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第4章「冒険者は冒険してナンボ」
第37話「冒険者たちの知識提供」
しおりを挟む「ちくしょう、あいつさえ居なくなれば牧原さんは僕のものだったのに」
そんなことを呟きつつ、黒ローブの男は先程の倉庫から抜け出し、街の裏路地を走る。
その魔力視で、シンジが首輪に細工したのを悟り、これは失敗だと早々に逃げ出した男なのだった。それは確かに賢い選択だっただろう。
しかしそれで逃げ果せると思うのは、さすがにシンジをなめ過ぎだ。
男は何かにつまづいたのか、地面に倒れ臥す。
「な、何だ‥‥?」
男が何に引っ掛かったのか確認すると。両足の膝下から先が無かった。突然のことに慌てていると、目の前にはシンジの姿が‥‥。
「驚いたな、俺たちの他にもスライムに転生していた奴が居たとは」
そこで何かに気付くシンジ。
「お前も、カオリと同じ種族を願ったクチか?」
「クソったれが! お前さえ居なければ俺とカオリは‥‥!!」
男は、そこまでしか言えなかった。
シンジは生前に聞いたことがある。カオリが何者かにつけられているらしいと不安がっていたのを、だ。
その時には登下校は仕方ないが、夜の移動となるバイトへの行き来は自転車にするよう店長の進言で解決したらしい。今の言動やスライムに追って転生した事などから、この男がストーカーなのだろうと判断したシンジは。
有無を言わさず。
接合して初期化した。
実はスライムを殺すのは割と面倒なのだ。
小さな、よく見る野球ボールサイズのスライムならば、外部からよく見える核を傷付ければ、倒すのはたやすい。しかしシンジやカオリ、この男のように進化・成長したスライムだと、単細胞生物の原形質にあたる部分の量に比較し、核が小さいために剣ではまず倒せない。魔法で焼き尽くすなどが手軽だが、その素早さなどから魔法を命中させることも難しいのだ。
なので手軽な方法として、初期化が早かったのだ。
ちなみに、おそらくスライムであろう男を相手するため、つまりは前世の関係者である可能性を危惧し、体内庫を閉じてカオリに状況が漏れ伝わらないようにしていた。
カオリにはまだ出来ないが、シンジは体内庫が閉じられるようになっている。何に使うかわからない能力だったが、こういう時には使えるようだ。また万が一にもシンジが死亡してしまう状況に陥った時にも使えるだろう。
そんな状況は起こって欲しくはないけれど。
こうして、黒ローブのスライム男、飯塚智弘は消え去った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ひょっとしたら悪い奴ではなかったかも知れない。
別の出会いをして、ちゃんと話し合えば仲間になり得たかも知れなかった。
しかし敵対してきたのだ。生前の日本人であれば理由を聞いたりして話し合いの道もあっただろうが、命の軽いこの世界で生きるには敵対は許される行為ではない。少なくともシンジはそう判断した。元の性格がそうだったのか、スライムになってからの変異かは自身で判断つかないけれど、ともあれ一瞬の迷いや判断ミスが取り返しのつかないことになりかねない現状、極力自身や仲間、身内を守るべくその場の判断を信じて決断することに努めている。
シンジは倉庫に戻りながら、体内庫を開放した。途端に飛び込んでくるカオリの連絡意思。
それに対して謝りつつ、シンジは倉庫に着いた。
「もう、何をやっていたのよ~?」
「逃走した奴が居たと思ったんだけど、居なかった」
あぁ食ったのか、とジミーたちは思ったが、カオリはまだ気付かないようだった。
なんでジミーたちもここへ? そう聞いたらお友達を心配していたのだから、駆け付けるのは当然でしょ!とか、サニアに怒鳴られたけれど。
当の本人は安全が確認されたため、領主の屋敷に戻ったという。まだ目覚めてはいなかったそうだが、睡眠魔法は解呪出来るだろうし心配はないだろう。シンジはそう思っていたが、実際は他者の魔法の解呪など高等過ぎて、領主のところの魔法使いでも出来なかったのだが、それはまた別の話。
誘拐されたのがお昼過ぎ、そして夕刻前にはスピード解決。どうやってスフィーナを発見できたのかメンバーにも冒険者ギルドでも疑問視されたが、そこはスライムの能力――――魔力が見えるとか追跡できるとかで誤魔化しておいた。
その後、衛兵詰所で事情聴取を受けたけれど、隠すところは隠し、他は正直に答えて早期に開放された。
倉庫突入など衛兵も関わっていたため、そこは問題なかった訳だし。
後日談になるが、あの太った中年男は他の街で商売を営み商業系の公務を取り仕切っている、割とお偉い貴族様だったそうだ。ヒトに化けるスライムを入手しようとうまい話に乗ったのだが、そのスライム冒険者を慕うお嬢様が領主の娘とは知らなかったそうで、厳罰の上に貴族身分を剥奪されたとか。
冒険者風の男たちは、そのまま冒険者だったらしいのだが、元から素行も悪くて冒険者資格剥奪、強制労働の罪に処されたとか。
供述から他にも仲間が数人居たそうだが、それは発見できず。
いやシンジに食われちゃってるのですが、そこは秘密で。
同じく供述から、計画を持ち掛けた女が居るそうなのだが、正体は彼らも知らないとのことだった。
いや、シンジは知っていたけどね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お嬢様、おやすみなさいませ」
「おやすみ、シシリー」
スフィーナの私室を辞し、お付きの侍女は夜の廊下を歩く。
そしてメイド長に終業を告げて使用人寮に戻る途中、悲鳴を上げる間もなく掻っ攫われた。
「さて、何で連れ去られたか、理解しているかな?」
侍女は自分を連れ去った男に見覚えがある。見覚えがあるどころか、よく知っている相手だった。もちろんシンジだ。
ここは大森林の一角。3分もかからずエルゲの街の中心部からここまで約10キロメートルの移動、それでスライムの機動能力、移動スピードの高さが窺えるというものだ。もちろん、侍女にここがどこかは理解できていないが。
「シンジ‥‥様? いったいこれは‥‥」
「シシリー。王都の大商会ヘンリー商店の三女とか、真っ赤な嘘。正体は王室直属諜報員、名前は無い‥‥んだっけ?」
シシリーは息を呑んだ。さすがにその驚愕を表に出す真似はしないが。
「な、何をおっしゃって‥‥」
「うん、動揺を顔に出さないのはさすがだけど、声が震えているよ?」
「‥‥!」
どうしてばれた?
どこかで間違ったのか?
ここはどう切り抜ければいい?
瞬時に色々と思考するが、慌てているためかどの疑問にも回答は得られなかった。
引き続きシンジの言葉を聞くしかない。
本来は特殊なスライムを手に入れ、王家に献上するのが目的だった。
元々はエルゲ領を監視報告するのがお役目であったが、スライムが冒険者をしているという噂が王家の耳に入り、従魔の首輪を託されて捕らえよとの命令が下ったのだ。
なので欲深い商人に話を持ち掛け、手駒を集めさせてスライムを捕らえる予定だった。しかしそれは失敗した。
他の諜報員からの連絡では、従魔の首輪は役に立たなかったらしい。
シンジの話では、他の諜報員も処分されたと言う。
残るは自分だけか、とロングスカートの下の隠しナイフを握る。
そしてシンジが視線を外した瞬間、ナイフで切りつけた。しかしそれは簡単に左手で受けられる。左手の平に刺さったナイフを、そのまま握り締めて取り上げられた。
「な、なぜ私の素性がわかった?」
「最初は違和感だったんだけどな」
確かにスフィーナは元気の良過ぎるお姫様だ。お転婆、跳ねっ返り、まあどう言い繕っても同じだが。
しかし運動能力はそこまで高くない。歳相応くらいだ。そんなスフィーナの足に付いて行けない侍女ではなく、その侍女の目の届かない所でさらわれるなど、あり得ないことだ。
最初はその程度だったのだが、あのスライム男の記憶の中に謎の女性の素性があったのだ。スライム男も女性の正体や目的に疑問を持ったらしく、後をつけたら侍女だったというオチだった。
さらに王室の諜報員だというのは、シンジが追加でチビスライム監視を行いわかったこと。
それを正直に伝える訳もなく、調べた結果だと言葉を濁す。
敵わないと観念したのか、がっくりとうな垂れる侍女に当身をくらわせて気絶させるシンジ。
殺しても構わなかったのだが、今後も手出しされると面倒なので、けん制の意味も込めて侍女をはじめ、近くの洞窟に気絶状態で転がせておいた諜報員ら3人をスライムゴンドラに押し込み、大型の鳥魔物に変身して王都へと飛んだ。
翌朝、王都の東門付近で目覚めた侍女らは、持たされていた従魔の首輪を手に、すごすごと諜報員のアジトに向かったそうな。
なぜ自分らは殺されなかったのか、それはおそらく王族の干渉は怖くないと、いつでも受けて立ってやるというメッセージなのだろうと心に刻み込んで。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
先程も語ったが、シンジはスライム男の知識を得ていた。
どういう仕組みなのかは全くわからないが、人格に類する「魂」は初期化出来ても知識は別なようで、食った側の所有物になるようだ。これもカオリには言えないな、とシンジは苦笑する。
夫婦喧嘩で初期化――――殺されるなどたまったものではない。
そこでシンジは、飯塚というカオリのクラスメイトが恋していただけなのだと悟った。手段が間違っていただけなのだ。
決してカオリを怖がらせるつもりはなかった。ただ好きな女の娘を見守りたいだけだったのだと。結果としてカオリが不安に思っていたので、本末転倒なのだったけれど。
さらには彼はオタクだった。
特殊な趣味もあったし、ライトノベルやマンガ、アニメなどにも詳しかった。
そこで異世界転生モノによくある、知識チートなるものに気付く。料理や井戸の手押しポンプ、石鹸やシャンプー、魔法の応用などだ。
なのでカオリにご相談。
「カオリ、異世界転生の小説やマンガは詳しい?」
「どうしたの~? 突然?」
「うん、この世界に流布して良い情報を選別しようと思って」
「ああ~、知識チートってやつ~?」
どうやら、それなりには詳しいらしい。
聞けばそれなりにライトノベルとか読んでいたそうで。
「ネットで無料で読めるライトノベルとかも多かったしね~」
「そうなんだ?」
そこでルイーザも交えて意見交換。
しかしこれは失敗。
「何か不便だと思うことはない?」
「不便? 特に無いかな」
「ほら、井戸の水汲みが楽になったら、とか」
「あー確かに力仕事だけど、楽になるの?」
これである。
この世界では当たり前のことが、知識が無いために不便と感じていないのだった。
これは実際に目にしなければ理解できないのだと、まず井戸の水汲みから着手することに。
シンジたちが常宿にしている「こまどり亭」。その中庭には井戸があり、生活用水や宿客の行水用に使用されていた。
試作ということで鉄や銅ではなく、木製の手押しポンプを設置し、使用してもらった。これが大好評。
そりゃ楽に水汲みができるのだ、他の宿や共同井戸などにも設置を望まれたけれど、木製ということで耐久力がない。実際に水分で本体がふやけて、何度か作り直ししたくらいだ。
また新しい産業になると揉めそうになったので、全てを領主に丸投げ。
製造販売管理は商業ギルドに任せ、これでエルゲの街はかなり潤うことになった。鍛冶師たちは精度の求められるポンプ製作に腕を競い合い、井戸に下ろすパイプの接続にネジの概念をシンジが提供し、これは各所の強化性能の底上げに利用された。主にボルトとナットの普及である。
さすがにメートルネジなんかの規格化は行われていないけれど。
エルゲの街では狭さの問題で手押しポンプが一般的だが、場所の取れる郊外や周辺の町や村では撥ね釣瓶が安く普及された。
これはシーソーの原理で片側に重石をを固定し、もう片方はロープの先に水汲み桶が付いたもので、桶を井戸に引っ張り下ろすのに力をかけ、重石で桶が上がってくるというものだ。
全て木製で安く済み、しかも簡単に設置できるとこちらも好評。
そうなると水汲みは子供の役目となったりして、今度は水運びが辛くなる。なので今度は荷車や大八車、天秤棒などを提案し普及させた。特に大八車は手軽かつ重量物も運べると、水運び以外にも爆発的に普及した。
これまでにも荷車はあったけれど、四輪であったため、人力ではあまりの重量物が運べなかったのである。なので二輪の大八車は大好評。
これには理由があり、木製の車軸に木製の車輪ではある程度の摩擦抵抗があって、荷台に重量がかかるとさらに摩擦がかかる。さらに四輪の摩擦より二輪の摩擦の方が半分で済むので、その分楽になるという訳だ。
また重量物のために、さらにベアリングも提案。さすがに真球の鉄球は精度に問題があるため円筒状のベアリングだが、これだけでもかなり摩擦抵抗は減り、多くの荷車、大八車に使われて好評を得た。コストダウンのため、木製の物も出回ったのが普及の理由だろう。
また樫などの堅い木材に鉄板を巻いた、強度とコストをかね合わせた物も、商人を中心に広く受け入れられていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
誰にも明かしていないけれど、こういった知識の流布には実は理由があった。
王国を敵に回さないためのアピールである。
そう遠くない先に、これらの知識・技術の発案元がシンジであると王家の知るところとなるだろう。その際に知識を求めて再度シンジに接触してくる可能性はあるけれど、シンジを手に入れるより放置で知識の恩恵を受けた方が良いと思ってもらえれば安心だからだ。
実際にポンプや大八車が普及してすぐ、王都から大量の注文が入っていたから、ある程度シンジの思惑は成功したと思っている。
おそらくポンプの多くは王都の共同井戸に設置されたであろうし、その恩恵から多くの支持を民草から集めることになっているはずだ。ポンプ利用のための取水税とか取ったりしては逆効果だとシンジも思うけれど、さすがにそこまで馬鹿ではないと思いたい。
またある数は複製のために鍛冶師や商人に回されているだろうけれど、まだまだ国内普及には数が足らないだろうし、国内に行き渡れば国外への輸出産業としても賑わうだろう。
少なくとも数年は、このポンプ景気が続くとシンジは踏んでいる。
逆に鉱物の原料不足が心配なところだ。
まだまだシンジとカオリの知識チートは続くのだった。
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