」

 僕の左右に、黄金色の魔法陣と黒紫色の魔法陣が花開いた。そこから伸びた同じ色の炎の鎖が、男の両腕を貫き、壁に固定していた。
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