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第1章:本物の魔女だった?

第7話 魔王様乱入ですか!

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 アーニャ導師。老練の魔道師であり、第7軍きっての魔法教官である。
 いくぶんお歳は召していらっしゃるが、虎耳とクネクネ動く縞々尻尾がチャーミングな虎の女性獣人であった。
 その導師が驚くような現実が、目の前の修練場で起きていた。
 魔力量検査石で歯牙にかけようもない結果だったソートン・アーネンが。
 ちょっと高位な範囲魔法を。
 普通の魔法師ならば多くて10発連続くらいなのに。
 次々と連発。
 もう50発は越えるような回数で放っているのだ。
「これは驚いた。賢者様とはやはり良い目を持っていらっしゃる」
 指示通り、徐々に高位な魔法へと進めていけば、さらに大きな魔法を連発できる、良い魔法師に育つだろう。
 そう思い、アーニャ導師の期待は高まるのであった。


 そんな異様な光景が修練場で繰り広げられている頃、祐二はミラの執務室で「魔王様に取って食われそうになった」経緯を説明していた。
「ふむ、それは困ったな。ユージは私の物だと釘を刺しておかねば」
「そこ? 気にするのはそこで良いの?」
 ミラにとっては敬愛する魔王様がどのような素性であれ、特に気にしないようだった。
 もちろん、お口には硬くチャック。

 ところで、だ。
 そう前置きして祐二は気になっていたことをミラに確認する。
「‥‥陛下は昔から声が不自由だったのか?」
 少々言いにくい事柄ではあったが、前世でも声が不自由であったのに、今生でも同じとは非常にやるせない。
 それに対するミラの答えは想像以上のものだった。
「今代の魔王様はまだ恵まれていると思う。これまでにも普通の魔族の姿ではない、化け物みたいな方も生まれたりしたそうだし」
 祐二が言葉を失っていると、ミラはため息をついて続けた。
「それは大昔、魔王討伐にやってきた人族の勇者一行の呪いだと伝えられている。当時の魔王様がその勇者達を退けたのだけど、死にゆく勇者と賢者が魔王様に強力な呪いをかけたらしい」
 実際にその異変は王族とその近縁族だけなのだという。
 なので王族に連なる者たちは王城の中や、その周辺に寄り集まって隠れるように住んでいるらしい。それは奇怪な姿を隠すため、そして呪いを他に撒き散らさないため。
 悲しい一族なんだな。祐二はそうつぶやく。
 そしてそれは、将来魔族の種としての脆弱性で滅び行く道であると、そう感じていた。


<< その通りじゃ >>
 不意に祐二とミラの内側に、そんな声が響いた。
 急なことで2人が慌てていると、邪魔をするよ、と魔王様が唐突に現れた。
 魔力を使う魔法魔術の類ではない、精神力を糧とする超能力、テレポーテイションだ。
<< さすがは科学の世界の賢者、やはり劣性遺伝を思い付くよの >>
「ま、魔王様! どうしてここに‥‥!」
<< いやなに、そこな賢者のことが気になってな、様子を窺っておった >>
 慌てるミラに平然と返す魔王様。
「安静にされなければダメじゃないですか!」
 どうやらミラの慌てるポイントは違ったらしい。
 魔王様が笑いながら説明してくれた話によると、魔王であり膨大な魔力があり、高度な魔法も超能力も使えるのだが、実際は声が不自由で虚弱体質で体力は子供並みなのだそう。なので執務も朝の2時間と昼食後の2時間だけで、あとはのんびり寝ているのだと語った。
<< おっと、見た目通りの子供とかいうツッコミはもう飽きたぞ? >>
「いや、朝のうちの2時間とか、夏休みの宿題か!」
<< なるほど、それは新鮮な反応じゃな >>
 ミラは魔王様にソファーを譲り、ハーブティーを出した。
 そして自分は祐二の隣に座る。

<< ま、そんな理由でな、我は王族以外から婿をとろうと思っておる >>
 ミラの淹れてくれるハーブはいつも美味しいの、と魔王様は笑った。
 それに対しミラも平然と、恐れ入りますと返した。ひょっとしたら魔王様がこうやって、あちこち出歩いているのも日常なのかも知れない。
 テレパシーで直接対話するのも、親族以外ではごく一部だそうだ。
「だからって俺を狙わないで下さいよ?」
<< うむぅ、ソコで予防線を張られると、我の女としてのプライドが傷付くぞ? >>
 むくれる魔王様。しかし見た目通りに子供っぽくて可愛らしい。
 魔王としての威厳は、そこにはない。
「それにしても、可愛い格好ですね」
 祐二は苦笑しながらそう伝えた。
 ベッドで休んでいたのか、魔王様はピンクのネグリジェ姿なのだ。
 魔王としての威厳も、そこにはない。
<< そうか? でもやはり、スケスケの方が良かったかもな? >>
「「やめてください!」」
 思わず祐二とミラの声が重なった。
 しかしですね、と祐二は表情を改める。
「劣性遺伝を食い止めるなら、魔王様だけでなく親族の方にも徹底した方が良いんじゃないですか?」
<< そうなのじゃがなぁ‥‥ >>
 どうやら魔王の力を継続するためにも、呪いの拡散を防ぐ意味でも近縁婚姻をやめるつもりは無いらしい。まったくの悪循環である。
 どうやらミラには劣性遺伝の意味が通じていなかったようで、祐二は簡単に説明した。

 親から子へ形質は遺伝する。親子で性格や容姿がそっくりなのもこのためだ。
 そして良い部分だけでなく、悪い部分も遺伝する。近縁婚姻を長い間続けると、さらに要因が濃くなり、悪影響も大きくなる。
 そして現在の魔王親族のような状況になってしまう訳なのだ。

「それじゃ、それを広めれば‥‥!」
「信じると思うか?」
 悪貨は良貨を駆逐する。悪信は結果を以って伝えられるため、抜け出すことは非常に難しい。
 ミラは祐二の言葉だから信用しているけれど、他はそうとは限らない。
 もしそれを押し通したければ、賢者としての祐二の実績を見せ付けるしかないだろう。
 どこまでできるか、祐二本人も自信は無いが。
<< ところでお主、先程から何をやっておる? >>
 魔王様は祐二の様子に顔をしかめる。
 祐二は魔王様をチラリと見ては手元に視線を移す、それを繰り返していた。
<< も、もしや! 我のスリーサイズを確認しておるのか!? >>
 胸元を押さえ、魔王様は身を捩って悶える。
 そんな訳あるか!と祐二は隠すのをやめ、堂々と視界のウィンドウを展開し、大きく作業を始めた。
 ちなみに祐二は日本語のつもりだが、召還された時点でこちらの言葉に変換されているので、外来語などカタカナ言葉はこちらの人に伝わらない。今もミラが「スリーサイズ?」と首をかしげている。
 クールな知的美人のその所作は可愛い。
 魔王様が居なければ、思わず抱きしめていただろう。


 そして魔王様とミラが不審がっている中、祐二のシミュレーションは終わった。
「魔王様、手術してみませんか?」
 突然といえば突然過ぎる祐二の提案だった。


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