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其の弐 因果流転◆祖母
飛竜烈伝 守の巻
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ずっと、霞のかかった、長い夢を見ていた。その夢の中には幼い自分が、祖母が、そして蓮がいた。
目を開けると、そこに見慣れた天井が映った。
「お前は一体、何をしとるのだ、このバカタレが」
聞き慣れた祖母の濁声(だみごえ)。
「天井の節穴を数えてるとこです」
嘯(うそぶ)いた竜の額に、間髪入れずに虎の鉄拳が飛んできた。
竜は身を起こそうとした。その途端に肩と脇腹に激痛が走り、思わず呻く。
「まだ寝ておけ。どこで夜遊びしているかと思えば、血だらけになって裏口でノビているとは」
きつい消毒液の匂いが鼻をつく。虎は、竜の傷口を消毒し、包帯を巻いてくれていた。いつもと変わらぬ不機嫌そうな、怒っているかのような祖母の口調に、今は安堵感すら覚える。
「婆ちゃん、俺」
こんなことになってごめん。心配かけてごめん。
そう言いたいのだが、胸が一杯になり言葉に詰まる。下手をしたら泣き出してしまいそうだ。
虎は、冷淡とも言える素振りでそれを遮った。
「つまらん弁解は聞く耳もたん。少しはまともなことを思いついてから口を開くといい」
素直に頷く竜を見て心配になったのか、少しだけ口調が柔らかくなる。
「見たとこ肋骨(アバラ)が折れとるようだが、明日、医者に行くか?」
竜は首を横に振った。
不動の一撃を喰らった後、どうやって家まで辿り着いたのか記憶になかった。
竜を見つけ手当してくれた祖母が救急車を呼ばなかったのは、肩口と背中の怪我が刀傷だと気づいたからだろう。医者に診せることになれば、間違いなく警察沙汰になる。虎は、竜が犯罪に巻き込まれたのではないかと心配してくれているのだ。
「俺、今は上手い言い訳を一つも考えつかない。だから何があったか説明できないけど」
虎が頷く。
「俺を、信じて」
返事の代わりに虎は微笑し、自分の手を軽く竜の右手に重ねた。
「あのさ、婆ちゃん」
部屋を出て行こうとする虎を、竜は呼び止めた。竜は、自分の右拳に目線を落としながら、思い切って、祖母に尋ねた。
「昨日、飯のときにさ、俺の右手見てすげえ焦ってたじゃん。なんでかな、って気になって」
虎は驚いたように振り向いた。
その夜、竜は初めて、祖母の口から、幼い頃の自動車事故の折りの話を聞いた。十年もの間、意図的に避けられ続けてきた話題だった。
「お前の身に、何か悪いことの起こる予兆のような気がして不安だった。そこにきてその怪我とは、見事に的中してしまったな」
虎が苦々し気に笑う。
それでも、両親のように死んでしまった訳ではないから、怪我くらいで済んで良かったと思わんと。いいか、子が親より先に死ぬのは、いちばんの親不孝。ましてや孫が婆よりも先に死んだりしたら、許さんからな。
一人になった後、竜は祖母の言葉を何度か頭のなかで反芻した。もう一度、右手を見つめる。無数の切り傷や擦り傷に覆われているものの、そこにあの赤い痣はない。
悪いことの起こる予兆。
それは、間違いではないのかも知れない。だが、戦いのなか、魂が燃え上がるように思った瞬間、この右拳を通じて未知の力が流れ込んできたように感じたのも、また事実だった。
不動は、飛竜の証だと言った。そして、竜王の徴(しるし)だと。
それが何を意味するのか、突然、自分の身に降りかかった出来事がどんな運命によるものなのか、そしてこれから何処へ導かれようとしているのかも竜には分からない。
だが、今はすべて忘れてただひたすらに眠りたい。それ程、身も心もくたくただった。
「それにしても」
小さく声に出して呟く。折られた肋骨や肩の傷よりも疼くのは、虎の拳骨を喰らった額。それは本気で殴られたときのように痛かった。
「俺は重傷の怪我人だぞ。なんてことすんだよ、鬼ババア」
悪態をつきながら、それでも、その額の痛みに見守られるような穏やかな気持ちで、竜は眠りに落ちた。
目を開けると、そこに見慣れた天井が映った。
「お前は一体、何をしとるのだ、このバカタレが」
聞き慣れた祖母の濁声(だみごえ)。
「天井の節穴を数えてるとこです」
嘯(うそぶ)いた竜の額に、間髪入れずに虎の鉄拳が飛んできた。
竜は身を起こそうとした。その途端に肩と脇腹に激痛が走り、思わず呻く。
「まだ寝ておけ。どこで夜遊びしているかと思えば、血だらけになって裏口でノビているとは」
きつい消毒液の匂いが鼻をつく。虎は、竜の傷口を消毒し、包帯を巻いてくれていた。いつもと変わらぬ不機嫌そうな、怒っているかのような祖母の口調に、今は安堵感すら覚える。
「婆ちゃん、俺」
こんなことになってごめん。心配かけてごめん。
そう言いたいのだが、胸が一杯になり言葉に詰まる。下手をしたら泣き出してしまいそうだ。
虎は、冷淡とも言える素振りでそれを遮った。
「つまらん弁解は聞く耳もたん。少しはまともなことを思いついてから口を開くといい」
素直に頷く竜を見て心配になったのか、少しだけ口調が柔らかくなる。
「見たとこ肋骨(アバラ)が折れとるようだが、明日、医者に行くか?」
竜は首を横に振った。
不動の一撃を喰らった後、どうやって家まで辿り着いたのか記憶になかった。
竜を見つけ手当してくれた祖母が救急車を呼ばなかったのは、肩口と背中の怪我が刀傷だと気づいたからだろう。医者に診せることになれば、間違いなく警察沙汰になる。虎は、竜が犯罪に巻き込まれたのではないかと心配してくれているのだ。
「俺、今は上手い言い訳を一つも考えつかない。だから何があったか説明できないけど」
虎が頷く。
「俺を、信じて」
返事の代わりに虎は微笑し、自分の手を軽く竜の右手に重ねた。
「あのさ、婆ちゃん」
部屋を出て行こうとする虎を、竜は呼び止めた。竜は、自分の右拳に目線を落としながら、思い切って、祖母に尋ねた。
「昨日、飯のときにさ、俺の右手見てすげえ焦ってたじゃん。なんでかな、って気になって」
虎は驚いたように振り向いた。
その夜、竜は初めて、祖母の口から、幼い頃の自動車事故の折りの話を聞いた。十年もの間、意図的に避けられ続けてきた話題だった。
「お前の身に、何か悪いことの起こる予兆のような気がして不安だった。そこにきてその怪我とは、見事に的中してしまったな」
虎が苦々し気に笑う。
それでも、両親のように死んでしまった訳ではないから、怪我くらいで済んで良かったと思わんと。いいか、子が親より先に死ぬのは、いちばんの親不孝。ましてや孫が婆よりも先に死んだりしたら、許さんからな。
一人になった後、竜は祖母の言葉を何度か頭のなかで反芻した。もう一度、右手を見つめる。無数の切り傷や擦り傷に覆われているものの、そこにあの赤い痣はない。
悪いことの起こる予兆。
それは、間違いではないのかも知れない。だが、戦いのなか、魂が燃え上がるように思った瞬間、この右拳を通じて未知の力が流れ込んできたように感じたのも、また事実だった。
不動は、飛竜の証だと言った。そして、竜王の徴(しるし)だと。
それが何を意味するのか、突然、自分の身に降りかかった出来事がどんな運命によるものなのか、そしてこれから何処へ導かれようとしているのかも竜には分からない。
だが、今はすべて忘れてただひたすらに眠りたい。それ程、身も心もくたくただった。
「それにしても」
小さく声に出して呟く。折られた肋骨や肩の傷よりも疼くのは、虎の拳骨を喰らった額。それは本気で殴られたときのように痛かった。
「俺は重傷の怪我人だぞ。なんてことすんだよ、鬼ババア」
悪態をつきながら、それでも、その額の痛みに見守られるような穏やかな気持ちで、竜は眠りに落ちた。
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