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第一話:サイコキネシスとあの日の約束
日常①
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ひどく苦しい夢を見ていた。
朧げにしか思い出せないけれど、とても大切な人と別れてしまう夢だった。もう二度と会えないと、泣いて、喚いて、暴れて、それでも底なしに悲しくて――……。
だから、目覚めて夢と分かってとても安心した。窓の外には薄明るくなった空がカーテン越しに見える。枕元のスマホをつければ、時計は四時台を表示していた。
深呼吸でしゃっくりを止め、鼻を啜り、袖で涙を拭った。夢でよかった。あんなに苦しいのが現実じゃなくてよかった。安心して枕に頭を乗せ直した。あと二時間弱くらい眠るつもりで。
「――カ。おい、――――、おき――」
遠く声が聞こえる。でも、その声の持ち主がここにいるはずがない。その声の主は数百メートルは離れた家に住んでいるはずで、そりゃ俺の家はアイツの通学路の途中にあるけど、朝から俺の部屋にいるわけがないから、やっぱりこれは俺の空耳とか記憶半分、夢半分とか……。
「キミツカ!起きろ!」
「はぇ……?」
ハッキリと聞こえた声に目を開けると、こちらを覗き込む顔と目が合った。焦茶の髪に切れ長の目、切り傷痕の目立つ頬がトレードマークの、いつも通り不機嫌そうな彼女だ。
「よし、起きたな。サッサと支度しろよ、遅刻するぞ」
「な、なんでコンがここに――……、って、えっ!?」
今なんつった!?
飛び起き急いでスマホ画面を見ると、丁度八時を示していた。登校完了時間は八時半、家から学校までは三十分ちょい――。血の気が引いていく。
「ウッソだろ!?俺、四時に起きて、六時くらいに起きるつもりで、何でもっと早く……!!」
椅子の背もたれに掛けっぱなしの学ランに手を伸ばす。ああ、その前に顔を洗って、いやそんな時間あるか!?
「ごちゃごちゃ言ってる暇があるとは余裕だな。俺はもう行くぞ」
部屋中をバタバタする俺を横目に、「へっ」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、うなじで纏めた狐の尻尾のようなひとつ結びとスカートをひるがえし、コンは部屋を出て行った。ちょっとムカッときたけど文句は後で言おう。
大急ぎで身支度を整えて、玄関を飛び出した。
「いってきまぁぁぁす!」
通学路を全力疾走して、さっき見たセーラー服のひとつ結びを追いかける。手を高く掲げて振るけれど、アイツは振り向いてもくれない。
「コぉーーーーーン!!」
「うるさい」
耳を塞ぐ彼女の横で息を整えながら、「おはよう」と言うとぶっきらぼうに「おはよう」と返ってくる。コイツが不機嫌そうなのはいつものことなので、そこは大して気にしない。いま聞くべきは。
「なんで俺の部屋にいたの?」
正直すげえビックリしたんだけど。その、付き合ってるみたいだなって思っちゃって。
でもそこまでは言わない。異性として意識してることを気付かれたくない。
「お前の母さんに頼まれた」
コンは一言で答えた後に、「……妹、大変らしいな」と続ける。
「ああ、うん。ピークは過ぎたらしいけど」
数日前から三歳の妹が保育園でうつされたひどい風邪にやられているのだ。高熱は出るわ、ゲーゲー吐くわ、起きてる間はずっとぐずって泣いている。見ていて可哀想で仕方ないけど、かといって代わってやれるわけでもないし。
「タカも最近ずっと機嫌悪くてさぁ、昨日ガチ喧嘩したし、マジで最悪だ」
言いながら、二歳下の弟の顔を思い出した。眉間に皺を寄せて睨み付けてくる顔を。
ああ、そうだ。だから昨日の夜は寝付けなかったんだっけ。どうでもいいことで急にキレてきて言い争いになって、叩き合って掴み合いになった。
明け方に悪夢を見た気がするけど、たぶんきっとそのせいだ。どんな夢だったかは覚えていない。
「弟も具合悪いのか?」
「いんや、機嫌が悪いだけ。なんかちょっとしたことでキレるんだよな。ムカつく」
ふと、自分の失敗に気付いて隣を歩く友人の表情を覗き見た。コンは家族の悪口を言う奴が嫌いなのだ。
さっきと変わらない仏頂面だけれど、その端正な顔が曇っていた。やべ、嫌われたかな。
少し冷や汗をかいていると、コンは口を開いた。
「……弟も心配だな」
自分の眉が寄ったのが分かる。なんだよ、タカのやつ。コンに心配されやがって。ずるいぞ。
「お、俺も何か最近イライラすること多いんだよなぁ~~~何でだろ~~~」
若干ふざけながら言うと、コンは途端に白けた表情になった。あ。しくじったなこれ。
「お前は牛乳でも飲んでろ」
言いながら肩を軽く殴ってくる。気安い距離感が嬉しい反面、普通に痛い。
「アドバイスが雑!!」
そりゃ本気にして欲しいわけじゃないけど、もう少し優しくしてくれたら嬉しかったなぁ!
朧げにしか思い出せないけれど、とても大切な人と別れてしまう夢だった。もう二度と会えないと、泣いて、喚いて、暴れて、それでも底なしに悲しくて――……。
だから、目覚めて夢と分かってとても安心した。窓の外には薄明るくなった空がカーテン越しに見える。枕元のスマホをつければ、時計は四時台を表示していた。
深呼吸でしゃっくりを止め、鼻を啜り、袖で涙を拭った。夢でよかった。あんなに苦しいのが現実じゃなくてよかった。安心して枕に頭を乗せ直した。あと二時間弱くらい眠るつもりで。
「――カ。おい、――――、おき――」
遠く声が聞こえる。でも、その声の持ち主がここにいるはずがない。その声の主は数百メートルは離れた家に住んでいるはずで、そりゃ俺の家はアイツの通学路の途中にあるけど、朝から俺の部屋にいるわけがないから、やっぱりこれは俺の空耳とか記憶半分、夢半分とか……。
「キミツカ!起きろ!」
「はぇ……?」
ハッキリと聞こえた声に目を開けると、こちらを覗き込む顔と目が合った。焦茶の髪に切れ長の目、切り傷痕の目立つ頬がトレードマークの、いつも通り不機嫌そうな彼女だ。
「よし、起きたな。サッサと支度しろよ、遅刻するぞ」
「な、なんでコンがここに――……、って、えっ!?」
今なんつった!?
飛び起き急いでスマホ画面を見ると、丁度八時を示していた。登校完了時間は八時半、家から学校までは三十分ちょい――。血の気が引いていく。
「ウッソだろ!?俺、四時に起きて、六時くらいに起きるつもりで、何でもっと早く……!!」
椅子の背もたれに掛けっぱなしの学ランに手を伸ばす。ああ、その前に顔を洗って、いやそんな時間あるか!?
「ごちゃごちゃ言ってる暇があるとは余裕だな。俺はもう行くぞ」
部屋中をバタバタする俺を横目に、「へっ」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、うなじで纏めた狐の尻尾のようなひとつ結びとスカートをひるがえし、コンは部屋を出て行った。ちょっとムカッときたけど文句は後で言おう。
大急ぎで身支度を整えて、玄関を飛び出した。
「いってきまぁぁぁす!」
通学路を全力疾走して、さっき見たセーラー服のひとつ結びを追いかける。手を高く掲げて振るけれど、アイツは振り向いてもくれない。
「コぉーーーーーン!!」
「うるさい」
耳を塞ぐ彼女の横で息を整えながら、「おはよう」と言うとぶっきらぼうに「おはよう」と返ってくる。コイツが不機嫌そうなのはいつものことなので、そこは大して気にしない。いま聞くべきは。
「なんで俺の部屋にいたの?」
正直すげえビックリしたんだけど。その、付き合ってるみたいだなって思っちゃって。
でもそこまでは言わない。異性として意識してることを気付かれたくない。
「お前の母さんに頼まれた」
コンは一言で答えた後に、「……妹、大変らしいな」と続ける。
「ああ、うん。ピークは過ぎたらしいけど」
数日前から三歳の妹が保育園でうつされたひどい風邪にやられているのだ。高熱は出るわ、ゲーゲー吐くわ、起きてる間はずっとぐずって泣いている。見ていて可哀想で仕方ないけど、かといって代わってやれるわけでもないし。
「タカも最近ずっと機嫌悪くてさぁ、昨日ガチ喧嘩したし、マジで最悪だ」
言いながら、二歳下の弟の顔を思い出した。眉間に皺を寄せて睨み付けてくる顔を。
ああ、そうだ。だから昨日の夜は寝付けなかったんだっけ。どうでもいいことで急にキレてきて言い争いになって、叩き合って掴み合いになった。
明け方に悪夢を見た気がするけど、たぶんきっとそのせいだ。どんな夢だったかは覚えていない。
「弟も具合悪いのか?」
「いんや、機嫌が悪いだけ。なんかちょっとしたことでキレるんだよな。ムカつく」
ふと、自分の失敗に気付いて隣を歩く友人の表情を覗き見た。コンは家族の悪口を言う奴が嫌いなのだ。
さっきと変わらない仏頂面だけれど、その端正な顔が曇っていた。やべ、嫌われたかな。
少し冷や汗をかいていると、コンは口を開いた。
「……弟も心配だな」
自分の眉が寄ったのが分かる。なんだよ、タカのやつ。コンに心配されやがって。ずるいぞ。
「お、俺も何か最近イライラすること多いんだよなぁ~~~何でだろ~~~」
若干ふざけながら言うと、コンは途端に白けた表情になった。あ。しくじったなこれ。
「お前は牛乳でも飲んでろ」
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